第895話、リヴィエル第三勢力


 セルマン城と王国派前衛拠点の防衛は、俺たちウィリディス軍の協力により成功した。


 ほとんどウィリディス軍の仕事に思えるが、機械兵器を除いた敵歩兵の掃討など、割と面倒な部分は、リヴィエル王国派の部隊が担った。


 前線拠点から、防衛成功の報を確認し、俺はスパロー連絡艇に乗ってセルマン城へ直接移動。防衛戦を観戦されていたパッセ王と会談となった。


「まず、早期の援軍要請に応えてくれて感謝する、トキトモ侯」


 パッセ王陛下は興奮も露わに、大変機嫌がよかった。


 大帝国の魔人機部隊や空中艦隊を目の当たりにし、その兵力に改めて脅威をおぼえたというパッセ王。しかしウィリディス軍の介入により大帝国軍が撃退され、その兵器群の効果を守備隊はその末端までが目にした。兵たちもより習練に励むだろうと王は発言した。


 リヴィエル王国派には、簡易魔人機ファイターが送り込まれているが、それらの搭乗員たちにはよい刺激となったと思う。前衛拠点から戦闘の報告がセルマン城に届けば、これに戦車や対ゴーレム用にロケットランチャーなども購入品目に加わるだろうな。


 この会談では空中艦、いやウィリディス式にいえば航空艦だが、これも購入したいという要請を受けた。シーパングに打診します、と俺は王に告げ、そう遠くないうちに数隻手配できるだろうと伝えた。


 現地の将軍を交え、リヴィエル王国派の今後の方針を確認。現在、王国に散らばる王支持派はセルマン城を目指して集結中。それを面白く思わない大帝国派のガニアン王子は、今回攻撃の手を差し向けてきたと思われる。


 シェイプシフター諜報部の報告で、ノルテ海エール川を利用した挟撃作戦を大帝国派が計画、実行に移しつつあるのがわかっている。

 ノルテ海の制海権を確保し、フルーフ島がヴェリラルド王国にある限り、この挟撃作戦は実現しない。大帝国派に背中は突かせない。王国派には正面のガニアン王子の軍勢を相手どって、リヴィエル王国を掌握してもらう。


「そうなりますと、やはり大帝国の駐留軍が最大の障害ですな」


 リヴィエル王国派の将軍――アシエという紳士然とした男が言った。


「王国派の戦力が集まれば、数の上では大帝国派とも正面きって戦えましょうが、大帝国の戦力がなければ、という話です」

「大帝国の西方方面軍派遣部隊は、今回の防衛戦でその戦力の大半を失いました」


 ただでさえ東方方面軍より増援が少なかった西方方面軍である。貴重な空中艦十隻に、多数のゴーレムと魔人機を喪失したのだ。他の戦線に分散している以上、派遣部隊は大損害を被ったといっても過言ではない。


「では、トキトモ侯。大帝国派を叩くなら今、ということでしょうか?」

「……いえ、準備はしてもいいですが、今すぐ動くのは控えるべきかと愚考いたします」

「その心は?」


 パッセ王の問いに、俺はヴェリラルド王国を含めた大帝国の動きを伝えた。


「大帝国のヴェリラルド王国侵攻作戦が迫っております。故に帝国はこの件が済むまで、リヴィエル王国に大規模な増援を回す余裕はありません」

「では、なおのこと、今すぐ行動すべきでは?」


 鬼の居ぬ間に――アシエ将軍は言ったが、俺は首を横に振った。


「王国派も戦力を集結させている途中です。それらを休息もなく急かしては、ガニアン王子の軍と戦う際に余計な疲労を抱えたまま戦うことになるでしょう。大帝国派遣部隊の戦力が欠けているとはいえ、彼らの戦力はまだまだ残っています」

「むぅ、確かに」

「それではリヴィエル王国の民同士に多くの血が流れることになりましょう」


 民――その言葉に、パッセ王の目が鋭くなる。


「トキトモ侯、貴殿は王国外の人間だ。ゆえにこの情勢を大きな視点で見ておるのだろう。妙案があるのであれば聞かせてもらいたい」

「はい、陛下。現在、リヴィエル王国は三つの勢力に分かれております」

「三つ……?」


 アシエ将軍が怪訝な顔になるが、パッセ王が口を開いた。


「我に従う王国派、ガニアンの大帝国派。そしてどちらにも組せず、様子見を決め込んでいる連中であるな?」

「ご賢察の通りです」


 国における内乱において、様子見勢力というのは少なくない。反乱に加わって、もしその反乱側が負ければ逆賊になるし、かといって政権側について、もし政権側が打倒されればやはり逆賊。


