第892話、リヴィエル戦線


 機動巡洋艦『ユニコーン』が高度を上げる。司令官席に座り、艦の構造図を改めて参照していた俺の耳に、レーダー担当のSS兵の声が届いた。


『電探に航空艦らしき反応、4! IFFに反応あり――』


 IFF――敵味方識別装置に反応があるということは、味方である。こちらの呼びかけに瞬時に返答するシップコアないしゴーレムコアにより、敵味方を識別するのだ。敵だと答えが返ってこない。


『――アキリーズ級重巡1、ウォーデン級護衛艦3です』


 レーダー手からの報告に、シップコアを担っているサフィロが俺に振り返った。


「合流予定の、第一遊撃隊のエスコートですね」


 ユニコーン級を旗艦とする遊撃隊。旗艦のほか、ヘビークルーザーが1隻、護衛艦が3から4隻で編成される。


 第一遊撃隊の護衛は、重巡『エイジャックス』、護衛艦『ウォーデン』『ファラガット』『ジョンストン』からなる。


 この護衛艦群は、連合国向けクルーザーとエスコートの設計を流用してウィリディス軍仕様に改装した艦だ。シーパング国からの提供という共通点を演出するためでもある。


 アキリーズ級は、連合国重巡の改装であり、武装が三連装プラズマカノンに換装され、各種センサーや装備もアップグレードされている。艦橋の形もウィリディス艦のような近未来的に仕上がっている。

 なお、『エイジャックス』はアキリーズ級の四番艦である。同級の命名はイギリス式の神様や英雄名からとられている。


 そしてウォーデン級は、連合国向け護衛艦の改装になる。こちらも武装を換装、主砲を12.7センチプラズマカノンに、ミサイル兵装と対空砲を増加させている。艦名は、アメリカ海軍の駆逐艦名。もともと人名なので、思い出した順につけている。


『ユニコーン』と合流した第一遊撃隊護衛艦隊は、警戒航行隊形をとる。『エイジャックス』を先頭に、中央に旗艦『ユニコーン』。その左右と後方にウォーデン級が1隻ずつつく。


 さて、遊撃隊は高高度に上がり、王国西部へと移動。その間、俺は長距離通信を使って西部拠点であるデュレ砦基地と、ノルト・ハーウェンに連絡をとった。


 テラ・フィデリティア式のホログラフ状の映像通信。相手は、ラッセ・ヴァリエーレ次期伯爵と、ヴェルガー伯爵である。


 ラッセ氏はマルカスの兄であり、デュレ砦に。

 ヴェルガー伯爵は、異世界からの転生人であり、ノルト・ハーウェンを治めている。


「大帝国軍が動いている」


 リヴィエル王国東部、そしてノルテ海で一週間以内に戦闘が発生する旨を伝えた。最初に口を開いたのはヴェルガー伯爵だった。


『いよいよ、ですな。リヴィエルの大帝国派も含め、百を超える大艦隊が押し寄せてくることになりましょうが、トキトモ侯より賜ったノルテ海艦隊あらば、「鎧袖一触」であります』

『がいしゅ……?』


 そこだけ日本語を使われたので、ラッセ氏が困惑していた。


「ヴェルガー伯爵、艦の乗員たちは、もう慣れましたか?」

『訓練は充分であります』


 その声は根のしっかり張った大木の如く、頼もしさがあった。


『ですが、今回は大艦隊を相手にしますから、兵たちが重圧に感じなければよいのですが』


 テラ・フィデリティア式装備の水上艦が優れていることはわかっていても、十隻程度の艦艇で、百を超える軍船を相手にするのはさすがに気圧されるか。俺やヴェルガー伯爵のように、技術差で圧倒できるとわかっている人間ばかりではないのだ。


 それに戦場では何が起こるかわからない。原始的な方法でも、思いがけない方法で対抗することもあるし、そもそも大帝国には魔器がある。油断してはならない。


「ノルテ海艦隊が交戦の際は、私も赴きましょう」

『ありがたい。その際は、若者たちに活を入れてやってください』


 ……俺もまだまだ若者だと思っているけどね。


「次に、デュレ砦基地ですが、しばらくはリヴィエルでの衝突が中心となるので、主な作戦は航空支援と補給支援になります」

『はい』


 ラッセ氏のホログラフが頷いた。


『しかし、それらの作戦については、ほぼウィリディス軍にお任せとなりますね。我々は場所を提供する以外、まだ高度な作戦展開に対応できません』


 地上兵力がウィリディス式になり、航空戦力については、ようやく一個航空ヘリ中隊が戦闘できるかのレベルなのが、ヴァリエーレ軍である。元の世界の訓練期間をみれば、圧倒的に時間が足りなかった。


