第911話、東領、侵入
ノベルシオン国軍、ヴェリラルド王国東部へ侵攻。
騎兵部隊を前衛に、大規模な歩兵が列を成して国境を超えてきた。行軍隊形で堂々と、長い長い行進だ。
先頭が動き出しても、後ろが動き出すのはいつになることか。古来の軍隊の移動とはそういうものだ。三万五千もの数がいれば、そうもなる。
本当なら、国境に軍が展開している時点で、防衛側の軍勢も迎え撃つべく集結し対峙するものなのだが、ヴェリラルド王国軍は、とうとう現れなかった。
東領は何やら動乱があって手薄になっている、という情報は本当だった――ノベルシオン国軍のアルマノ大将軍は、ミドス王からの進撃命令を受け、軍を進ませた。
ノベルシオン国軍は、このままヴェリラルド王国軍の迎撃がない場合、東領の中央都市フェンガルへ進撃。また兵力を分けて、東領の砦を攻略ないし守備隊の足止めを行う。
ミドス王からは、進めるだけ進めと命令されている。支援は大帝国がしてくれる、とのことだったが、アルマノ大将軍は
そもそも、サンタール王が崩御され、跡を継いだミドス王だが、どうにも短慮かつ、長期的視野に欠けるところがあった。
要は、王に相応しくないないのだが、もちろんそれを表立って口にすることはアルマノ大将軍でも無理だった。
何故なら、若き王は逆らわれることを大いに嫌い、容赦なく自身の権力を揮ったのである。注進した者はことごとく処罰されたのだ。
その癖、大帝国には尻尾を振っているのだから、もはや閉口である。傀儡であることは一目瞭然だった。
だが、アルマノ大将軍は保身で生きてきた人間だった。故に若き暴君の機嫌を損ねることなく立ち回り、独自に大帝国に通じることで自分の立場、権威を確保した。だからこそ――大帝国に近づいたからこそ、支援に懐疑的にならざるを得なかった。
大帝国にとって、ノベルシオン国軍は捨て駒だ。働くだけ働かせて、切り捨てる腹なのは察している。
一応、我が身の安全のための保険はかけてある。そのために大帝国には自分が使える人間であるところを少し見せておかねばなるまい。……おそらくノベルシオン国の大将軍でいられるのは、そう長くないだろう。
そこへ、先行する軍勢がヴェリラルド王国軍と遭遇した、という報告が届いた。
それ自体は予想の範囲だった。
だが、もたらされた報告は、大将軍の想定の範囲をまるで超えてきた。
『城が襲いかかってきた』
……誰が、それを信じることなどできようか。
・ ・ ・
ノベルシオン国軍先鋒隊一万が、遭遇したのは城塞艦『ヴェネラブル』だった。
旧シェーヴィルに進撃したヴィクトリアス級城塞艦の二番艦である。
当然ながら、ノベルシオン兵たちは、初めてみる動く城の姿に驚愕した。ヴェリラルド王国が浮遊船を保有していることは大帝国が知らせたが、城塞艦については共有されていなかった。
『ヴェネラブル』は、搭載しているプラズマカノンによる砲撃を開始。城を前に行軍隊形から戦闘隊形に変更している最中、一方的に攻撃を加えた。
これに対し、対浮遊艦対策として与えられた魔器をノベルシオン軍は使用した。
浮遊艦をまとめて吹き飛ばすための秘密兵器が火を吹き、城塞艦の防御シールドを消滅させるだけの威力を発揮した。
しかし、物理のほうの城壁の表面をある程度焼いたところまでだった。その装甲を破壊するには至らなかったのである。
その後は、再びプラズマカノンによる砲撃が浴びせられ、ノベルシオン国軍先鋒軍は壊走。城に追いかけられ、逃げまとうという前代未聞の珍事をさらすこととなる。
逃げる先鋒の余波に、後続は巻き込まれる。ただちに戦闘隊形へ展開。ヴェリラルド王国軍は強力であると、逃げてきた先鋒軍の将兵の様子から判断したが、すでに二の矢が迫っていた。
クレニエール侯爵軍の機甲戦闘団が、平原を疾走し、ノベルシオン国軍の前に現れたのだ。