 どちらにつくのが賢明か、様子を見定めて参戦する側を決める。


 彼らは勝つ方に賭けてから行動するのだが、それは勝利が確定する前に行動しなくてはならない。


 何故なら、勝者側への協力が遅れれば、遅参を理由に要職から弾かれるかもしれないし、忠誠心の低い者として、むしろ罰せられる可能性があるからだ。


 ゆえに、様子見組はどちらが勝つのか、その動向に注目している。それもかなりの数が。


「ガニアン王子が、エール川を使った挟撃策の前に正面から軍を進めたのは、その様子見組を自軍に取り込むためでしょう」


 大帝国の機械兵器があるガニアン王子に与したほうがよい――侵攻が上手くいけば、たとえセルマン城を落とせなかったり、パッセ王を取り逃がしたとしても、様子見勢力の大帝国派への流れを呼べただろう。


「だが現実は、ヴェリラルド王国と組んだ王国派が勝利しました。この勝利は、大帝国派に傾いていた様子見組に待ったをかけ、王国派として参戦を促すに、それなりの効果が見込めると思われます」

「おおっ……!」

「王国派が多数派となれば、大帝国派から抜ける者も現れるでしょう。そうなれば、来たるべき陛下の凱旋の際に、王国の民同士の流血も減らせるかと」

「……やはり、貴殿はエマン王には惜しいな。我が王国にこそ欲しい逸材よ」

「光栄です、陛下」


 そういう褒め方はやめてくれ、照れるから。


「しかしそのためには、ヴェリラルド王国は大帝国の侵攻を完全に阻止しなくてはなりません」


 俺は強調した。


「大帝国をヴェリラルド王国が撃退してこそ、同盟が活きるというもの。この勝敗の結果は、リヴィエルの様子見組がどちらに与するかを決める物差しとなりましょう」

「うむ、そのためには貴国にはぜひとも、大帝国を破ってもらいたい」


 パッセ王は頷いた。


「支援してもらっておいて、我が国にできることは少ないやもしれんが、協力は惜しまないと、エマン王には伝えてもらいたい」

「陛下のお言葉、しかとエマン陛下にお伝えいたします」


 俺は、深々とリヴィエル王国の王に頭を下げた。……さて、こちらでの一仕事は終えた。第六戦闘団の損耗の補充と追加戦力を割り振って、あとはヴェリラルド王国の防衛戦に注力しよう。


 パッセ王らにも言ったが、その戦いが今後の戦局を大きく左右する。



  ・  ・  ・



「……アシエ、見たか?」


 ジン・トキトモ侯爵が去った後、パッセ王は将軍に語りかけた。


「あの男、我が国の民の犠牲についても考えておったぞ」

「民同士の戦い……まさに。敵は我らと同じ国の民であります」


 アシエ将軍は複雑な表情を浮かべた。


「……ガニアン王子は、陛下のご子息」

「血を分けた親子が殺し合うというのは、王族にはよくあることよ」


 パッセ王は寂しげに言った。


「身内で殺し合う。……なるほど、確かに犠牲は少ないほうがよい」

「はっ……」

「どういう男なのだろうな……」


 パッセ王の呟きに、アシエ将軍は瞬きをする。


「魔術師、戦士。機械兵器の軍勢を手足のごとく操り、戦術のみならず戦略にも長ける……まさしく、英雄というのはああいう男なのだろうか」

「エマン王には勿体ない……。陛下は本気で、トキトモ侯爵を我が国に引き入れようと……?」

「反対か? あの男は、それだけ魅力的なのだよ」


 パッセ王の言葉に、アシエ将軍は苦笑した。


「反対……ええ、大いに。あの御仁が陛下の幕下に加われば、王国はより強くなりましょうが、嫉妬と羨望の感情で多くの者が首を吊ることになるでしょうな。……私を含めて」

「……娘を、トキトモ侯爵に与えようと思っていたのだが」

「本気でございますか?」

「うむ、結構、本気に考えていた」


 王の発言に、アシエ将軍はとうとう笑い出した。


「では、私めもより考えを柔軟にしなくてはなりませんな。まだまだ陛下のお側にお仕えしたくありますから」

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