第891話、ユニコーン、出航


 シェイプシフター諜報部は、西方方面軍の動きを掴んでいる。


 ディグラートル皇帝が俺たちに宣言するより早く、軍ではすでに作戦が立てられ、そのように行動が開始されていた。


 まず動くのは、隣国リヴィエル王国に進駐する大帝国軍である。同王国大帝国派を支援する形で、空中艦や地上機械兵器を投じて、王国派を殲滅せんめつする。


 ヴェリラルド王国とリヴィエル王国の軍事同盟が成立したが、まだ表立ってヴェリラルド王国が援軍を送っていないので、その前に潰しておこうということなのだ。


 その次は、ノルテ海に展開する大帝国海軍。こちらもリヴィエルの大帝国派である海上艦隊と共同して、ヴェリラルド王国のノルテ海艦隊を撃破、ノルト・ハーヴェンとフルーフ島を攻略して制海権を手に入れる。


 そうやってこちらの目を西に向けさせているあいだに、ノベルシオン国を主力とする軍が王国東より侵攻。


 トドメは、北方より空中艦隊と陸軍によるズィーゲン平原を突き進んでのケーニゲン領の攻略。


 普通の国相手なら、この同時多方向攻勢を防ぐために戦力の分散を強いられる。各戦線への増援なども限られたものとなり、帝国は物量を活かしての各個撃破を狙うだろう。……普通の国相手であるなら、それで事足りる。


 俺たちウィリディス軍が存在するヴェリラルド王国は、普通の国ではないがね。


 キャスリング地下基地。航空艦ドックには就役した新型艦艇が、出撃の時を待っていた。


 そのうちの一隻、改ヴァンガード級万能巡洋艦あらため、ユニコーン級機動巡洋艦『ユニコーン』に俺はいた。


 魔力生成と、テラ・フィデリティアの建造方式によって完成した艦艇は、シーパング国カラーと定めた白い塗装が施されている。

 なお、魔力塗装なので、魔力を流せばウィリディス・カラーにも、シャドウフリート、ファントムアンガー・カラーにも変更可能だ。


 艦載機運用スペースのある艦首に、異空間収納式砲塔を背負い式に三連装砲が上面に二基、下面に一基。艦中央に上面には艦橋があり、下面は陸上兵器用格納庫と、異空間収納式三連装砲塔が一基。さらに艦体左右の張り出しに三連装砲が上下に一基ずつ。

 なおこの張り出し部分も艦載機の搭載スペースに当てている。


 艦体中央から後部にはエンジンユニットを含む艦尾。こちらにも後部中央の上下に一基ずつの三連装砲を搭載する。このほか、艦体には対空・対艦用の両用砲や対空砲が多数、ミサイル発射管が装備されている。


 全長190メートルの艦体によくも詰め込んだ武装だが、横からみれば、さほどゴチャゴチャした印象はない。

 海上艦と違い横幅があるせいだろう。海と違って、船体を極力細く絞る必要もない。おかげで艦のシルエットは、某機動戦士などに登場する宇宙艦艇っぽい。


 シップコアやシェイプシフター兵が多くの搭乗員を務めるため、居住区は艦体中央に収められている。

 シーパング国の艦という印象付けのため、諸外国の要人などを迎える可能性を考えて、それらの部屋や食堂も充実させている。まあ、それでも元の世界に比べたら、割り当てたスペースはそれほど大きくないけどね。


 艦首、艦中央の格納庫は可変魔人機や航空機、従来型魔人機に戦車系車両などを運用する。ポータルを仕込んでいるので、艦載機数は変動する。


 今回は本来予定していた可変機のドラグーン、重砲撃魔人機のベヒモスが間に合わなかったので、トロヴァオン戦闘攻撃機、ファルケ・シェイプシフター戦闘機、魔人機グラディエーターなどを数機積んでいる。


 さて、俺は艦橋に上がる。テラ・フィデリティア式の機械文明式艦橋は、戦隊旗艦を務める都合上、アンバル級よりやや広くなっている。さすがに総旗艦である巡洋戦艦ディアマンテには劣るが。