デゼルトⅡ型機動戦闘車は装輪式の装甲車をベースに、ウィリディス軍のルプス主力戦車と同じ76ミリ砲を搭載する。装甲こそ戦車には劣るが、その火砲の威力は戦車とほぼ同等だった。
その機動戦闘車群は、ノベルシオン国軍の、いまだ弓や槍が主力兵器である兵たちに、アウトレンジからの砲撃を加えた。
土砂が盛り上がり、爆風が吹き荒れる。鎧をまとった騎士や兵士たちが為す術なく吹き飛び、その身体を引き裂かれる。土煙に混じる血飛沫。
轟く砲声。途切れる悲鳴。密集戦術が基本の、当時軍備の標準的軍であるノベルシオン国軍は、次々に砲撃の餌食となった。
さらに三の矢――クレニエール東領に建設された航空基地より、ワスプ汎用ヘリコプター、そのガンシップ中隊、さらに王国軍が採用したドラケン戦闘機の飛行大隊が戦場に到達した。
北方領ズィーゲン平原で、大帝国西方方面軍陸軍を見舞った災厄、その再現が、まさに起ころうとしていた。
・ ・ ・
「今頃、東領はドンパチの真っ最中だろうな」
彼はいま空にいた。先輩であるジンにお願いして手に入れた、航空貨物船の航行試験の最中だ。
全長62メートル、全幅26メートル、全高29メートルのその浮遊船は、ジン曰く、M1型航空貨物船というらしい。
九頭谷はその船に『ブラックゲイル』号と名付けた。……なお、船体色は、引き渡された時のままの薄い水色。名前の割に黒くはないが、いずれは塗り替える予定である。
ブリッジは船首側にあって、前方視界を確保している。また高い位置にあるから船首甲板はもちろん、ブリッジ脇に出れば船体中央から後部甲板を見渡すことができた。
船室ほか居住区は艦橋の下。船体中央から後部はカーゴブロックになっていて、多くの荷物を積むことができる。機関部は後部の両舷に一基ずつあって、片方が故障しても航行できるようになっている。
浮遊石を標準装備。船体は装甲化されておらず軽量化が図られているので、最高上昇限度は五千五百メートル。……なお、もう一個浮遊石を搭載すれば高度九千メートルくらいはいけるらしい。
エンジンはインフィニー機関だが民間用規格の安いやつを二基。スピードレーサーではないのだから、これで充分ということらしい。
民間用の貨物船として作られたが、一応、自衛用に船首に小口径砲を設置可能。ほか、船体四ヶ所に銃座を取り付けられるようになっている。……九頭谷は、当然の如く、武装をジンに頼み、取り付けてもらった。
この世界の空には飛竜がいるし、大帝国の浮遊船などに出くわしたら、十中八九襲われる。それを言ったら、ジンは反対することなく、武器を用意してくれた。
というわけで、ウィリディスで完成後、九頭谷と悪魔娘たち四人はブラックゲイル号に乗って、ヴェリラルド王国の空を飛び回っていた。
ブリッジで操舵輪を回せば、気分は船長――いや、実際、九頭谷はブラックゲイル号の船長であるのだが。
「いいよなぁ、やっぱり男として生まれたからには、一国一城の主、もとい海賊船の船長ってのに憧れるってもんだ!」
「ねえ、この船って海賊船だったの?」
赤髪の悪魔娘ブラーガが、子供っぽい調子で言った。四人の悪魔娘の中で、一番精神年齢が幼いのが彼女である。
「気分だよ、気分」
鼻歌でも歌いそうな九頭谷である。
異世界に召喚されて悪魔と合体させられた。いわゆる改造人間。そこから脱走して、色々あったが、社畜人生から一転、異世界スローライフっぽい生活を送っている。
そう、この世界じゃ、オレは自由だ! ――九頭谷が口を開こうとしたその瞬間、ブリッジに悪魔娘――ウィネーが入ってきた。
「あの……ゴウ。ちょっと、甲板に……きて」
悪魔らしからぬ弱気な娘であるが、その彼女が何やら呼んでいた。
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