第894話、黒い台風


 第六魔人機大隊は、ウィリディス軍では新設されたばかりの部隊だ。


 リヴィエル王国派遣が決まった段階で、簡易魔人機ファイターの中隊が追加されたが、本来はグラディエーター、ソードマン各一個中隊ずつで編成されていた。


 今回、セルマン城には、ソードマンの二個小隊と、ファイター中隊がいた。リヴィエル王国派に供与したファイターの教導任務も兼ねていたそれらは、迫り来る大帝国装甲部隊迎撃に狩り出されることになった。


 マギアライフルやマシンガンで迎え撃つソードマン、そしてファイター。


 だが大帝国の機械歩行兵器も、負けじと射撃武器で応戦した。反乱者とされるシャドウフリートや、傭兵のファントムアンガーの機体との交戦で射撃武器の効果を思い知った大帝国軍である。


 杖型武器、サンダーロッドから電撃弾を放つ。カリッグや火力支援型のドリトールに装備されていたファイアボール砲もまた活発に発射され、ウィリディス軍魔人機と互角以上の射撃戦を展開する。


 盾を装備し、銃器で射撃していたウィリディス魔人機だが、これまでのように圧倒できずにいた。


 機動巡洋艦『ユニコーン』の艦橋で、その様子を見ていた俺は思案する。


 航空艦による艦砲射撃を見舞うのは簡単だが、セルマン城のリヴィエル王国の面々に魔人機やファイターの能力を見せておきたい。彼らに与えた二足歩行兵器が、きちんと運用すれば大帝国にも負けないというのを確信してもらいたいのだ。


 それは訓練しているこちらにもありがたいし、訓練されているリヴィエル騎士たちの士気にも関係してくるだろう。


「ジン、地上砲撃するの?」


 艦長席のアーリィーが確認してくる。航空艦による支援砲撃の必要性を見て取って次に打つべき手を判断したのだろう。戦術としては満点だけどね……。


「いや、砲撃はしない。こちらから魔人機の増援を出そう」


 幸い、俺たちが乗っているのは、強襲揚陸艦としての能力を持つユニコーン級だ。艦載機も魔人機も戦車も運用できるふねである。


 待機中の魔人機部隊に出撃命令を出す。といっても、今回積んできた魔人機は十機もないんだけど。


 ただ、腕前は保証済みだ。何せ歴戦の猛者たちだからね。



  ・  ・  ・



 機動巡洋艦『ユニコーン』、地上部隊用格納庫に出撃のサイレンが木霊する。機体の最終チェックと武器の用意が進められ、その足元をSS整備員らが駆け回る。


「……船から直接飛び降りる?」


 魔人機のコクピットで、ダークエルフのパイロット、ウォカは思わず口元を歪めた。額に傷がある青年だが、これでも四十代。もっとも種族的に見れば、若造ではある。


「うちのボスは、中々無茶を言ってくれるな」

『できないのか?』


 僚機を務めるダークエルフのラートルが挑むように言った。ぬかせ、とウォカは返した。


「できる。少なくとも、ボス――ジン様はできないことを強制はしない。ラートル、ブント、準備はいいか?」

『応さ!』

『いつでもいけますぜ』


 二番機ラートル、三番機を駆るブントが応じた。ウォカは、整備員が離れるのを確認し、愛機グラディエーターの操縦桿を握った。


「コントロール、ウォカ分隊、グラディエーター・クスィフォス、出るぞ!」


 開放された発進口。周りに物がないのを確認し、ウォカは浮遊推進装置によるホバー機動で前へと滑るように愛機を進ませた。モニターは、無機的な格納庫から、眼下に広がる平原と森、そして大帝国の甲鎧の姿を映し出す。


「侯爵閣下がいるんだ。みっともないところは見せるなよ! ジン様のために!」

『ジン様のために!!』


 グラディエーター・クスィフォスが飛んだ。ウォカの一番機に続き、二番機、三番機が格納庫から飛び出し、その漆黒のカラーリングを太陽光の下に晒す。


 ウォカたち三人は、ダークエルフの森アコニト出身だ。大帝国に故郷を襲われ、三人は戦士として戦った。その結果、それぞれ腕や足など身体の一部を失った。


 ジンとウィリディス軍によって助け出された。しかし戦うことができなくなった身体に、一度は生きる希望を失った。


 だがジンが、シェイプシフター義手・義足を提供してくれたことで、状況は一変する。彼らは戦士として戦うことができる身体を取り戻すことができたのだ。


 集落の代表としてラスィアが、ジンの下僕しもべとなったが、ウォカたち三人も、他の同胞と共にウィリディス軍に志願した。一生かけても返せない恩を胸に、彼らはジンのために戦うことを誓ったのだ。


 グラディエーター・クスィフォス――ダークエルフの戦士たちに与えられたグラディエーターの改良型だ。


 正面からの被弾に強い追加装甲をまとい、少々大帝国のカリッグに似た屈強感のある機体だ。両肩にはパワードスーツでも使われたフレキシブルシールドを装備していて、より重厚さが増している。しかし脚部の浮遊推進ユニットと背中のフレキシブルブースターにより地上での高速移動能力は健在だ。


 三機のグラディエーター・クスィフォスは地上へ着地。しかしすぐさまその浮遊推進ユニットで、高速移動に移る。着地直後に棒立ちになるなどという間抜けなことはしない。


 射撃戦を繰り返す大帝国軍とウィリディス第六魔人機大隊。帝国連中の側面からクスィフォスは縦列で突進する。


 火力支援型魔人機のドリトールが、クスィフォスに気づき電撃を放つ杖を放ってくる。ウォカはスピードを緩めることなく、機体を大帝国部隊へと向ける。 


 ――そうそう、こういう平原での戦いでは、特にこいつはねぇ……!


 フレキシブルシールドが前面に出る。飛来した電撃弾はシールドに弾かれ、クスィフォスは無傷だ。


「ラートル、ブント、やるぞ!」

『応!』


 グラディエーター・クスィフォスはその両手に銃身の短いマギアカービンを二丁持つ。このマギアカービンは一発あたりの威力を向上させた改造型で、近・中距離用だ。


 肩の可動シールドのおかげで両手を塞がない。そのまま敵弾を無効化し、大帝国部隊に三機のクスィフォスは雪崩れ込む。


「バラージ!」


 二丁のマギアカービンがシールドを避ける。ウォカは操縦桿の引き金を引いた。魔人機のトリガーと連動し、マギアカービンが光弾を吐き出す。


 三機のクスィフォスがひとつの回転する独楽のように回りながら、帝国機を次々に撃ち抜き、スクラップに変えていく。


 まるで黒い台風だ。三機六丁が敵部隊をかき乱す。ドリトールの中隊がたちまち壊滅し、第六魔人機大隊の受けていた砲火が半減した。


 結果、ウィリディス軍の銃撃が大帝国部隊を圧倒することになる。そうなってしまえば、もはや大帝国軍に逆転の目はなかった。


 ウォカ分隊のクスィフォス三機が、主力のカリッグ部隊に乗り込み暴れまわったことで、さらに数をすり減らした大帝国軍は潰走した。


 彼らは空中艦隊もなく、リヴィエル王国派の前衛拠点の守備隊の張った警戒線に引っかかり、そのほとんどが捕虜となる……。


 王国派と大帝国派、それに加わる大帝国西方方面軍派遣部隊の戦い、その第一ラウンドは王国派とウィリディス派遣軍の勝利で終わったのである。

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