第887話、人類最強の戦士、ディグラートル


 凶暴なる魔獣の如し!


 暗黒騎士が地を這うような突進で、吹き飛ばされたディグラートルに迫る。鋭き牙が獲物に食らいつかんと迫る中、ディグラートルは態勢を整え、跳躍した。


 しかも地面から岩の柱を具現化させ、ジャンプの補助と共に岩柱へベルさんを衝突させようとする。


 岩が粉々に砕けた。傍目には障害物にぶつかったドラックのような有様だが、ベルさんは無傷。肥大化した左腕が岩を砕いたのだ。


 だが見上げた暗黒騎士に、ディグラートルは一撃を放っていた。大剣を振るっての衝撃波。それが一直線に地面に亀裂を作って、ベルさんを上から叩き潰したように見えた。


「……地面を割った!? そんな――」


 サキリスが絶句する。俺は歯噛みした。ディグラートル皇帝……本当に人間か、こいつは?


 ベルさんの心配はしていない。あれで沈む人じゃない。


 案の定、ベルさんは立っていた。しかしそのアーマー、左肩に傷が入っていた。ベルさんの鎧を壊すとはね……。


 スピード、パワー、マインドアップ――その他もろもろ付加。ストレージ、ウェポンラック開放。


「ジン君?」


 ダスカ氏が俺に声をかけてきた。


「うん、そろそろ介入しないとマズいんだよね。君らは手を出すなよ」


 まとえ、火竜――俺の右腕に炎が迸り、無数の火の玉が放たれた。それはさながら炎の竜となって、ディグラートルの横合いから迫った。


「ぬっ!」


 大剣が迎撃に向き、飛来するファイアボールの滝を防ぐ。その間、俺はベルさんの元へとエアブーツダッシュ。


「ジン! 邪魔をするな!」


 ベルさんの怒号が飛んだ。気の弱い者なら聞くだけで卒倒ものだが、俺は無視する。


「そこまでだ、ベルさん。さすがにこれ以上のギアアップは天使の介入を招く」


 悪魔の魔王様がこの世界にいること。それは悪魔と敵対する天使たちを呼び寄せる。

 まだ小さな規模や活動なら、彼らは気づかなかったり、気づいていても介入しないが、大き過ぎる力の解放をやれば、ただちに討伐案件となるとされる。


 天使は基本的にこの世界の人間の争いには介入しない。大帝国が悪辣非道を働こうとも、俺が兵器をどんどん作って敵を掃討しまくろうとも無関係と知らんぷりを決め込んでいるが、悪魔が絡めば事情は変わる。


 ただでさえ、面倒な状況に天使が割り込んで、さらに引っかき回されたらたまらない。天使が降臨した、というだけで、人間界に与える影響も少なくないのだ。


「……ちっ、ここから面白くなってくるのに」


 不承不承ながらベルさんが剣を引いた。……よかった。まだ言葉で諫められるくらいには冷静だった。完全にプッツンされてたら、皇帝云々以前に大惨事だったぞ。

 身も軽く、後退するベルさん。


「……ここで交代か?」


 ディグラートルが大剣を自身の肩に当てながら聞いてきた。……あれだけ派手に動いたのに、まるで平然としてやがるな、こいつ。息も切れていない。


「ウォーミングアップは充分でしょう?」

「うむ。ウォーミングアップであることを忘れていたな」


 皇帝陛下は口元を緩ませた。


「中々楽しい戦いだった。ここまで血が躍ったのは、初めてだったかもしれない」


 だが――とディグラートルは身構えた。


「ジン・トキトモよ。余が望んだとはいえ、ここで割っては入ったからには、落胆させるなよ……!」


 次の瞬間、ディグラートルが突進してきた。加速の魔法がかかっているのだろう。一瞬でも目を離せば、おそらくその恐るべき大剣で真っ二つとなる!


 アースウォール! 俺とディグラートルの間に分厚い岩の壁が具現化。


「笑止!」


 数十センチもの厚さの岩壁が砕かれた。


「その程度で余を止められるとでも――!?」


 はい、岩の壁の向こうに私はいませんよ。


 サンダーボルト――!


 俺の腕から紫電が発生。巨大な飛竜の脳天さえ貫く魔法! ディグラートルの左方向からその雷を叩きつけてやった。


 間一髪、ディグラートルは大剣で雷を弾いた。わずかに遅れて雷鳴が地響きの如く木霊した。


「……短距離転移か」


 ニヤリとするディグラートル。まったく、ガードが堅い。ベルさんとの戦いでも、今のところ、皇帝陛下の身体に傷ひとついていない。


 どれ、こいつは防げるか?


 俺は展開したウェポンラックから魔法杖を遠隔操作。浮遊攻撃装置と化した十六本の魔法杖が、ディグラートルを中心にドーム型に包囲。ライトニングやアイスブラストを一斉発射した。


 微妙に攻撃速度が異なるそれを、どこまで凌げる? 見守る俺だが、十六の魔法は全てディグラートルには届かなかった。


 魔法障壁。並の魔法は身動きひとつすることなく完全にシャットアウトされた。


「いい防具をお持ちのようだ」


 さすが、皇帝ともなれば護身用の魔法具も充実しているということだろう。考えれば、そうなんだろうなと思えるが、防御魔法に頼るということは不死身じゃないのか?


 フッと、俺の視界からディグラートルの身体が消えた。

 忽然こつぜんと、何の前触れもなく――転移魔法!


「うむ、貴殿のように上手くいかないな」


 ディグラートルが俺の背後に立って、大剣を振り上げていた。身体を逸らして、一太刀を回避。足元で地面が砕けたが、今はそれどころではなく、ガラ空きとなった皇帝のボディに、魔力マシマシで収束強化させた魔法パンチをぶち込む。


 鎧以上の強度が手に伝わった。物理防御の魔法もかかっている最上級アーマーなのだろう。だが、ディグラートルを数メートルほど後退させることには成功。痛覚はあるようで、その表情も歪んだ。


「なるほど、懐に潜り込んでくるのを待っていたか……ッ!」

「魔術師だって近接戦くらいしますよ」


 ……普通だったら、今のパンチで死亡かほぼ戦闘不能なんだけな! 俺は手に魔法杖を持ち、ディグラートルに肉薄。


「生半可な魔法は効かない。……では生半可ではなかったらどうだ?」


 魔法杖、リミッター解除。触媒の魔力をすべて凝縮。即席のルプトゥラの杖――その威力に耐えられるか!


 杖の先をぶつけ――間にディグラートルの大剣が割り込む。ちっ、反応いいなほんと。魔力解放、放射!

 バニシング・レイもどきの大魔法が光となって放たれる。青い光が大地を染め、視界を覆う。ディグラートルの大剣は光の大放射を弾くが、防ぎきれず、その身体が光に飲み込まれていく。


 光の一撃が地平線へと伸びる。……まったく町中だったら使えない魔法だった。魔力の杖が最後まで魔力を吐き出し続け――


「……いい攻撃だった。さすがに効いたぞ」


 またも背後からのディグラートルの声。光に融けたのではなく、転移して逃げたのだ。


 大剣が俺の身体を裂いた。

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