第899話、大帝国新生空中艦隊、出航ス


 ディグラートル大帝国西方方面軍は、シェード将軍の指揮のもと、『春夏秋冬』作戦の準備が着々と進められていた。


 ヴェリラルド王国侵攻作戦、その前段階であるリヴィエル王国の王国派殲滅作戦は、ヴェリラルド王国派遣軍によって失敗した。


 だが、本国からの大規模増援を受け、さらに皇帝陛下直々に命令とあって、作戦決行となった。


 高速クルーザー『リギン』の艦橋で、シェード将軍は幕僚たちと『春夏秋冬』作戦の最終確認を行っていた。

 オノール参謀長が、ヴェリラルド王国を中心に据えた西方方面の地図を見下ろした。


「――第一段階、春夏秋冬の春こと、エアラッハ作戦のため、第一空中艦隊が母港を出航いたしました」


 大帝国本国より、新編された第一空中艦隊の出撃。


 機械文明時代の巡洋戦艦、ディアマンテ級の二番艦『オニクス』を旗艦に、魔法文明時代の航空艦を多数従えた堂々たる艦隊だ。


 その編成は、巡洋戦艦1。魔法文明クルーザー12、魔法文明フリゲートが100。輸送艦を加えて115隻にも及ぶ。これまでの大帝国の空中艦艇とは、速度ほかあらゆる面で凌駕する。


「艦隊旗艦『オニクス』には、空軍最高指揮官であるバイル・エアガル元帥自ら乗艦。艦隊司令長官を兼任しております」

「この第一空中艦隊は、春夏秋冬作戦に参加するが、指揮権に関しては我が西方方面軍の外だ」


 シェード将軍は首を傾け、皮肉げに口元を歪めた。これについて幕僚たちは何も言わなかった。


 我らが指揮官であるシェード将軍は中将、対してエアガルは空軍の長にして、軍に三人しかいない元帥なのだ。作戦の意図や目的は共有しても、現場での行動について、シェード将軍は階級が上であるエアガル元帥に指示はできない。


「第一空中艦隊は、我ら西方方面軍のヴェリラルド王国侵攻作戦の支援のため、存在するだろう同王国空中艦隊の撃滅をその主目的としている」


 かつて第五空中艦隊を撃滅したとされるヴェリラルド王国の空中艦隊。もっともその働きの大半は、航空機によるものと思われるが……。


「敵の航空機への備えは大丈夫なのでしょうか?」


 オノール参謀長が眉をひそめれば、シェードは口元を引き締めた。


「第一空中艦隊には、魔法文明時代の航空機が積まれていると聞く。性能は最近実用化されたファルクーンより優れていると聞くが……。実際に交戦しないことには判断がつかないな」


