第897話、三種類のエルフ
「エルフの肌の違いは、見た目の識別にはいいだろう」
ディグラートルは、フロストドラゴン肉のステーキにフォークを入れ、口に運んだ。
たっぷり肉厚のステーキに独特のタレが濃厚な風味をかもし出し、匂いだけで食欲をそそる。
ノイ・アーベントのフードコート。今日も今日とて人々で賑わう中、大帝国皇帝陛下は、お供もつけず、お忍びでランチタイムを満喫していた。
「とはいえ、青に茶に白、違うのは肌だけじゃない。中身も手が加えられている」
亜人種族、魔法文明時代製造説を唱えたディグラートル。俺とベルさんは、先日のSS諜報部の報告について、最高責任者の口から聞くことにしたのだ。
「白は最下級の家畜だな。魔力に優れているが、それは魔法文明を支える魔力タンクとして使うためだ」
「……」
「茶は下級の兵士。実質、雑兵扱い。警備や兵隊としての頭数、家畜である白エルフを監視したりしていた。ゴブリンやオークだと繊細な警備ができないからな、その代わりでもある」
エルフさんを家畜呼びというのが、イチイチ苛立つ。エルフの知り合いも少なくないから余計にね。女王陛下やその護衛などなど。
「青は上位だな。他エルフに比べて、身体能力は頭ひとつ抜けている。高度な教育を受け、機械の操作、操縦もできる」
「あぁ、そういうことか」
ベルさんが、何かに納得したような声を出した。
「ほら、この前のエルフの里を青肌のエルフが襲っただろう。あいつらエルフに対して外道の所業をこれでもかと使っていたが、それがわかったんだよ。青にとって、白は家畜も同然の下等種。だから――」
「だから、あれほどの残虐行為が平然とやれたわけだ」
無抵抗の住民を虐殺し、エルフ絶滅すら画策した青肌のダークエルフ。彼らは、遺伝子からそうなるように作られていたということか。……胸くそ悪い。
俺の心境など知る由もない皇帝は、ナイフで肉を切り分ける。
「それで、この間見つけた遺跡に、エルフの製造装置があったのだ。そいつらは人間に対して、とても従順でな。とくに青と茶は兵器を扱えるから、その乗員に利用した。白は、魔力を使った兵器の素材にする」
「さらりと外道なことを言ってくれますね……」
自然と顔が強ばったと思う。俺の、たぶん刺すような目を受けても、ディグラートルは平然と肩をすくめた。
「人工的に作られたエルフの姿をした魔力の元だ。どう使おうと余の勝手だろう?」
「物として見るなら、確かにそうだろうよ」
「ベルさん……」
「どこかからさらったエルフなら、お前さんが腹を立ててもっともなんだがな……。遺跡に保存されていたエルフの形をしたモノとなると……どうもな」
正直、ベルさん自身もどう受け取るべきかわからず困っているようだった。
「……あんまり、気持ちのいいもんじゃないっすけどね」
それまで黙っていた人物が口を開いた。
誰あろう、
九頭谷曰く、『オレ、このおっさんと知り合いなんで』だそうだ。ただ、ディグラートル皇帝その人だったことは知らなかったらしく、驚いて今まで絶句していたのである。
「なんで、魔法文明の奴ら、エルフを生きた電池みたいにしてるんすかねぇ……」
「世話の手間を省こうとしたのだろう。少なくとも、命令に従うだけの知能はある。餌を与えれば勝手に食べるし、寝ろと言えば寝るしな」
淡々というディグラートルに、九頭谷は頭を抱えた。
「最悪っすね。魔法文明人」
「よい趣味とは、言えぬな」
ディグラートルも同意した。それについては俺もベルさんも同感だった。その点は全員一致である。
「ただ……自分たちの支配欲を満たすために、あえて人の姿に近い種族として作ったのかもしれぬ」
遠い目で、ディグラートルは言った。
「想像したまえ。自分にひれ伏す、圧倒的多数の人間たち。それらが自分を神のように崇め、平伏するさまを……」
まさに皇帝陛下ならではの視点だ。さぞ気持ちいいのだろうな、それ。
俺とベルさんが顔を見合わせ、否定的に首を振れば、ディグラートルは眉を下げた。
「余としては資源を活用しているだけなのだがな。……何なら、白エルフの一人や二人、進呈しようか」
「何だって?」
「それを見れば、生きてはいるが、とても人間とは呼べないとわかるだろう」
実物を見るのが一番というが、それに関して自分のほうが正しいとディグラートルは言い切るつもりのようだ。……何だかその本物の白エルフに会っても憂鬱になりそうな予感。
「考えておく」
俺は席を立った。ディグラートルは顔を上げる。
「なんだ、貴殿も食事をすればよいのに。もっと話そう」
「いや、俺はあんたから聞きたい話が聞けたから、もう行くよ」
ごゆっくり。――そう言い残して、俺はその場を離れた。ベルさんも続き、九頭谷も「待って」と追ってきた。
「とうとう、あいつのことを『あんた』と呼んだな」
ベルさんが意地悪な顔になった。
「さすがにもう、皇帝陛下として接するつもりもなくなくなったか?」
「……気持ちの整理がついていないだけだ。正直、腹は立ってる」
あれ以上、付き合ったら、うっかり手が出てしまいそうだ。ただの人間ならそれもありだが、相手は不死身かもしれない人間の姿をした何かだ。周囲に及ぶだろう被害を考えたら無駄な行為だから我慢せねばなるまい。
「結構、ショックだよ……」
エルフの里の人たち。エルフという別種族で、排他的な者たちではあるが、普通に、泣いて、笑って、怒って……生きている。
エルフが排他的なのは、家畜時代の遺伝子ではないか――ふと脳裏をよぎり、俺は頭をかいた。考えたくもないことを思ってしまい、自己嫌悪。
「あの、先輩……」
恐る恐るという感じで九頭谷が声をかけてきた。
「すんません、オレ、あれが皇帝とか知らなくて……。ここに連れてきちまって」
「……ああ、そういえば」
親切な領民に連れてきてもらった、とかディグラートルは言っていたっけ。あれ、九頭谷のことだったのか。
「いやまあ、それはお前は何も悪くないだろう」
そもそも知らなかったわけだし。仮に知っていて立ち向かったとして、生き残れる保証もないし。ここでのディグラートルは、一般人は誰ひとり傷つけていないしな。
「その、迷惑ついでに、ひとつお話があるんですが……」
「……なんだ?」
「正直、こういう時に言うべきじゃないかもしれないんですが……相談があって」
うん、言ってみな。俺は促した。
「先輩、オレ……空を飛ぶ船が欲しいんです」
は……?
本当、お前、いきなり何言ってるんだ――?
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