第879話、大侯爵令嬢、ノイ・アーベントを観光する


 ウィリディスからトキトモ領へポータルで移動する俺たち。その中心となる都市ノイ・アーベントの俺の屋敷へ。


 ウィリディスの自宅とポータルで繋いであるので、移動といっても屋敷の別館を行き来しているみたいなものではあるが、そういえばこっちはあまり利用していないな。


 三階建て。白を基調とした内装に、大きく取られた窓が開放的。セレブな来訪者が訪れた時のために、シックな調度品がゆったりした空間を醸し出している。……俺にはちょっともったいない気もするけど。


 シェイプシフターメイドが常勤し、いつ俺たちが利用してもいいように、清潔に保たれている。

 三階のリビングからは、ノイ・アーベントの広い範囲を見渡せた。そこから見える景色に、エリーは息を呑んだようだった。


「ここは、王都ですか……?」

「いや、俺の領地で一番の町」


 改めてみると、ノイ・アーベントの発展は目覚ましいものがあった。もう誰が見ても村とか集落ではなく、都市だった。


 町の外周が広くなったようで、外壁の位置が変わっている。……普通なら外壁を作るだけでも大事業なのだが、人工ダンジョンコアがダンジョンを広げる要領で取り除いたり、設置したりしているから可能な所業である。


 というより、町を管理している人工コアのガーネット曰く、拡張に備えて外壁を最初から簡略したもので作っているとのことだった。必要な時は、魔力で補強できるから、何もない時は手を抜いているのだ。


 まあ、防備に限れば、今のところは、近代兵器で武装したウィリディス軍のパトロールや警備隊で対処が可能だから、町の外壁がその効力を発揮したことは一度もなかったと聞いている。


 新しい建物が増えたが、新たな住人たちの住居などだろう。中央通りは、人で溢れている。商人や旅人で賑わい、窓を開ければ、どこからか鍛冶の音が聞こえてくる。


「あの、ジン様! 魔法車が走っています! そ、それもいっぱい……」


 エリーが声を上げた。そういえば、彼女は俺が作った魔法車を一応知ってたな。何度か乗せてあげたこともある。

 だが、そんな彼女も、複数台は見たことあるまい。


「あー、あれはタクシーだね」


 魔法車――装甲タクシーであるデゼルトMK-Ⅱや、簡易四輪駆動車シープⅡが、馬車と共に人の少ない大通りを走り、ノイ・アーベントから出かけたり、また帰ってきたりしている。


「ここから南のポイント・エーデと行き来しているんだ」


 クレニエール東領の開拓の拠点となっているポイント・エーデ。街道のおかげで、車で十分とかからない。今も冒険者たちが、東領の魔獣狩りを行っているが、開拓は復興段階にシフトしている。


 さて、まだ午後としては早い時間帯だ。町へ出かけることにしよう。


 外套に袖を通し、玄関を通って屋敷の外へ。俺とアーリィー、エリーに、サキリス、バトルメイドのネルケとSSメイドが付き従う。お貴族様ご一行のお出かけだ。



  ・  ・  ・



 ほんと、人が増えたなぁ。俺も町中を歩くのは久しぶりだった。


 すっかり暖かくなって、人の移動が活発になっているのだ。基本的に農民は住んでいる領からほぼ出られないので、こうして訪れるのは商人や旅人、冒険者、そして貴族一行である。


 いや、職人も多いかな? 特に修行段階の職人見習いなどが、ノイ・アーベントの噂を聞きつけて集まっている、とパルツィ氏から聞いている。


 なお、元商業ギルドの副ギルド長だったパルツィ氏は、新築されたノイ・アーベント役場庁舎で、市長代理として訪れる商人や貴族らと交渉していたりする。


「凄い賑わいですね」


 エリーの言葉に、隣を歩くアーリィーも頷いた。なおフードを被って顔は隠している。


「うん。ここは他では手に入らない魔法具とかも売ってるからね」

「治安はどうなのですか?」

「いいと思うよ」


 耳打ちするように、アーリィーはエリーに言った。


「要所に警備隊の人員を配置しているからね。目に見える位置にいる歩哨もいるけど、旅人や冒険者の中にも、警備隊員が紛れ込んでるんだよ」

「なるほど、すぐに騒ぎを収められるようにしているんですね」


 最近じゃ、冒険者の副業として、警備業や見回りなどをギルドが斡旋していたりする。それ以外にもシェイプシフターの目が、至る所にあって犯罪防止に当たっている。


「まあ、それでも悪いことをする奴はいるものだ」


 俺は、定期的に寄越される報告書に目を通している。


「窃盗などを目的でやってくる奴もいれば、調子にのった冒険者が暴力をふるったりする。残念ながら犯罪はなくならないけど、それでも検挙率は九割九分らしい」


 パルツィ氏からの報告では、魔法車やバイクを狙った犯罪も少なくないらしい。所有者である冒険者や商人が殺害された例もあれば、奪われた魔法車をハイウェイ・パトロールが追いかけ、破壊したこともあった。


 犯罪者を収容する牢獄が町外れに作られ、こちらもたびたび拡張工事が行われている。軽微な罪に関しては、社会奉仕活動や罰金で釈放。再犯率は低いが、人がやってくる分、事件は絶えないといったところだ。


 なお重罪人は強制労働刑。札付きの悪党だった場合、奴隷商のクレイブヤード商会に引き渡して、その後、懸賞金をかけている組織や領主、国に送っている。


「まあ、あそこは特に賑わってますね! お祭りでしょうか」


 エリーが声を弾ませる。フードコートを含めた露店街だった。肉の焼ける音や香ばしい香りが漂ってくる。


「おいしそうな匂い……!」

「行ってみようか」


 昼時は過ぎたのだが、人でごった返している。まあ、今しがた到着した旅人たちには、今からランチということなのだろう。

 旅で味気ない保存食ばかりだった旅人たちにとって、ノイ・アーベントの露天やフードコートの料理は、魅惑の世界だった。


「最近は肉がよく入荷しているんだ」


 主に東領の開拓の魔獣狩り、その副産物だ。


「それを秘伝のタレや調味料で味付けしている。リピーターも多いんだよ」


 俺が先導すると、俺の顔を知っているスタッフが多い分、ちょっとした騒ぎになった。

 俺やアーリィーを知っているから料理をタダで提供しようとする者もいたが、そこはちゃんとお支払いする。なお、侯爵を見かけたのを幸いと、お近づきになろうとした商人が複数。商談なら役場のほうで聞くからね。……俺以外の誰かが。


「まるで別世界のようでした!」


 未知の料理や町の様子に感激したらしいエリーが、キラキラとした目を向けてきた。


「ジン様は、料理に精通しているのは知っていましたが、ここはその全てが揃っているのですね。毎日、ここで食事がしたいです!」

「わかる」


 アーリィーも同意した。魔力生成された調味料が、食材を活かして美味なる料理となる。材料があって、量が充分確保されるなら、味気ないと言われるこの世界の一般的料理も発展を遂げていくだろう。

 いずれ、ここだけなく、王国中、そして世界で美味しい料理が人々の舌を打つことになる。


「さて、エリー。ここからは社会見学の時間だ」


 俺は少々大げさに言ってみる。


「ここからは、ちょっと他では公開していないところもあるから、注意してほしい」

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