第898話、冒険心はいつまでも


 九頭谷は『空を飛ぶ船』が欲しいと言った。


 ノイ・アーベントの俺の屋敷。ディグラートルとのやりとりで少々お疲れ気味。なのでリビングでくつろぎつつ、九頭谷の話を詳しく聞く。


「ほら、RPGだと、空を飛ぶ乗り物があるじゃないですか。あれで世界の移動があっという間になる」

「うん、昔そういうのやってたなー」


 思い出しつつ、SSメイドがいれてくれたお茶をすする。懐かしい。あの頃はよかった……なんて言うと老化の証拠だ、なんて言っていた人がいたような。


「先輩のおかげで、オレたち冒険者としてまあまあやれてます。あ、先日、Bランクになりました」

「おめでとう」


 だが半分悪魔である九頭谷なら、Aランクくらいはいきそうなものだと思うが……。あれかな、異世界人特有のあまり目立たないための調整ってやつ。


「ただ、東領が落ち着いてきたんで、そっち方面の仕事が減ってきているんですよね」

「開拓段階は終わりつつあるな。ただ移動する隊商とかの護衛業は、しばらく活発だと思うぞ」


 何せノベルシオンが攻めてくるからね。クレニエール侯爵軍や、その補給部隊の移動による護衛とか、仕事はまだまだあると思うよ。


「そこなんすよ、先輩」

「ん?」

「隊商。まあ、正確にいえば運送業」

「……あー、なるほど」


 九頭谷が何を考えているのか、段々読めてきた。


「空輸業を始めようってことか」

「その通りです!」


 後輩は相好を崩した。年下であるが、その笑みは悪戯小僧のようだった。


「正直に言うと、運送業はついでみたいなもんで、本当は仲間たちと色んなところを回ったりしたいっていうのがありまして……」

「冒険」

「そうですそうです!」


 こいつは、異世界生活を満喫してやがるなぁ。そういうのは憧れるよ。多忙を極めている俺からすると。……いや、本当は彼のように生きるべきなんだろうけどな。


「先輩は、戦闘機とか軍艦作ってるじゃないですかー。その空を飛ぶ技術を使った船で運び屋をやったら、ビジネスになると思うんですよ!」

「なるだろうな、確実に」


 飛行宅急便をトキトモ領でやっている。飛行バイクを使ったそれは、小物程度しか運べないが、そこそこ大きな船なら運べる量も増える。


「ちなみにウィリディスうちでは、こういうのを作っている」


 俺は、輸送関連資料の中から、航空船舶の図を選んで、九頭谷に見せてやった。


「――タンカーみたいな形っすね。いや、これ箱型だ!」

「水上船じゃないからね」


 水の抵抗を気にする必要がない。そう言うと、空気抵抗を気にすべきと言われるかもしれないが、浮遊石で浮かせている以上、そこはほぼ関係ないのがわかっている。


「ウィリディス軍では建造が容易な輸送艦を多数建造している。連合国を初めとした各所への物資輸送が飛躍的に増えるのが見込まれるからだ」


 ポータルで直通というのは、ウィリディスや一部では使うが、それ以外のところには伏せておきたいからね。


「へぇ……なんか、SFの宇宙船みたいなのも混じってますね」

「俺の貧困な想像力じゃ、完全オリジナルをいっぱい考えるなんて無理だよ。そこに労力を使う暇があったら、流用でも何でもいいから作れって話だ」


 苦笑する俺。九頭谷は資料から目を離した。


「たくさんのコンテナを運ぶにはいいですけど、何というか……オレが求めているものと違うといいますか」

「もうちょっと船らしい船が欲しい、と」


 俺は手近にある白紙をとると、メモをとるようにさらさらと筆を走らせた。


「先輩、そのペン、欲しいです。どこで売ってますか?」

「……ワンパックくれてやる。十二本入りだ」

「ありがとうございます!」


 まだ、魔力ペン持ってなかったんだな。ノイ・アーベントじゃ売れ筋商品のひとつなんだが。

 適当に書いた航空船の図を、九頭谷に見せてやる。おおっ、と彼は声を上げた。


「そうそう、大き過ぎず小さ過ぎずという感じです。……あ、この船みたいなの、いいですね!」


 そう彼が指さしたのは、どこかフェリーを思わす船首と艦橋を持つ航空船。船体中央から後部はカーゴスペースで、物資の積み込み用。


「仕事にも使えて、なおかつ冒険する船っぽくてかっけぇです」

「ふうん。……じゃ、ウィリディスで作ってやるから、出来たらお前にやるよ」

「え!? いいんですか!」


 九頭谷はビックリしていた。


「そんな船ひとつ、ポンと……メッチャ大富豪みたいになってますよ、先輩」

「タダであげる代わりに、運用した感想とか、こちらの頼み事の二、三やってくれればいいよ」

「タダより怖いものはないっていいますが、それくらいなら全然問題ないっすよ」


 交渉成立。九頭谷には、自分の船になるわけだから要望をまとめるように言っておく。実際に作るのはその後だな。何せ、今あるのは適当に書いた外観図だけだし。


 航空船に関して、彼と雑談。民間用の航空タクシーや小型貨物船の話。飛行宅急便にも、船を導入したら――という話になった。

 そして最後は、まだ見ぬ景色を求めて、小型の航空船で世界を巡れたら、という夢を語り合った。


 冒険かぁ。俺の中で、ひとつの欲求が湧いた。


 リーレたちのワンダラー号を作った時も思ったけど、俺も自家用車ならぬ専用の小型浮遊艇が欲しいな、って。



  ・  ・  ・



 小型の浮遊艇を作ってみる。


 連絡艇スパローより一回り大きくして……。そうだねぇ、コクピット部分はSFアニメとかで見たように広くして……。


 貨物区には浮遊バイクとか小型の乗り物を積んだり、船体にはクルーが寝泊まりできる個室やキッチンなどの居住区も作る……。


 空を飛ぶキャンピングカーみたいな、これひとつで世界を冒険できるぞって感じ。


 先にも作ったワンダラー号もいいんだけどね。あれはリーレと橿原かしはらたち専用というふうに思ってるからさ。


 時々は、こうした自分のために創作をすることが大事だと思うんだ。気が滅入ることばかりだったり、考え事ばかりしていると、精神が病んでしまって、潰れてしまうこともある。


 元の世界の俺がそうだった。会社務めを思い出すと気持ちが暗くなる。……そういえば九頭谷は、あの頃からちょくちょく気晴らし的な提案をしてくれていたなぁ。


 俺があいつに甘いのは、そういうところもあるかもしれないな。少なからず世話になった借り、というか恩かな。


 それはともかく、小型の浮遊船――仮名称『アドベンチャー』の設計をまとめる。細かな部分は詰めていくとして、アーリィーにも意見を聞きたい。


 ほら、自家用で使うなら、嫁さんの話も聞かないとね。


 いつまでも趣味に走っていられればいいのだが、残念なことに俺は多忙だ。


 大帝国の次の手が動き出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る