第920話、突撃、シェード艦隊


 第一空中艦隊旗艦『オニクス』が損傷、指揮官エアガル元帥が生死不明。

 その報告は、艦隊後方に展開していた西方方面軍のシェード将軍の元に届いた。


 高速クルーザー『リギン』の艦上にいたシェードは、通信で第一空中艦隊『オニクス』に離脱を命令。残存艦には戦闘機を展開させて旗艦離脱の援護をするように指示を出した。


 同時に、自身の指揮する艦隊で、第一空中艦隊、その旗艦の救援を決断した。


 シェード将軍の西方方面軍空中艦隊は、高速クルーザー1、Ⅱ級クルーザー5、コルベット8と、ヴェリラルド王国の空中艦隊と交戦するには頼りない戦力しかなかった。


 リヴィエル王国派遣軍や、ノルテ海への分派で、戦力を取られていたせいだ。


 だから西方方面軍の本隊でありながら、輸送艦隊の護衛や遊撃戦力として、後方に待機している格好ではあった。


 だが肝心の主力である第一空中艦隊が壊滅の危機にひんしている。であるならば、動かねば貴重なディアマンテ級巡洋戦艦を失うことになる。


 西方方面軍司令官として、空軍元帥を見殺しにするのは、周囲の風当たりも含めて、無視することはできなかった。


「――とは言っても、我が艦隊がヴェリラルド王国艦隊に勝てる要素はまったくない」


 シェード将軍は幕僚たちの前にきっぱり告げた。幕僚たちは指揮官の言葉に呆気にとられつつも、内心では同意するところではあった。


 現在の大帝国艦より優れている魔法文明時代の艦隊が負けたのだ。


「だが敵将の鼻を明かしてやることくらいはできるだろう」


 そのシェードの発言に誰も反論しなかった。


 幕僚たちは、シェードほど自信はなかったが、彼らの指揮官がこれまで成功させてきた実績を思えば、決して不可能ではないという確信を持っていたのだ。


 それに今回、西方方面軍司令官は、ヴェリラルド王国艦隊との戦闘になった場合に備え、本国から様々な装備を受け取り、それを無理やり持ってきていたのである。



  ・  ・  ・



 まず、シェードは乗艦する『リギン』を含めた特別攻撃隊を選定した。一撃離脱戦法用の秘密魔法装置を積んだクルーザー四隻である。


 残る最後のクルーザーでは、とある試験魔器を持った魔術師が甲板に出た。


 その魔器とは、指定範囲の物体を前方約百キロ地点へ飛ばすという転送魔器だった。


 大帝国において、攻撃兵器ばかりだった魔器としては、かなり珍しいタイプである。帝国でも三つしかない転送系魔器の二つが、シェード艦隊に配備されていた。


 ともあれ、これにより『リギン』以下、特別攻撃隊五隻は、第一空中艦隊と敵ヴェリラルド王国艦隊の交戦空域の手前に、ジャンプした。


 本当はギリギリまで転移したかったのだが、残念ながら距離が足りなかった。


 ここで第二の手。クルーザー各艦に外付けされた魔力式ブースターを点火。


 反乱者艦隊に比べて鈍足な帝国艦が少しでも、その速度差を補おうと試作された装置だ。


 正式配備前の装備だが、西方方面軍司令官の名の下に取り寄せた。それらが帝国クルーザーの速度を一時的に魔法文明艦艇に劣らないものに引き上げる。ただし使用可能時間は、わずか五分。

