第900話、ノルテ海艦隊、出撃せよ!
大帝国の新生空中艦隊が、ヴェリラルド王国方面へ移動している。
SS諜報部の報告はもちろん、通商破壊フリゲートらの潜伏偵察からも、その艦隊の姿は確認されていた。
俺は、アリエス浮遊島軍港に、ウィリディス第一艦隊を待機させている。
総旗艦、巡洋戦艦『ディアマンテ』。
アンバル級軽巡洋艦三隻からなる第五戦隊。
第三駆逐戦隊の吹雪型駆逐艦八隻。
第一雷撃戦隊、シズネ級ミサイル艇が十。
総数二十二隻。
ただし、空母『ドーントレス』などの空母群や、万能巡洋艦『ヴァンガード』、強襲揚陸艦『ペガサス』ほか、ゴーレムエスコート群は第一艦隊には入れていない。
推測される性能差を考えると、数の分も含めて、こちらの艦隊が劣勢だ。……あくまで『第一艦隊のみ』なら。
なお、ユニコーンほか遊撃隊の艦艇も数に入れていない。
戦力表を眺めていた俺に、ディアマンテは言った。
「よろしいのですか? この第一艦隊のみで?」
「最初だけな」
俺は、他の艦隊編成表を見やり、笑みを浮かべる。
「敵さんは、エアガル元帥まで引っ張り出してきたわけだからね。せっかくだから、王国領内に来てもらいたいじゃない?」
「何を考えています?」
「俺は、エアガル元帥に会ってみたいと思ってね」
最近、かの皇帝陛下ともお食事した仲だからね。敵将と直接会って話がしたかったり。
「ついでに『オニクス』を奪えたらいいかな、と」
「!? 敵旗艦を
コアなのに、ビックリするディアマンテ。彼女の計算外の発言だったかな?
「まあ、無理にはしない。可能ならの話だ。そのためにも、玄関は閉じるより半開きにしておこうと思う」
「……敵を引き寄せ、入り込んできたところを主力で叩き潰す」
「敵の予備戦力を見るため、というのもある」
SS諜報部がつかみきれていないルート……あの忌々しい皇帝陛下が関わっている秘密ルートからの戦力。これにはこちらも手を焼かされてきたが、こちらが考えているように、敵も、第一空中艦隊と同等かそれ以上の戦力を伏兵で用意しているかもしれない。
「それで、敢えて第一艦隊なのですね」
理解しました、とディアマンテ。そこへSS諜報部のスフェラがやってきた。
「主様、ノルテ海の大帝国海軍が『夏作戦』の開始の指令を受けました。出航していた艦隊が一斉に南下を開始しました」
「来たか」
俺は席を立った。
「第一艦隊、出航用意。……といっても、しばらく北方領空で待機だけどね」
「敵第一空中艦隊に備えるのですね」
ディアマンテが頷いた。
「……しかし、よろしいのですか?」
「第一艦隊がノルテ海に行ったら、敵主力空中艦隊が一気にヴェリラルド王国領内に侵入する。牽制のためにも待機だ」
「他の艦隊をノルテ海に送ることも可能ですが」
「その必要はないかな」
ノルテ海にも海軍がいるからね。
「万が一に備えて、遊撃隊を一隊、緊急時の援軍として用意しておこうか」
現在、ユニコーン級機動巡洋艦を旗艦とする遊撃隊は、三隊、その編成が完了している。
「それじゃ、俺はノルト・ハーウェンへ行く。ウィリディス軍としても、ノルテ海艦隊を支援したいからね」
俺はポータルを使って、現地へ飛んだ。ヴェルガー伯爵とまず打ち合わせして、大帝国艦隊を迎撃しなくてはならない。
「置いてけぼりはなしだぜ」
黒猫姿でベルさんがついてきた。
「行っても、直接剣を交えることはないぞ?」
「そうかな? オレ様は案外あると思うぜ?」
・ ・ ・
ノルト・ハーウェンの領主宅へ行ったら、伯爵はフルーフ島の山城にいると家令さんに言われた。
「鬼の金剛、地獄の山城……」
思わず呟いた俺。あれ、逆だったかな?
「何だそれ?」
ベルさんが俺の肩に乗って聞いてきた。
「俺のいた世界で、昔、水兵たちの歌だったとか何とか」
「……はっきりしねえな」
「俺も、そのフレーズしか知らない」
雑談しながら、ポータルでフルーフ島――その地下にあるウィリディス軍秘密軍港へ。ここでは、クロコディール級潜水艦とヴァール級ゴーレム潜水艦のドックと補給拠点がある。
といっても、有人仕様の『クロコディール』以外、ヴァール級潜水艦は出払っていた。ノルテ海で偵察活動を行っており、南下する大帝国海軍艦隊を捕捉、追尾を行っているのだ。
内部にポータルを仕込んである『クロコディール』にも出航を命じる。もしかしたら、俺が潜水艦から指揮を執ることもあるかもしれない。ヴァール級の方は潜水艦型のゴーレムだから、乗るところがないんだよね……。
さて、フルーフ島司令部にて、俺とベルさんはヴェルガー伯爵と会った。いよいよ帝国が動いたと伝えれば、伯爵は、ノルテ海艦隊の主力が母港としているクラーケン軍港の艦隊に出航を命じた。
軽巡洋艦1、駆逐艦1、攻撃哨戒艇3、ほか練習艦2と大型艦が1――
「言うまでもなく、ノルテ海艦隊と敵艦隊では、数の差が圧倒的であります」
ヴェルガー伯爵は口髭を撫で、海図を見下ろした。
「特に警戒しなくてはならないのが、敵のレシプロ機関搭載艦艇群です。装甲艦と敵が称している巡洋艦が6隻。それと航空ボッドを搭載した小型空母3と、飛竜母艦が1……」
「初歩的とはいえ、空母機動部隊ですね」
優先度が低い海軍とはいえ、空軍が空母を持てば、同じような思想の艦艇を用意するのは自然なことだった。
はっきり言えば、空中艦隊ほどではないにしろ、大帝国のノルテ海展開艦隊も、この世界の一般的海軍を凌駕する能力を持っていたのだ。……マカーンタ軍港を襲撃した時よりも強くなっている。
「ですが、我々も負けておりません、長官」
ヴェルガー伯爵は、俺のことを『長官』と呼んだ。侯爵閣下とか言われることが増えたけど、長官というのは初めてで、ちょっとムズっときた。
「トキトモ長官の潜水艦隊、そして我が方の
「
「まさに」
得たり、と、ヴェルガー伯爵は笑みを浮かべた。
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