 幕僚たちは揃って難しい顔になった。シェードは、参謀長に続きを促した。


「では、エアラッハ作戦とほぼ同時進行となりますが、サウルー作戦が、ノルテ海の大帝国海軍と現地徴用軍の連合によって行われます」

「こちらも、西方方面軍の作戦に沿って行動はするが、我が軍の指揮範囲の外で行動する」

「……」


 ノルテ海に進出した大帝国海軍は、第一、第三艦隊。うち第一艦隊には、空中艦技術を投じて建造された新鋭水上艦が配備されている。


 レシプロ機関を搭載。帆を用いずとも航行できる、この世界では画期的な軍艦である。


 ただし、技術がまだ所々追いついていない部分もあって、水上艦の性能、特に武装面で空中艦より劣っている。


 浮遊石を搭載しない水上艦は海、つまり波の抵抗の中を自力で進まねばならないため、それに適した形状に設計しなくてはならない。


 水の抵抗を無視した形にしてしまえば、いかにレシプロ機関を持ってしても、帆船よりも速度で劣ってしまうだろう。


 大帝国では、レシプロ機関を搭載しながら、空中艦より水上艦を作るのが難しいという現象を生み出してしまっていたのだ。


 ゆえに空中艦が建造されるようになってから、海軍は縮小傾向にあり、空軍と比べても技術が一歩も二歩も遅れてしまうことになった。


 搭載された火砲も、限られた船体幅、補強による重量増加、搭載レシプロ機関の性能を鑑みて、空中艦では副砲クラスである8センチ速射砲を主砲とせねばならなかった。


 ただし、これまで海軍が戦闘帆船に搭載していた大砲に比べて、性能は格段に向上し、ことこの世界の一般的な軍船相手ならば一方的に撃破、蹂躙できる能力は持っていた。


 ――ただ、相手はあのヴェリラルド王国なのだ。


 シェードは、その言葉を飲み込んだ。偵察や密偵の報告では、ヴェリラルド王国のノルテ海艦隊は、従来通りの戦闘帆船が主力となっている。が、少数ながら航空機が配備され、海賊狩りに活用されている上、未確認の軍艦が配備されているらしいと不確定情報もあった。


 シェード将軍は、この不確定だが、未確認の軍艦がノルテ海に実際に配備されていると考えている。


 火のない所に煙は立たない。表立って新造船を建造している、という情報はないものの、シーパング辺りが絡んでくる可能性は充分に考えられた。


「――サウルー作戦は、ノルテ海の制海権の確保と、ノルト・ハーウェンならびに、フルーフ島の攻略を目的としております」


 オノール参謀長の説明は続いていた。


「さらにこの作戦には、リヴィエル王国大帝国派の海上戦力も加わる予定となっており、すでに同海上艦隊が出撃の態勢を整えております」

「彼らはフルーフ島を占領し、長年のヴェリラルド王国の因縁に一石を投じようとしている」


 シェードは、地図のエール川をなぞった。


「この大河を制したいのだ」

「ヴェリラルド王国としても、エール川をとられれば、王国西部の緊張は高まります」


 参謀長の言葉に、シェードも首肯する。


「ヴェリラルド王国の注意をノルテ海に集中させることができる」

「そこで、秋――フォーワル作戦を実施……」


 オノール参謀長が、王国東部のノベルシオン国を指し示した。


「我が軍の派遣軍と、ノベルシオン国軍がヴェリラルド王国東部へ侵攻」

「王国は他方からの増援を抽出できず、各個撃破される。彼らの空中艦隊は、大帝国第一空中艦隊が北方より圧力をかけているために、大規模な戦力派遣はできない」


 百隻の大艦隊が迫っている中、ノルテ海や東領に複数の艦艇を割く余裕はない。それが春、夏、秋の作戦の同時進行。春作戦で、夏、秋の二つの作戦を支援するのである。


「問題は、敵が一隻でもアンバル級クラスの艦艇を分遣した場合ですが……」


 幕僚のひとりが発言した。たかが一隻でも、ノルテ海の海軍、ノベルシオン国軍もかなりの被害が出る恐れがあった。


「空中艦の一隻程度ならば対抗できる手段を与えてはある」


 シェードは肩をすくめる。


「もし戦隊単位で送られ、夏、秋双方が潰されたら、春作戦で帳尻を合わせてもらうしかないな」

「……そして、最後の冬作戦ですが」


 王国北方、ケーニゲン領に帝国軍の陸上戦力を送り込む。ゲブルー作戦――しかしこれは各方面の戦況に大きく左右され、特に春作戦でヴェリラルド王国空中艦隊を撃滅しなくては実施が困難と考えられていた。

 考えられていた、のだが――


「皇帝陛下が、ゲブルー作戦のために新たな兵力を投入してくださる。私自身、どういう兵力が送られてくるのかわからないのだが、春作戦の結果問わず、冬作戦を実施する可能性もある」

「司令官すら知らされていない戦力とは……」


 オノール参謀長は表情を曇らせた。


「また、モンスターメイカーの類いでしょうか?」

「かもしれない」


 だがそれとも違うかもしれない。シェードは腕を組んだ。


 果たして、皇帝陛下の送り出したモノとは何か――西方方面軍司令官は思案にふけった。

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