 だが、先の転送魔器と組み合わせれば、短い稼働時間をカバーできる。


 かくて、シェード艦隊は、ウィリディス軍の索敵に捕捉されたが、そのまま戦場に突入することができた。


 目指すは『オニクス』。魔法文明フリゲートが、敵コルベット(駆逐艦)と交戦し数を減らされている中、五隻の帝国クルーザーは進撃を続けた。


「敵コルベット、接近!」


 ヴェリラルド王国艦隊も、シェード艦隊を見逃すつもりはなかった。


 乱戦の中、立ちふさがったのは、第二駆逐戦隊第五駆逐隊の『萩風』『舞風』『妙風』だった。


 帝国クルーザーの実弾系主砲では、敵艦を捕捉している時間はない。


 そこでシェード将軍は第三の手を用いた。それは甲板に積んできた誘導爆弾槍――かつてエツィオーグらが用い、帝国戦闘機にも搭載された帝国製誘導武器。


 本来は航空機用の対空兵器なのだが、シェードはそれらに爆裂用の魔石を応急処置的にくくりつけさせ、即席の対艦武器にでっち上げた。それを各艦に60発ずつ積んでいる。


 東方方面が戦線を縮小させ、西方方面軍に装備を優先的に回せる状況だったからこそ、かき集めることができた代物である。


 シェード艦隊はそれを使用した。まずは各艦20発――五隻100発を発射。


 誘導弾である爆弾槍が、ウィリディス駆逐艦に襲いかかる。だが搭載された防御シールドによって、即席ミサイルは防がれてしまう。


 威力を強化した爆弾槍だが、所詮は航空機用に毛が生えた程度。まだ火力が足りなかったのだ。


 だがシールドの弱体化には成功し、遅れて放たれた爆弾槍が駆逐艦『萩風』の右舷に命中、損傷させた。


 その間にシェード艦隊は戦線を突っ切ろうとするが、『舞風』と『妙風』の三連装砲が、クルーザーの一隻を捉え、貫いた。


 爆散。シェード艦隊、一隻喪失。


『リギン』の艦橋で、シェードは声を張り上げた。


「煙幕弾、ありったけ発射だ! 爆槍も『オニクス』以外なら当てても構わん!」


 煙幕の魔法を仕込んだ弾を、各クルーザーが周囲に撃ち込み、さらに爆弾槍もばらまく。


 それは一定の混乱をもたらした。もともと乱戦気味ではあったが、煙幕の展開により一時的にウィリディス戦艦群が主砲の使用を中断したのだ。


 だが、シェード艦隊も決して無傷で通り抜けられたわけではなかった。


『リギン』の上方を飛行していた帝国クルーザーは、煙幕の中から飛び出してきたウィリディス駆逐艦『天津風』と船体をこすらせ接触。『天津風』のミサイル発射管が誘爆する形で双方とも損傷し、跳ね飛ばされた。


 シェード艦隊は第六駆逐隊の艦列に突っ込んだのだ。駆逐艦『初風』『雪風』が、さらに一隻の帝国クルーザーを撃沈し、すれ違いざまに旗艦『リギン』の艦首上部の主砲をもぎ取った。


 衝撃が艦を揺さぶり、シェードは司令官席で踏み留まった。床に投げ出されたオノール参謀長が「将軍!」と振り返る。


「気にするな。今は主砲など飾りだ!」


 シェードは正面を見据えたままだった。高速クルーザー『リギン』は、わずかに煙を噴いている戦艦『オニクス』のもとにたどり着いた。


 ディアマンテ級巡洋戦艦は、すでに後方の友軍艦隊の方向に艦首を向けていて、離脱行動に入っていたが、ヴェリラルド王国艦隊の戦艦部隊も距離を詰めつつあった。


 ――あれが敵の戦艦か。


 ディアマンテ級に似たシルエットながら、より大きく力強い印象を与える巨大戦艦が二隻。ヴェリラルド王国にあれだけの大戦艦が存在するとは――シェードも舌を巻いた。


「セラス!」


 シェードが控えている女魔術師を見た。


「転移魔器! 目標、『オニクス』!」

「はい、シェード様!」


 フードで顔を隠した魔術師セラスは艦橋脇のドアから見張り員用通路に出て、持っている杖型魔器を向けた。


 その数秒間、シェードが感じた中で、最も長い数秒となった。


 魔器が発動し、標的である全長271メートルの巡洋戦艦の姿が消えた。シェード艦隊を前線に跳躍させた魔器と同じ効果があるそれによって、約100キロの距離をジャンプさせたのだ。


「よし、我が艦隊も戦域を離脱する!」


『オニクス』の撤退を見届けたシェード。高速クルーザーはノロノロと艦首を左へと向ける。


「司令、魔力推進の稼働時間が切れました!」


 高速移動の時間終了の報告が届く。これで航行はレシプロ機関に頼るほかなくなったが、ここでシェードは第四の手を使用する。


「緊急転移装置を作動。すみやかに離脱せよ!」


 今回の戦いに合わせて、積んだ試作魔法装置のひとつ、緊急転移装置。それは魔法具である転移石を艦艇用に作ったもので、例によって魔法軍の試作装置である。


 オノール参謀長が冷や汗を流す。


「大丈夫でしょうか!? あれはどこに出るか、まだ調整が利かないと聞きますが……!」

「祈れ」


 シェードは皮肉げに笑みを浮かべた。シェード艦隊最後のクルーザーが、ヴェリラルド王国艦隊の戦艦主砲の直撃を受けて爆発、四散した。


 次はこの『リギン』か。シェードが心の中で呟いた時、視界が光に包まれた。


 緊急転移装置が発動。高速クルーザー『リギン』は戦場から忽然こつぜんと姿を消した。

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