第883話、彷徨う冒険者


 九頭谷くずたに 豪と四人の悪魔娘は、トキトモ領所属の冒険者として活動していた。


 元の世界ではジンの後輩だった彼は、リバティ村近郊に屋敷を建て、のんびりスローライフを送っている。


 最近は、クレニエール東領の魔獣狩りのほか、トキトモ領リバティ村周辺での警護や狩りなどもやっていた。今回は、リバティ村からの買い出し依頼で、村所有の馬車を使って移動中だった。


 その道中で、ブルと名乗る長身の男を拾った。


「ブルは、冒険者なのか?」

「どうしてそう思う?」


 荷馬車に揺られながら、ブルは問うた。九頭谷は首を回して振り返った。


「そりゃ、あんたが持ってるご大層な大剣を見ればな」

「ふむ、妥当だ」


 ブルは頷いた。荷台に腰を下ろしているので、大剣は傍らに置いてある。

 なお荷台には、九頭谷の連れである美女四人が同じく乗っていた。赤毛のブラーカ、金髪のモルブス、青髪のフェブリス、茶髪のウィネーである。


「で、あんたさあ、何だってあんなとこにいたわけ?」


 ブラーカが不機嫌な子供のようにあからさまに疑惑の目を向ける。モルブス、フェブリスも警戒を崩さず、ひとりウィネーだけが落ち着かないように視線を泳がせている。


「あんなところ、とは、平原に立っていたことだな」


 ブルはマスクをとり、考え深げに口元を歪めた。


「よい質問だ。私は、見ての通り冒険者だが、とあるダンジョンを探索中、転移魔法陣を踏んでしまったのだ」

「ありゃりゃ、それで飛ばされたのかい!」


 九頭谷は正面――馬車を街道に進ませながら肩をすくめた。


「そりゃ災難だったな」

「それって、どこのダンジョンですの?」


 モルブスの目が怪しく光る。ブルは、そんな金髪美女に顔を向けた。


「ノーマンズ……知っているかね?」

「……知らない」


 答えたのはブラーカだった。彼女はフェブリスに「知ってる?」と問うたが、青髪の美女戦士は首を横に振った。


「つまり、それだけ遠くに飛ばされた、ということだろう」


 ブルは苦笑しながら、視線を御者台の青年の背中に滑らせた。


「それで、先にもした質問だ。ここはどこだ?」

「トキトモ領。あー、トキトモ領ってのは、時友ジン侯爵の領地で、ここはヴェリラルド王国だ」

「ヴェリラルド王国……」


 あぁ、とブルは頷いた。


「大陸西方の国のひとつだな。名前は聞いたことがある」

「へぇ、その口ぶりからすると、あんたは余所の国の冒険者か」

「そういうことになるな」


 話は変わるが、とブルは御者台そばの枠に肘をついた。


「この馬車はどこに向かっているのかな?」

「トキトモ領最大の町、ノイ・アーベントさ」


 九頭谷は街道の先を睨む。


「オレたちは、リバティ村ってところにお世話になってるんだけど、ノイ・アーベントにお使いに行くところさ」

「ほう……」


 ブルは改めて荷台に同乗する女たちを見回した。手をヒラヒラさせるブラーガ、フェブリスは目を閉じ腕を組んで座り、モルブスは怖い顔で睨み続けている。ウィネーはどこか怯えたようにフェブリスの陰に身を縮こまっている。


「都市への買い出しか。ノイ・アーベントと言ったか? この辺りで最大の町という」

「あんたも自分の国へ帰る手段とか探さないといけないだろうなぁ。あ、いっそ、ここで冒険者やったら?」

「いい町かね?」

「あぁ、この世界で、あそこほど進んだ町はないと思うよ」


 九頭谷は意味ありげにブルを見た。


「何なら、案内してやってもいいぞ。オレらも、これでも冒険者でね。こっちのギルドにも顔がきくぜ?」

「それは頼もしい」


 ブルは相好を崩すと、少し休むとばかりに身を沈ませた。


「迷惑でなければ、お願いしたい。もちろん、報酬は出す」

「乗った!」


 九頭谷は笑うと目を正面に戻した。


「ノイ・アーベントやこの辺りのことなら、このゴウ様が詳しいからな。何でも聞いてくれ――」



  ・  ・  ・



 ヴェリラルド王国を取り巻く状況はよろしくない。


 俺は、スフェラ、ディアマンテとベルさん、ダスカ氏と打ち合わせ中。……なお、アーリィーは、いまエリーをノイ・アーベント観光で連れ回している。


「大帝国海軍が、ノルテ海に集結しつつあります」


 シェイプシフターの杖にして魔術師、スフェラはSS諜報部の代表として地図を指し示した。


「シェーヴィル国の軍港には、現地徴用船も含め、すでに大小二百隻が待機しております」

「大艦隊だな」


 ベルさんが呟く。俺は肩をすくめた。


「大帝国の一部を除けば、帆船ばかり。速度も武装も、ノルテ海艦隊の艦艇と比べるまでもないよ」


 それよりも重要なのは――


「本国を離れ、長く港に留める理由はそうないからな。……近く、行動を開始する」

「はい、主様」


 スフェラは恭しく頭を下げた。


「大帝国艦隊はノルテ海を南下、ヴェリラルド王国ノルト・ハーウェン侵攻を目論んでおります。陸兵を乗せた上陸船団は、シェーヴィルの徴兵軍をはじめ間もなく準備が完了する模様です」

「……ノベルシオン国の動きに合わせてきたな」


 王国北西のノルテ海。そして同王国東のクレニエール領に隣接するノベルシオン国。

 スフェラが続けた。


「さらに、リヴィエルの帝国派勢力も、ノルテ海で海軍を動かすようです」


 地図上に、シェイプシフター駒が現れる。帆船の形をしたミニチュア駒がポン、ポンと。


「彼らは、ノルテ海、フルーフ島を攻略するつもりです」

「フルーフ島は、ノルテ海艦隊の母港があります」


 ダスカ氏が思案顔で言った。


「ここを押さえれば、ノルテ海の制海権を手中に収めることができるでしょう」

「そこからリヴィエルとヴェリラルドを分けているエールの大河を南下すれば――」


 ディアマンテが地図上の川を指でなぞる。大河を昇ることになるが、海面と高さはほぼ変わらず、その流れもとても緩やかだ。そして地元勢であるリヴィエルの軍船は、魔法補助によりエール川を通行できるように作られている。


「帝国派は、王国派が陣取る東部の後方へ攻め上がれます」

「まあ、させないんだけどね」


 俺は無意識のうちに笑みを浮かべていた。


 と、そこへ外部からの呼び出し音が室内に響いた。俺がディアマンテに頷くと、彼女はコア権限で通信を繋いだ。相手は、ノイ・アーベントの管理コア『ガーネット』だった。


『会議中、失礼いたします。トキトモ閣下に、緊急を要する来客がございます』

「来客……?」


 思わず、俺はベルさんやダスカ氏と顔を見合わせた。……いったい誰だ?


『ディグラートル大帝国皇帝を名乗る人物が、閣下との面会を求めております』

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