「マスター、見えられました」


 シップコアであるサフィロが涼やかな声で告げると、艦橋スタッフのSS兵が振り返り、敬礼した。俺も答礼し、それぞれ作業に戻らせると艦長席に座――


「ジン」


 コホン、と俺に後ろに控えていたアーリィーが軽く咳払いした。彼女もウィリディス軍軍服姿だ。カッコ可愛い。


「君は、いえ、貴方はどうぞ司令官席へ」

「はい、艦長」


 俺はアーリィーに艦長席を譲ると、旗艦トップの司令官席へと移動した。


「マニュアルは問題ないかい?」

「うん、問題ない。ボクはウィリディス軍艦艇なら、戦艦からミサイル艇まで、すべて頭に入れたからね」


 少々ドヤ顔のアーリィーさんである。この娘、艦艇のみならずウィリディス兵器なら全部その動かし方や運用方法を覚えている。実戦でも戦闘機を自在に操り、空母、そして艦隊の運用もしてみせた。


 実戦に限らず、乗り物という乗り物は一通り操縦経験があるという、ウィリディス軍で唯一、全てを操れるという能力持ちだったりする。


 あの異世界軍人のリアナでさえ、艦艇方面は触っていないものがあるから、まさにアーリィーは『唯一』の存在だ。


「アーリィーって、そのあたり器用だよな。覚えがいいし」

「座学は学校でも一番だったんだよ、ボク」


 アーリィーは実に誇らしげだった。王族贔屓ではなく、魔法騎士学校の出来る連中の中でトップを実力で勝ち取っている。そのあたりの秀才ぶりが、ウィリディス兵器全対応に繋がっているんだろうね。


「それでは、トキトモ司令、そろそろ出航なさいますか?」


 真面目ぶるアーリィー。俺は軍帽を被りなおして頷いた。


「やってくれ」

「了解。――サフィロ、よろしく」

「承知いたしました」


 人工コアであるサフィロは艦全体を制御するが、ポジションとしては副長に当たる。


 たちまち、待機状態だった『ユニコーン』が出航態勢へと移行する。四基あるメインのインフィニーエンジンが始動。同時に艦内各部の最終確認が行われる。

 青髪美女に擬人化しているサフィロが、自身のコアからの情報を読み取り、振り返った。


「艦内機構に異常ありません。出航準備完了です」


「了解」とアーリィーは首肯した。


「キャスリング基地司令部に通信。『本艦は準備完了。出航許可を求む』」

「はい、艦長。――巡洋艦『ユニコーン』より、キャスリング・コントロール――」


 サフィロが基地管制とやりとりをしている間、俺は司令官席でのんびり見学。と、そこへ黒猫姿のベルさんがトコトコとやってきた。


「おや、出航には間に合ったようだね」

「まあな。といっても、オレ様のすることなんて、ここにはないがね」


 司令官席脇のコンソールに飛び乗るベルさん。……手持ち無沙汰なのは俺も同じだけど。


「司令?」


 艦長席からアーリィーが俺を見ていた。サフィロも。脇見している間に、全て整ったようだな。


「よろしく、艦長」

「抜錨! 『ユニコーン』出航!」


 アーリィーの声が艦橋によく通った。サフィロが復唱し、直後、艦がふわりと浮かび上がった。積まれた浮遊石によって、全長190メートル、2万5000トンの艦体がゆっくりと浮上する。


 一瞬、エレベーターが上へと動くような感覚に陥る。戦闘機の時は、そういうのあまり感じないんだけどなぁ。何でだろう。


 ともあれ、機動巡洋艦『ユニコーン』は建造用ドックをゆっくりと移動し、キャスリング地下基地、その地上への開口部へと浮上する。


 400メートル超えのアンバンサー母艦が通れる大きさの穴である。その半分程度の大きさである『ユニコーン』なら余裕だ。


 艦橋の窓が外からの光に次第に明るくなり、やがて燦々と太陽光が降り注ぐ地上へと到達、そのまま空へと飛び上がった。


 操舵担当のシェイプシフター兵が高度を読み上げ、アーリィーが巡航用エンジンの噴射による前進を命じた。順調に『ユニコーン』は空へと駆け上がる


 俺は立ち会っていないが、ユニコーンやその姉妹艦は、すでにテスト航海をこなしている。ぶっつけ本番ではないので、俺も安心して司令官席に座っていることができた。


 いざいかん、王国西方へ――!

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