第915話、春風の到来
『トキトモ閣下、ノベルシオン軍は壊滅。生き残った者は逃走しました』
俺のもとに届けられたのは、クレニエール軍の飛行魔術師中隊を指揮するシャルール君からの報告。
クレニエール東領に侵入した3万5000のノベルシオン国の軍勢は、ウィリディス・クレニエール連合軍によって撃退された。
城塞艦、機甲戦闘団、航空ヘリ、偵察飛行隊など、機械兵器を駆使したヴェリラルド王国軍に、ノベルシオン国は為す術がなかったのだ。
まあ、ここまでは予想はついていた。
俺は大帝国の秘密兵器が登場した時に備えていたが、無事、戦闘の終了を見守ることができた。
唯一、フレッサー領から侵入した大帝国の別動隊が、予想以上の戦力ではあった。だが第一遊撃隊が駆けつけた時には、そこに居合わせた九頭谷らによって、すでに撃退されていた。
ドラゴンアイ偵察機が、九頭谷の魔人機と、悪魔娘たちの独自の魔人機もどきの記録映像をとっている。後でじっくり解析させてもらおう。
それにしても、素体ひとつで、ああも作り上げるとはね……。脱帽だ。
ひとまず、大帝国相手に立ち回ってくれたことに礼を九頭谷たちには言った。そうしたら彼は『先輩にはいつもお世話になってますから』などと
フレッサー領からお礼など出ないだろうから――そもそも彼らの活躍を知らないのだ――俺のほうで褒賞金を出す手配をしておいた。
俺は『ユニコーン』の艦橋で、シャルール君に返事した。
「了解した。敵の出鼻は挫いたし、ノベルシオン国がすぐに戻ってくることはないだろうが、大帝国のこともある。警戒は怠らないように願いたい」
『承知いたしました』
「東領のウィリディス軍には引き続き警戒に当たらせるが、俺はこれから北方に向かう。侯爵殿によろしく」
『はっ、ご武運をお祈りいたします』
「ありがとう」
通信終了。大帝国の秋作戦は失敗に終わったが、同時進行のはずの春作戦、そして全容の見えない冬作戦が控えている。
のんびり戦況分析や戦果確認をしている暇がないのが辛いところだ。
「これから押し寄せる帝国の新生空中艦隊。……夏や秋作戦とは違って、こちらにも相応の被害が出るだろうな」
思わず呟けば、聞いていたらしいベルさんが、フンと鼻をならす。
「ま、大帝国野郎も機械文明や魔法文明の兵器を使ってるからな。むしろ、これまでが雑魚過ぎた」
「弱い者いじめの時間は終わりか」
「戦争ってのは、弱い者いじめが続けられるかが鍵だからなぁ」
ベルさんはニヤリとした。
「腕の見せ所だな」
「そうだな。……ところでベルさん、ひとつ頼まれてくれないか」
俺たちは、次の戦場――ヴェリラルド王国北方へと飛んだ。
・ ・ ・
北方戦線に待機するウィリディス軍第一艦隊。俺は『ユニコーン』から総旗艦である巡洋戦艦『ディアマンテ』に移動した。
艦橋には、すでにエマン王からの要請を受け、ジャルジーが来ていた。
「兄貴、
「ついでに不法侵入のノベルシオン国の連中にもお引き取り願ってきたよ」
「うむ、こちらにも速報が届いた。さすがだな!」
「そっちは俺は何もしていないよ。クレニエール軍と現地戦力がやってくれた」
準備を進めてきて、その備えが万全だったから、でもある。ウィリディス軍単独ではなく、クレニエール侯爵軍も戦力の一翼を担い、侵略者撃退に貢献した。
この短期間でよく成長したものだと褒めていい。
「で、問題はいよいよここ北方戦線だ」
「大帝国の空中艦隊。ディアマンテから説明を受けたが、今回は一筋縄ではいかないと聞いた」
「損害は覚悟している」
俺は、艦橋の専用端末前で直立するディアマンテを見やる。
「だが、負けるつもりはない。第一艦隊が壊滅的な損害を受けても、勝ってみせるよ」
「正直、信じられないのだが……」
ジャルジーは深刻ぶる。
「兄貴が言うのなら、そうなのだろう。……親父殿からは、どういう説明を受けている?」
「君にウィリディス軍の戦いを見せて学ばせたい、と仰せだった」
俺はエマン王からの言葉を思い出しながら告げた。
「立場上、君が最上級の指揮官、総大将という扱いになるが――」
「ああ。だが兄貴。オレは艦隊の指揮は未経験だ。作戦や指揮は任せる。勉強させてもらう」
殊勝な心掛けだ。俺は口元に微笑を浮かべる。
「余計な口出しはしないつもりだ」
「本当かな? 結構、それ難しいぞ?」
「……しない!」
口をへの字に曲げて、我らが未来の王陛下はおっしゃった。その言葉、忘れるなよ、兄弟?
「ジャルジー、地上軍はどうなっている?」
「ミューエを将軍に任命して、俺の留守中を任せている。若干、歳が若いが有能だぞ」
有能、か。使える人材は贔屓しているジャルジーのことだ。判断さえ誤らないければ、たぶんそうなのだろう。
「ちなみに、そのミューエ将軍はお幾つ?」
「二十三。爵位は子爵だ」
「……結構若いな」
「兄貴もあまり説得力ないぜ?」
からからとジャルジーは笑った。そりゃ、日本人は若く見られがちではある。中身は三十だぞ。
「それに歳を言ったら、アーリィーだってもう、機動部隊の司令官やってるぞ」
「ぐうの音も出ないな」
彼女は二十歳前だ。俺は艦橋後部の戦術ボードの位置へ移動して、ジャルジーに今後の作戦方針を伝える。お勉強の時間だぞ、公爵殿。
きちんと作戦の展望や状況別の行動などを説明しておくことが、戦場での意思の疎通に影響する。
まったく知らされず面食らうと混乱必至だが、想定されたことで対策もしっかりしているなら、取り乱すこともない。まあ、何事にもイレギュラーは発生するものだが。
こちらはディアマンテ旗艦の巡洋艦・駆逐艦による第一艦隊。これにアーリィーが指揮する空母機動艦隊こと第三艦隊と、もうひとつ……。
第一艦隊は、巡洋戦艦1、巡洋艦5、駆逐艦8、ミサイル艇10。
遊撃隊や別艦隊は、その数に含めていない。まず、大帝国の新生空中艦隊とぶつかるのが、第一艦隊である。
「閣下」
ディアマンテが俺たちに声をかけた。
「索敵機より通報。大帝国の第一空中艦隊が移動を開始。およそ十分で、ヴェリラルド王国北方領の領空へ侵入します」
「来たか」
俺はジャルジーに頷き、席へと促した。
「全艦、戦闘配置。第一艦隊は敵艦隊の迎撃に向かう。……ジャルジー、艦長席は譲ってもらうぞ。代わりに司令官席にどうぞ」
「お、おう。わかった」
ジャルジーは以前、ディアマンテの艦長席を気に入り、そこで艦隊を指揮する自分を妄想していたが……残念、艦隊指揮なら、上の司令官席だぞ。
代わりに俺はディアマンテの艦長席につく。本当は司令官ポジだから、座るならジャルジーに譲った席につくべきなんだけどね。
「艦隊、第一航行順列。ディアマンテ」
「アイ・サー。艦隊、第一航行順列」
ウィリディス第一艦隊は、北の空へとその航跡を刻んだ。
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