第913話、エクゼキューター


 ブラックゲイル号の貨物区画。九頭谷は、ウィリディス式魔人機を独自改造したそれに乗り込んだ。


 住むところ、浮遊船の他に、九頭谷たちがジンから受け取ったものは多い。魔人機もそのひとつだ。


 もっとも、受け取ったのは外装なしのフレーム素体のみだったが。

 ジンからは『外装で差別化しているから、何か好みが決まったら言ってくれ』といわれていたが、その希望を言う前に、ブラーガが提案した。


『言ってくれれば、あたしが作るよ!』


 正直、機械のことなどわからないだろうと思った。

 だが、子供っぽい言動でありながら、割と頭がいいと彼女のことを認めていたので「じゃあ」とやらせてみた。彼女たち悪魔は、九頭谷のちょっとした常識をこれまでも覆してきたのだ。


「それで、本当にできちゃうんだからスゲぇよな……」


 九頭谷は魔人機を起動させながら思う。もっとも、外装は、何やら得体のしれない魔法金属と魔獣装甲とかいうよくわからない生体部品らしいのだが。


 悪魔のやることは、自身も半分悪魔になっている九頭谷でも理解できなかった。


 ともあれ、専用魔人機『エクゼキューター』は、悪魔の超魔法と機械の融合により完成した。


 頭部は、元の世界のリアルロボットアニメチックなデュアルアイ。鋭角的な角に精悍なフェイス。胴体はウィリディス軍魔人機とさほど変わらないデザインだが、黒と赤のカラーリングが、いかにも悪魔的。手足は二本ずつだが、腕部やつま先部に爪があり、背中も翼型の推進・飛行装置が搭載されている。


「じゃあ、オレはエクゼキューターで、大帝国の奴らをぶっ倒してくるから! ブラックゲイル号は、巻き込まれないように距離をとってろ。あと、ついでに先輩ンとこに通報よろしく!」


 カーゴブロックで、機体を立たせ、九頭谷は操縦桿を握り混んだ。――ああ、オレ。夢にまで見たロボットアニメの主人公じゃん!


 圧倒的多数の敵に単騎で挑み、蹴散らす! まさにロマン! 男子の本懐、ここにあり!


「九頭谷、豪! 『エクゼキューター』出るぜ!」


 カーゴブロックからジャンプ。その後、翼型のブースターを噴かして、エクゼキューターは飛翔した。


 もっとも、ブースターといっても悪魔の飛翔魔法を用いた魔法推進なので、噴射炎があるわけではない。独特の飛行音とわずかな発光と共に、機体は空に浮遊し、飛行して自在に駆け巡るのである。


 エクゼキューターが飛び去るのを甲板から見やる美女悪魔たち。


「さて、これからどうしようかしら」


 モルブスが顎に手を当て、考える仕草をとる。


「ゴウだけで、あれだけの数を抑える可能性」

「ないな」


 フェブリスはあっさりと言い放った。ブラーガも頭の後ろに手を回す。


「いやー、無理っしょ。ゴウって多少悪魔だけど、別に強いわけじゃないし」

「た、多少悪魔……?」


 ウィネーが、普段の弱々しい声音で首をかしげた。モルブスは口元を歪めた。


「ブラーガ、アレの準備、いいわね?」

「ほいほーい」


 赤毛のブラーガは甲板から踵を返した。フェブリスが、金髪悪魔を見やる。


「やるのか?」

「そりゃあもう。ゴウからはあまり人を殺すな、って言われているけれど」


 そこでモルブスは壮絶な笑みを浮かべた。


「こと戦争では、敵を殺すことに遠慮なんてしなくていいのよ?」


 そう、遠慮する必要なんてない。だってそうでしょう――


「わたくしたち、悪魔ですもの」



  ・  ・  ・



 エクゼキューターは、一気に急降下した。


 山岳地帯。その連なる山々が南北で分かれて、その間に大きな回廊のような隙間がある。そこに大帝国の呪術式ゴーレムが群れを成して進撃している。


 ゴーレムというより、骸骨の鎧をまとった巨人のようなスタイルだ。白い装甲が被さっていて、高さは六メートルくらい。魔人機とほぼ同じサイズだ。胸部にはコアのような球体が剥き出しで、頭にも球体がひとつ、目のように存在していた。


「上からは丸見えだぜぇ!」


 九頭谷は、先制の一撃として、手にした大型マギア・ランチャーから赤黒い魔弾を放射した。


 その攻撃は呪術ゴーレムを直撃し、その装甲を飴のように溶かした。


 空からの攻撃に、呪術ゴーレムが一斉に頭を上げた。


「ほらほら、もう一丁!」


 脚部に装備されているマギア・ランチャーが発砲。そして肩や腰部が可変し、ミサイル型の誘導魔弾を連続発射する。

 悪魔、驚異の魔術。魔法のミサイル型の弾は的確にゴーレムに吸い込まれ、その頭や他の部位を吹き飛ばす。


 ――よしよし、今ので十体くらい潰したぞ!


 気分はロボットアニメのヒーローだった。単騎で無双、男の子なら誰もが憧れるシチュエーションだ。


 呪術ゴーレムが反撃に出た。目や、胸部の球体から炎の魔弾を発射したのだ。


「おおいっ、それ武器だったのかよっ!?」


 てっきり弱点が剥き出しだと思っていた九頭谷は面食らった。呪術ゴーレム十数機から矢継ぎ早に攻撃を浴びせられる。


 慌ててエクゼキューターを回避させる九頭谷。炎の魔弾は比較的遅いが、何せ数が多かった。あまりに多くて避けに徹することになるエクゼキューター。


「なっ、くそ! お前ら、ちょっとタンマ!」


 マギア・ランチャーを撃つ。だが一発撃ったら、十数発返ってきて、反撃し続けるのも難しい。


「オレ、めっちゃ、かっこ悪い……!」


 勢い込んで出てきたものの、さすがに無謀過ぎた。単騎無双など、作り話の絵空事。現実にそんな格好のよいものが簡単に出来たりはしないのだ。


「それでも――」


 九頭谷は機体をめまぐるしく機動させながら、一機ずつ確実に撃破していく。


 やると言って出てきたからには、簡単には引けない。男に二言なし、とはよく聞く言葉だが、そういう人間になりたい、と九頭谷は思う。


 過去、名字で馬鹿にされ、卑屈になったこともある。振り返れば嫌なことばかり思い出す。


 だが、そういう時に誇れる何かが欲しかった。たったひとつ、胸を張って誇れる何かがあれば、自分の人生において意味があったと思えるから。


 被弾した。衝撃にコクピットが揺さぶられたが、それだけだ。致命傷ではない。


「この程度で終わらないよなぁ! エクゼキューター!!」


 ふと冷静になると、ここがその命をかけるべき場所だったのか、疑問ではある。勢い込んで出てきてしまったことに後悔もあるが、いまさら言っても仕方がない。


 ――本当、オレはどこまでいっても、しまらないなぁ。


 呪術ゴーレムの大群が向かってくる。もっとも、飛行している限り、エクゼキューターは近接戦闘を挑まれることはないが……。むしろこっちから近接戦を仕掛けて、敵の射撃を封じるか?


 シチューにカツを入れれば、って聞いたことがある。何のこっちゃ、と思うが、要するに度胸ってことなんだろう。


「やってやろうじゃねぇか!」


 ウィングブースターを光らせ、エクゼキューターはマギア・ランチャーを、ソードモードに可変させる。


 ――こいつで一刀両断にしてやらぁ!


 その瞬間、コクピットのモニターがまばゆい光に包まれた。


「……へ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る