第917話、追撃する大帝国艦隊


 ディグラートル大帝国、第一空中艦隊旗艦『オニクス』。


 ディアマンテ級巡洋戦艦の二番艦、その艦橋には、大帝国空軍総司令官であるパイル・エアガル元帥がいた。


 青肌のダークエルフが、シップコア『オニクス』の支援を受けて操艦する。元帥はその様子を眺めていた目を戦況モニターへと向ける。


「敵艦隊は逃走にかかっております。元帥閣下、追撃いたしますか?」


 第一空中艦隊参謀長のグラバー少将が仰ぎ見てくる。


 眼鏡をかけた精悍せいかん|な男であり、空中艦隊の戦術研究にも深く関わった人物だ。異世界人流の艦隊運用を会得していて、その知識は大いにエアガルを助けている。


「うむ、敵の動きをどうみる、参謀長」

「はっ、敵艦隊はその艦艇の半数を失い、戦場離脱を試みているとみて、間違いないでしょう」


 グラバー少将は眼鏡のブリッジを押し上げた。


「我が方のフリゲート戦隊による再度の突撃あれば、おそらく敵は旗艦以外、全滅は必至。そうなる前の後退でありましょう」

「敵に増援はあるか?」

「元帥閣下、残念ながら情報部も、ヴェリラルド王国の空中艦隊の全容を掴めておりません」


 グラバーは表情を崩さなかった。


「しかし、航空機を運用する空母艦隊がいると推測されます。敵は空母艦載機による攻撃に活路を見いだすでしょう」

「つまり、今後予想されるのは、敵航空機の攻撃」

「ご賢察の通りでございます」


 参謀長は頷いた。


「しかしご安心ください。我が艦隊にも戦闘機が収容されております。敵が空襲を仕掛けてきても対応は可能です」


 もっとも、艦隊防空が限界で、敵艦隊を襲撃する余裕はないが――グラバーは、その言葉を飲み込む。


「空中艦による増援はないと見るか、参謀長?」

「はっ、戦闘前の彼我の戦力差は、敵も把握していたはず。それであの編成ですから、予備の兵力はありますまい。気がかりがあるとすれば、ファントムアンガーの艦隊が現れる可能性ですが、仮に出現しても現有戦力で対応可能です」


 さらに気がかりと言えば、シーパングが艦隊を派遣することだろうか。しかし今のところ、どの戦場でも、はっきりシーパング所属艦隊とわかる存在は確認されていなかった。

 一応、リヴィエル王国で第一遊撃隊が活動したが、帝国側はシーパングではなく、同盟国のヴェリラルド王国軍だと思っていたのだ。


「では、逃げるヴェリラルド艦隊と空母艦隊を撃滅すれば、我が軍の勝利だな」

「はい、閣下」


 ヴェリラルド王国との開戦以来、あらゆる戦場でケチがつき始めた大帝国空軍。ここにきてついに、敵性空中艦隊を撃破し、勝利を得ることができる。


 エアガル元帥は、皇帝陛下に勝利の報告ができるだろうことに笑みを浮かべた。


 戦況モニターを見やる。

 ヴェリラルド王国艦隊は、ディアマンテ級巡洋戦艦1隻に、アンバル級軽巡2隻、小型艦6隻にまで減っていた。


 対する第一空中艦隊は、フリゲートを24隻失ったものの、『オニクス』とヘビークルーザー群は1隻も欠けていない。依然として主力は健在、敵の追尾にあたっている。


 圧倒的じゃないか、我が軍は――ほくそ笑むエアガル。


 エアラッハ作戦は成功。続くゲブルー作戦で陸上戦力を送り込み、王国北方領を蹂躙。ノルテ海、ノベルシオン国方面からの挟撃作戦で、ヴェリラルド王国の息の根を止める。


 完璧なる作戦。


 この作戦の主な発案が、西方方面軍司令のシェード将軍ではあるのが気になるところではある。

 だが増援兵力を含め、その計画を実現させたのは自分たちであるとエアガルは思っている。


 まだこの時、ノルテ海と、王国東部からの侵攻が失敗していることを彼らは知らない。



  ・  ・  ・



『敵艦隊、本艦隊を追尾中』


 巡洋戦艦『ディアマンテ』艦橋。艦長席の俺は、戦況モニターを観察していた。


 敵は追撃をしているが、フリゲートに全速力を出させて襲い掛かってきてはいない。こちらがどこまで逃げるか確かめようという腹だろうか。


 確かに、こちらもどこまでも逃げられるわけでもない。王国中央まで進出して、敵が王都を狙う動きを見せたりすれば、こちらも反転せざるを得ない。


 ……まあ、そこまで逃げることもないんだけどね。


「ディアマンテ、各偵察隊に連絡。敵第一空中艦隊以外に、敵性航空戦力が確認できるか報告させろ」

「承知しました」


 俺からの指示を早速、実行に移すディアマンテ。ジャルジーが声をかけてきた。


「兄貴、敵の増援か?」

「ああ、皇帝お得意の秘密ルートの戦力の有無の確認だよ」


 ノルテ海でも、東領でもそれ単品ではなかった。こっちが反撃に出た時に、水を差されても困るのだ。


「司令、各偵察隊より報告です。現在、第一空中艦隊の他に確認できるのは、輸送艦隊が一つと、シェード将軍指揮の小艦隊のみ、とのことです。両艦隊とも第一空中艦隊の後方にあって、それを追尾しております」

「了解した。……では作戦はそのままだ」


 確認済み戦力以外に敵影なし、ということだな。 


「司令、間もなく合流地点です」


 ディアマンテが報告した。艦橋の強化窓から見える前方には、大きな雲が見えてくる。


「針路そのまま。敵さんには、雲の中に紛れようとしているように見えるように」

「アイ・サー」


 ウィリディス第一艦隊は、そのまま直進する。残存は『ディアマンテ』ほか、軽巡『アンバル』『オパルス』、駆逐艦『初雪』『深雪』『細雪』、シズネ艇三隻のみである。



  ・  ・  ・



「敵艦隊、前方、雲海に突入する模様!」


 第一空中艦隊『オニクス』の艦橋。司令官席のエアガルは、モニターに拡大されたそれを見た。

 雨でも降りそうな分厚い雲が地平線を遮り、その中へヴェリラルド王国艦隊が入ろうとしている。


「雲に紛れて逃げようというのか……?」

「雲に入った程度で逃れられるとは思えませんが……」


 グラバー参謀長は眉をひそめる。


「『オニクス』の魔力レーダーから逃れられるはずが――」


 言いかけた時、そのシップコアであるオニクスが警告音を発した。


『魔力レーダー、探知不能圏、接近中。注意せよ』


 レーダーの探知不能圏? エアガルとグラバーは顔を見合わせた。もしや、あの雲、魔力探知が不可能なのか――


『追加報告』


 オニクス・シップコアの機械音声が艦橋に響く。


『探知不能圏、消滅』

「消滅?」


 さすがのグラバーにも、何が何だかわからなくなった。


『警告! 未確認航空艦、多数出現!』

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