第881話、彼らの職場
エツィオーグ――大帝国の飛行魔術師たち。
身寄りのない少年少女らを改造して、兵器として扱うという鬼畜生の所業。さらに用済みとばかりに別実験の素材にされそうなところを、俺たちウィリディス軍が救出、保護した。
彼、彼女らには第二の人生を送ってもらうべく、リハビリと教育などが行われていた。願わくば、本人たちのやりたいことをやらせてあげたい。それが俺や、キメラウェポンの実験体とされた過去のあるエリサの願いだった。
さて、所変わって、ノイ・アーベント近郊ウィリディス軍の軍用キャンプ。こちらは、軍を構成するシェイプシフター兵ではない、人間、その他種族の者たちの訓練、戦技開発施設であった。
簡易防壁で囲まれた敷地内。よく晴れた空の下、シェイプシフター教官らによって、しごかれている兵士の卵。黒と灰色のウィリディス軍兵士の軍服をまとい、専門の戦闘訓練を受けている者たちがいた。
ディグラートル大帝国を除けば、専属の騎士、魔術師以外は、ほぼ傭兵か徴兵された農民であるこの世界の一般的軍と比べても、『軍人』という職業に就いた精鋭と言える。
「軍人……」
案内されたエリーは、統率された兵士による行軍訓練や、人型兵器である魔人機による模擬戦に、度肝を抜かれたようだった。
「ジン様、向こうで何か……」
「ん? ああ」
人だかりが出来ている。周りを囲んでいる兵士たちが何やら歓声とか上げているのを見ると、ちょっとしたレクリエーションをやっているのだろう。
「おおかた模擬戦だろう。ちょっと行ってみようか」
俺たちが足を向ければ、その場を取り囲んでいた兵たちがこちらに気づいた。さっと敬礼しつつ道を開ける彼ら。……よく訓練されてるなぁ。最近の兵はシェイプシフター教官が指導しているが、元は、異世界軍人であるリアナが徹底的に鍛えあげていたからな。
見れば、狼頭の獣人と、灰色髪にいかにも悪ガキといった顔の少年が格闘をやっていた。
「獣人がいるのですか?」
疑問に思ったらしいエリーに、俺は頷く。
「ここでは出身や種族は関係ない」
「そ、そうなのですか……でも、これは」
エリーが言葉を失う。獣人と少年、体格差が大人と子供ほどあったのだ。
しかし図体の割に素早い獣人兵のジャブ。少年兵は口角を上げて、それを避けている。見守っていたアーリィーが口を開いた。
「さすがだね、えっと……」
「ベールだ」
俺は、少年兵――エツィオーグだった彼の名前を告げる。
リーダー格のイービスが、医療関係の道に進む一方、戦うことしか知らないというエツィオーグの何人かは、ウィリディス軍に志願した。
好戦的な性格であるベールはその筆頭だ。……と、そのベールが、ちら、と俺のほうを見た。
気づいた――そう思った次の瞬間、ベールは瞬きの間に獣人兵の懐に飛び込み、足払いからの急所突き、もちろん寸止めで勝負を決めた。審判役の宣言と同時に、周りの兵から「おおっ」と驚きの声が上がる。
「おっちゃん、まだまだだね」
そう言い残して、ベールは俺のほうへ駆けてきた。
「トキトモ隊長っ!」
不良じみた顔立ちに似合わない爽やかな調子のベール。一瞬、俺は背筋に冷たいものを感じた。野郎からそんな声を出されてもな……。ベールはまるで飼い主に懐く犬のようである。
「見ていただけましたか!?」
「ああ、見ていたよ」
俺が応えると、ベールは誇らしげに胸を張った。その様子を見ていたアーリィーは苦笑し、エリーは口元に手を当て、微笑んだ。
「だいぶ慕われているのですね、ジン様は」
「あぁ?」
ベールが途端に表情を歪めて、エリーを見やる。アーリィーがコホンと咳払いした。
「だめだよ、ベール君。こちらは、エリザベート・クレマユー、ボクたちの大事なお客様として来ているんだから」
「あー、そうなんですか、アネさん。あ……すいませんでしたッ!」
ベールがアーリィーのことを「アネさん」呼びした後、片目を瞑っている彼女を見て、気をつけの姿勢をとった。客人に失礼があったことを自覚したのだ。
勢いよく謝罪するベールに、エリーもたじたじである。
「ま、許してやってくれ」
これでも、だいぶ変わったんだからさ。
エツィオーグの再就職、というか出直しに際して、どうしていいかわからない者が大半だった。特にベールは、戦うことしか自分にはできないとしながらも、状況を整理しきれなかったようで、当初拗ねた態度をとっていた。
言うなれば反抗的というやつだ。そもそも保護したエツィオーグたちは子供ばかりだからね。
ベールは、軍に志願という形をとったが、正直なめた態度で、誰彼構わず勝負を挑んでいた。……そうすることでしか、自分の居場所が見出せなかったのだろう。
で、結果、リアナに瞬殺され、ベルさんに叩きのめされた。そして彼は、エツィオーグたちの様子を見にきた俺やアーリィーに突っかかり、それぞれ返り討ちにあった。
それが三日前。一度、力の差を見せつけたのがよかったのか、ベールや志願したエツィオーグたちの態度が劇的に変わった。適性を見るために直接接したせいか、特にベールから懐かれてしまった。
『俺の直属部隊に入るか?』
そう言ったのか、すっかりその気になっているようだった。せっかくの能力である。一般兵で終わらせるのはもったいない。
大帝国で兵士の基礎を叩き込まれた故か、順応が早く、元より能力はあった彼らである。うちの浮遊バイクは数分の講習で扱いこなし、車両の運転、魔人機の操縦などにも手を出しているようだった。
「あ、あいつら……」
ベールが、とある方向を見て、唸るように呟いた。何を見ていたかは、耳に聞こえたスラスター音でわかった。
黒塗装の魔人機グラディエーターが3機、脚部のスラスターユニットを噴かして滑るように、キャンプの近くへとやってきたのだ。
縦列に、等間隔で移動するさまは、その機体色と相まって、某有名アニメでみた黒い何連星とかみたい……。
あれは――目を細める横で、アーリィーが笑みを深めた。
「ダークエルフのトリオだね。マッドハンターの指揮下で戦った歴戦の猛者たちだよ」
故郷を追われ、帝国憎しとウィリディス軍に志願したダークエルフたち。キャンプの外での訓練か、あるいは哨戒から戻ってきたところだったかもしれない。
ファンタジー種族であるダークエルフが、ロボット兵器を操縦する……感慨深い。
「なあに、オレらはあいつらなんてすぐに追い抜いてやりますよ!」
ベールがライバル心剥き出しに手を叩いた。俺は苦笑してしまう。エリーは「凄いんですね」と改めて微笑んだ。
そこへ、伝令とおぼしきウィリディス兵がやってきた。
「閣下、失礼します」
「うん」
「クレニエール侯爵より、閣下宛てに飛行宅配便が届いております」
「おう」
「飛行宅配便……?」
「トキトモ領近辺の連絡や軽い荷物の輸送に、浮遊バイクを使う仕事をはじめてみたんだよ。空を飛ぶほうが基本的に早いからね」
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