第885話、皇帝と英雄魔術師
「それで、皇帝陛下。わざわざ私に会いにきた理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
俺は、対面の大帝国皇帝に問うた。
ストレイアラ号を探して転移。その場所がどこなのか情報収集のために、近場を捜索してノイ・アーベントにたどり着いたのだろう。だが探るだけなら、そのまま帰ればいいわけで、わざわざ領主である俺に会いに来る必要はなかったはずだ。
「何故、正体を明かすようなことをしたのか……」
「前々から、ジン・アミウールの弟子とは会ってみたいと思っていたのだ」
ディグラートルは目を細めた。
「正直に言えば、ジン・アミウールとも会いたかった。大帝国を翻弄し、敗北の寸前まで追い込んだのは間違いなくあの英雄魔術師だ。……彼が命を落としたのは、余としても残念に他ならない」
「……」
敵である皇帝から、そこまで評価されていたのか俺は。むしろ、アミウールの離脱によって大帝国は息を吹き返したから、いなくなって清々したと思われていたかと。
「たまたま来たのが貴殿の領だったので、顔を見せたのはついででもあったのだがね」
「たまたま、ですか。豪胆な方だ」
俺は素直にそう思った。
「敵地に単身乗り込む。ここで捕まる、あるいは殺されるとは考えなかったのですか?」
「余を殺せるものなら殺せばいい。……殺せるのならばな」
まったく余裕の態度を崩さないディグラートル。皇帝の器? いや、やはり不死身であるという確固たる能力あってか。
「大抵のことなら切り抜けられる。これでも皇帝になる前は散々修羅場をくぐり抜けてきたからな」
そういう人だったな。SS諜報部の調査報告を以前見たが、バリバリの武闘派で、何度も生死の境を経験し、いつしか不死身と恐れられた男。
「ジン・アミウールも、同類だと思っていた」
ポツリと、ディグラートルは呟いた。
「惜しいことよ。そして心から思う。死ねてよかったな、と」
……実際、死んでいないんだけどね。あんたの目の前にいるんだけど。
それはともかく俺は言わずにはいられなかった。
「あなたは、死にたいという願望があるのか?」
「貴殿には教えておこう。余は死ねない。死ぬことができないのだ。一種の呪いだ」
「本当に?」
「試してみるか?」
「いずれ」
俺は答えた。今すぐではなく、その時がきたら、あんたの命をもらうことになるだろう。
「楽しみにしている」
ディグラートルは、カップの中を覗き込む。
「他に茶はあるかね? 別の銘柄があればいただきたい」
「用意させましょう」
俺が合図すれば、SSメイドが一礼して退出した。
「何か好みはありますか?」
「あるにはあるが、できれば余が体験していないものがよい」
「なるほど……エルフの茶などはいかがですか? あれは市場には中々出回らない希少な品ですが」
何気なく言ったつもりだったが、ディグラートルの眉間にしわが寄るのを見逃さない。……そうそう、この人、人間至上主義者だったな。他の種族を差別している――ダークエルフなどの脳を使った魔力レーダーを作る計画などを承認した男だ。
人間さえも、自国の民以外は奴隷や資源として利用し、他の生き物と掛け合わせたりする実験をも認めた人間である。
こうしてのんびり茶を飲んでいる男は、本来なら激しい憎悪と殺意に飲み込まれても当然のことをやってきた。何より彼の進める大陸侵攻により、どれだけの人間が傷つき、そして命を落としたことか……。
「……ジン・トキトモよ。貴殿はエルフら亜人が、どのように生まれたかを知っておるか?」
「いいえ」
思いがけない発言だった。だが興味深くはある。
「皇帝陛下はご存じなのですか?」
「うむ。貴殿に教えてやろう」
ディグラートルは相好を崩した。
「この世の文明と呼ばれるもの、それらは人間が生み出した。亜人、獣人らも、今でこそそれぞれ文化や歴史を作ってきたが、大元をたどれば、すべて人間によって作られたものだ」
「作られた、ですか」
何ともSFじみた物言いだな。いや、宗教かな。人間至上主義で作られた傲慢なる宗教か。
「彼ら亜人どもは、古代魔法文明時代に作られた人工物なのだ。エルフもドワーフも、ゴブリンやオークもだ。よりはっきり言えば、魔法文明人の家畜や娯楽、奴隷として作られた」
「……」
何とも穏やかではない話である。……だが同時に、大帝国が亜人種や人間以外の種族に対して差別的な理由がわかった気がする。
異種族が魔法文明時代発生以後に生まれた可能性について、以前ダスカ氏と話したことがあるが、ディグラートルの話はそれに対するひとつの答えを提供しているように思える。
真偽については検証が必要だろう。少なくともディグラートルが異種族を嫌う、というか下に見ていることに関しては理解した。
だから俺は敢えて、SSメイドを呼ぶとエルフの高級茶を注文した。ディグラートルは意味ありげに口元を歪めた。
「貴殿は、エルフの小便を飲むのか?」
「これは異なことを」
さすがに今の発言にはカチンときた。エルフへの侮辱である。エルフたちが丹精込めて作った自然の恵みに何て言い草だ。
「あなただってミルクやチーズは摂るでしょう?」
俺は意地の悪い笑みを返した。
「少なくとも、エルフが育てた茶葉には、彼らの体液は使われていませんよ」
「……なるほど。それは私も例えが悪かったな。許されよ」
意外なことに、ディグラートルは謝罪した。
「奴隷どもが育てた食材ということか。よかろう、私にもそのエルフの茶をくれ」
「……小便を飲むのですか?」
「貴殿は意地が悪いな」
苦笑するディグラートル。エルフを奴隷呼ばわりか。彼らへの侮辱を公言する皇帝陛下への怒りを隠しつつ、注文を追加した。
「このノイ・アーベントの町の料理は素晴らしいな」
ディグラートルはそんなことを言った。
「フードコートとやらを体験したのだが、しばらく通いたくなるくらいだ」
「お気に召したようで何よりです」
別に皇帝を楽しませるために作ったわけじゃないんだがね。だが悲しいかな、嫌いなタイプから褒められると想像以上に悪い気分ではなくなるものである。……とはいえ、毎日、敵国の皇帝が来るのは勘弁してもらいたい。
「近いうちに、我が帝国の西方方面軍がこの国を攻めるだろう」
「存じ上げております」
「貴殿から、私に言いたいことはないのかね?」
「はて、何をでしょうか?」
どうか、この国を攻めないでください? それとも戦争をやめろ? ……言って何とかなるとは思えないな。
そもそも、彼が降伏を申し出るために来たのでない限り、戦争をやめる理由がないのだ。酔狂に話をしにきたという男に、戦争の悲惨さを説いたところで、馬の耳に念仏だろう。
むしろ、ここで弱腰とも取れる言葉は慎むべきだと思う。
「すでに準備は整っている、か」
「降伏勧告なら、ヴェリラルド国王に言うべきではありませんか?」
地方の侯爵に言っても仕方ない事柄だ。ああ、それともこれは調略かな。俺の寝返りを企んだ。
「ふむ、ひとつ提案がある」
そこでディグラートルの目が光った。
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