「その時間を稼ぐ意味でも、リヴィエル戦線はもたせないといけません」

『同感です。一刻も早く戦力となれるよう、部下に発破をかけます』


 その後も、打ち合わせと今後の展望についてのやりとりが行われた。

 二日後、リヴィエル王国東部にて、王国派と大帝国派が衝突した。



  ・  ・  ・



 ガニアン王子を支持する大帝国派リヴィエル軍は、大帝国の空中艦や戦闘ゴーレムの支援を受け、いまだ抵抗を続けるパッセ王率いる王国派の拠点に総攻撃を開始した。


 セルマン城にいるパッセ王は、前線拠点が帝国製ゴーレム部隊による襲撃を受けた報告を受け、さっそくヴェリラルド王国軍――つまりはウィリディス軍に援軍を求めた。


 王国派に簡易魔人機であるファイターを送ったとはいえ、リヴィエルの搭乗員はまだヨチヨチ歩きの段階で、とても戦力とは言えなかった。


 ウィリディス軍から先遣隊として現地にいたのは第六戦闘団――第六魔人機大隊、第二戦車大隊、第一SS空挺大隊だった。


 前線拠点サンク砦――


 リヴィエル兵は、向かってくる敵、アイアンゴーレム『鉄鬼』の横列に恐怖の感情を抱いた。


 鉄でできた身体を持つアイアンゴーレム。それも五、六メートルクラスと巨人族のように大きく、また数が多い。数十ものゴーレムが行進する様は、まさに鉄の壁が向かってくるようだった。


「あんなのに、どうやって立ち向かえばいいんだ……」


 兵たちはおののく。密集隊形で突撃したとて、その頑強な装甲を破れず、手にした棍棒の一振りで、兵たちは瞬く間に吹き飛ばされてしまうだろう。城壁なども、ゴーレムが集まってその豪腕を振るえば、あっという間に破壊されてしまう。


 これまで多くの国の守備隊が絶望した、帝国お得意のゴーレム・ウォール戦術である。


 砦の高いところから見張っていた兵が声を張り上げる。


「敵ゴーレムの壁の向こうに、リヴィエル・ガニアン王子軍の旗!」

「……ぐぬう。自分たちは大帝国の壁の裏か!」


 守備隊指揮官が呻く。投石機を用意してあるが、ゴーレムを倒すには数が足りない。戦う前から、サンク砦の陥落は誰の目でも明らかだった。


 だが、そこにウィリディス軍が駆けつける。


 第二戦車大隊――ルプス浮遊戦車12両が、時速二百キロという戦車にあるまじき高速性能で、砦南側の平原を疾走。その主砲76ミリロングレンジカノンの射程に収めると、全車が停止、砲撃態勢に移った。


『全車へ、徹甲弾装填! 目標、敵ゴーレム!』


 SS指揮官の通信による号令。各車両がそれぞれ、鉄鬼へ狙いをつける。


『射撃開始!』


 76ミリ砲が唸りを上げ、砲弾を吐き出した。噴き上がる煙。音速を超える76ミリ砲弾は、ゴーレムの巨体に直撃。装甲を貫通した砲弾が爆発し、鉄鬼が内部から吹き飛ぶように四散した。


 ひとつや二つだけではない。一気に十二機のゴーレムが粉々になったのだ。


「おおっ!?」


 リヴィエル兵たちは目が点になった。ウィリディス軍戦車が砲弾を放つたびに、大帝国ご自慢の壁が倒れていく。


 一方的だ。帝国軍ゴーレムには、長距離攻撃が可能な武器が装備されていない。頑強ボディで敵に近づき、力で破壊する――そのコンセプトで量産されているのだから。


『敵ゴーレム、殲滅せんめつ!』

『よし、榴弾装填! 敵歩兵を砲撃せよ』


 続いてルプス戦車中隊は砲弾を切り替えて、大帝国派将兵の攻撃を開始した。


 リヴィエル守備隊兵たちはウィリディス軍がどういう攻撃をしているのか、正確に理解できなかった。ただ魔法のようなものが、ゴーレムに続き敵部隊を攻撃していると思うことで状況を把握した。


「よし、我らも打って出るぞ! 偉大なる王陛下に仇なす逆賊どもを殲滅せよー!」


 守備隊兵たちは指揮官の命令を受け、砦を出て反撃に出た。ウィリディス軍の後押しを受けて、彼らの士気はこれ以上ないほど高まっていた。


 全滅覚悟だったものが、大逆転してしまったのだから、半ば怖いものなしといった心境だった。

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