第912話、悪魔娘たちと九頭谷
ウィネーは、外見でいえば十代後半から二十歳そこそこ。茶色い髪を伸ばしている。美少女で、その服装も、どこかアイドル衣装チックで可愛らしいと、九頭谷は思っている。
だが悪魔だ。
もっとも種族的なものであり、性格は弱々しく、悪魔というより天使に近い。
そんな彼女が、他の悪魔娘たちと、九頭谷と行動を共にしているのは、大帝国のキメラ・ウェポン計画に巻き込まれたことがきっかけである。
異世界から召喚され、実験材料となった九頭谷が、その脱走の際に助け出したのが、ウィネーや他の三人の悪魔娘たちである。
だが、他の悪魔娘たちと異なる点が、ウィネーにはひとつある。
それは過去の記憶がないこと。
帝国の実験の結果なのかわからないが、ウィネーは自分の過去を含めて、悪魔たちのことさえよくわからない。性格が弱気なのも、ひょっとしたらその影響なのかもしれない。
モルブス、フェブリス、ブラーガの三人は、ウィネーの過去について一切何も言わない。ただ、悪魔でありながらあまりに弱々しい言動の彼女を馬鹿にしたりすることなく、むしろ気遣いを見せてくれる。
閑話休題。
九頭谷は、ウィネーに誘われるまま、ブラックゲイル号の甲板に出た。「あそこ」と指さすウィネーの先には、金髪と青髪の美女悪魔が二人、背を向けていて、下の景色を見ているようだった。
金髪のほうがモルブス。青髪のほうがフェブリスだ。
「どうした?」
九頭谷が声をかけると、ふわりといい香りをさせながらモルブスが、その豪奢な髪を揺らしながら振り返った。
その魅惑的なボディラインと相まって、ゴージャスでありながらとてもセクシーだ。
「ゴウ、見てごらんなさい」
そう美女悪魔が示した先を見やり、九頭谷も目を凝らして――
「うん……? 巨人……ゴーレムか?」
浮遊船ブラックゲイル号から見れば、それは点のように小さい。しかし周囲の地形、特に木々と比べれば、その点のようなものが人間サイズではないのがわかる。
「おそらくゴーレムの類いだろうな」
青髪で、凛とした美女悪魔フェブリスが腕を組んだ。
「だが、見ての通り、数が多い」
「……だな、数十、いや百はいるか?」
「百十五……いや、いまさらに三体増えた」
フェブリスの目がオレンジ色に光っていた。魔眼である。フェブリスは悪魔だが、竜族の血が濃く、千里眼のような力を持っているらしい。
「呪術で作られたゴーレムだよ。しかも始末の悪いことにな、マスター。どうやらあのゴーレムを使役しているのが、我々にとっては宿敵であるあの大帝国らしいということだ」
「……」
九頭谷は閉口した。
忘れたくても忘れられない。
キメラ・ウェポン――悪魔と組み合わされ、人体改造された記憶。変異する痛み、苦痛。素材に使われた悪魔の悲鳴は思い出しただけでも九頭谷は、心臓を引っかかれるようなざわめきを感じる。
「ちなみに、あのゴーレムどもの後ろに、大帝国の部隊が小規模ながら展開している」
フェブリスは皮肉っぽく唇の端を吊り上げた。
「何やら、妙な機械を使って、ゴーレムを作り出しているようだ」
「モンスターメイカー……」
九頭谷は、以前、ジンから聞いた大帝国の魔獣製造装置のことを思い出していた。ゴーレムは聞いたことがないが、それ用のものを連中が作ったんだろうな、と思った。
「大帝国の奴ら、こんなところで何を……って、愚問だよなぁこれ」
「ええ、そんなの決まってますわ」
モルブスが嘲笑した。
「ヴェリラルド王国への侵略。クレニエール東領にノベルシオン国を差し向けて気を引いている隙をついて、別口から侵入したんでしょうね」
「マジかよ……」
甲板の手すりに手をかけたまま、しゃがみ込む九頭谷。――先輩は、このこと知ってるのか? 王国の東部、クレニエール領とは別のところから敵が入り込んだのを。
「……ゴウ」
ウィネーが不安げな声をかけてきた。これからどうするの?という目が突き刺さる。
どうするって? んなもん――言いかけ、九頭谷は言葉を飲み込んだ。
いいのかな、と思ったのだ。これまで大帝国とは関わり合いを避けてきたところもある。先輩と慕うジンには恩もあるし、大帝国をギャフンと言わせてやりたい気持ちはあった。
だが、九頭谷本人はよくても、仲間である悪魔娘たちを巻き込むことになるのでは――と考えてしまう。できれば九頭谷だって、面倒は避けたいところだが……。
「人間同士の争いに興味はないのだけれど」
モルブスがどこか他人事のように言った。
「むしろ、見世物として楽しむ分には悪くない。でも、ゴウはそうは望んでいないのでしょう?」
大帝国が侵略し、集落が燃やされ、反撃に出てきた守備隊やらが立ち向かい、互いに血を流しながら死んでいく。悪趣味なことに悪魔たちには、人間同士の争いは滑稽な見世物と言える。
「フェブリス? ここってどのあたりになるのかしら?」
「フレッサー領だな。戦災の傷が深く、いまだ復興の最中といったところだ。……ちなみに、我らのお気に入りであるノイ・アーベントがあるトキトモ領のお隣だ」
「それは困ったわね。わたくし、ノイ・アーベントのフードコートはお気に入りなのに」
モルブスは、そのたっぷりある胸を揺らし、不敵に笑った。「同感だ」とフェブリスは肩をすくめた。
「はいはーい、ブラーガも賛成!」
いつからいたのか、赤毛の悪魔少女ブラーガが同意の挙手をした。
「さあ、ゴウ。いえ、マスター? わたくしたち、あの生意気な大帝国野郎どもが、お気に入りのフードコートに足を踏み入れるのをよしとしないの。貴方はどうなのかしら?」
「んなもん、決まってるだろうが!」
九頭谷は立ち上がった。
「先輩には、この船も含めて色々借りが溜まってるからなぁ! ここらで一括返済しておくさ!」
オレ様ってば義理堅い性格なのよね――九頭谷は相好を崩す。モルブスが片方の眉をひそめた。
「前から気になっていたのだけれど、ゴウ……貴方ってひょっとして男色ですの?」
「はぁ!? 何いきなり?」
「だって、貴方。事あるごとに、『先輩、先輩』って……そういう趣味に聞こえるんじゃなくて?」
「どこをどう押したら、そうなるんだよ、モルブス?」
「ホ○か?」
フェブリスが、さらりと言った。モルブスが口に手を当てて笑う。
「おおいにやってよろしくてよ、ゴウ。悪魔的には合法だわ!」
「いや待て! 勝手に盛り上がんな!」
そう言うと九頭谷は、モルブスの豊かな胸にダイブした。
「オレ的にはこっちのほうが好きー!」
「もう! 甘えん坊さんね、ゴウは」
よしよし、と赤ん坊を撫でるように九頭谷の頭をナデナデするモルブス。
「あ、あの……」
ウィネーが恐る恐る声をかけた。
「それで……これからどうする、の……?」
「もちろん、こっちから仕掛けるさ!」
九頭谷は、モルブスの胸から離れ、視線をブラックゲイル号のカーゴブロックへと向ける。
荷物を積んだ試験航行ということで、ちょうどおあつらえ向きの玩具が積んである。
「男っていうのは、いくつになってもロマンに生きるのさ!」
この積荷の中に、ジンから譲り受けた魔人機が隠してあるのだ。
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