第878話、大侯爵令嬢、ウィリディスに来る
数日後、エリザベート・クレマユーが、ヴェリラルド王国へとやってきた。連合国に繋がるポータルを経由してのご招待だ。
ウィリディスの地下屋敷へ俺はエリーを導き、婚約者にまず紹介。
「アーリィー・ヴェリラルド。国王の娘。……アーリィー、こちら、エリザベート・クレマユー。クレマユー大侯爵の娘」
「はじめまして、エリザベート・クレマユー」
「お初にお目にかかります、プリンセス・アーリィー」
エリーは、淑女の礼をとる。彼女はゆったり魔術師のローブ姿。王族に会うのだからドレスを、というエリーに、俺が普通に余所行きの格好でいいと言ったためだ。
対するアーリィーも普段着に近く、スカートでなくズボンを履いていた。去年までほぼ男装で過ごしていた彼女だが、上はふつうに女性としての胸があって、パンツスタイルなのに妙な色気があった。
エリーは、見慣れないためか驚いた表情をしていた。軽い挨拶の後、場所をウィリディス食堂へ移す。
並べられたデザートに、エリーの目が輝く。
「こ、こ、これは! もしや、以前にお話いただいたケーキという食べ物!」
彼女が目にしているのは、いわゆるスポンジケーキの類。この世界では、まだ本格的なスポンジケーキは存在していない。俺のいた世界でも、お菓子作りが趣味だった母曰く、調理道具の発展があっての現代のケーキ、などと言っていた。それまでは、ケーキという名ばかりのパンだったとか。
「うん。こっちで作ることができるようになってね。色々調味料が揃っているから、デザート以外でも、美味しい食事が食べられるよ」
「……あー、エリーさん、視線がケーキに固定されちゃってるよ」
傍らでアーリィーが苦笑している。そのエリーは興奮を隠さない。
「た、食べてもよろしいでしょうか!?」
「もちろん。そのために連れてきた」
食堂にいるというのはそういうことだ。VIP席にて、専属メイド付き――とここで、エリーは、サキリスとも初顔合わせ。
「どこか、私に雰囲気が似ているような……」
思わず呟いたエリー。メイド服をまとうサキリスは目を伏せ、スカートの裾をつまんでの礼で応えた。サキリスは元伯爵令嬢。生い立ちを含めて、エリーと似ている部分は少なくない。
メイドだから主人の許可なく名乗るつもりはないのだろう。代わりに俺が――と思ったらアーリィーが先に紹介した。
「彼女はサキリス。ジンの愛人のひとり。キャスリング伯爵の令嬢だよ」
「はじめまして。なるほど……」
エリーはどこか納得したような顔になった。……ところで、アーリィー、君公認とはいえ、いきなりサキリスを俺の『愛人』として紹介するのは如何なものか。日本じゃ、そういう紹介の仕方はしないと思うんだがね。
「さすがジン・アミウール様……いえ、トキトモ様でしたね」
エリーが訂正するが、俺はやんわりと言っておく。
「アーリィーもサキリスも、俺がアミウールだということは知っているが、ここの多くはそれを知らないから、留意してくれ」
「かしこまりましました、ジン様」
そう笑顔で答えたエリーは、またもサキリスへと視線をやった。不快なもの、というわけではなく、興味深そうに。
「エリー?」
「いえ、私も、サキリス様と同じく、ここでメイドになれば、あなた様のおそばにいられるかな、と思いまして」
「え?」
これには、俺はもちろん、当のサキリス、そして聞いていたアーリィーも驚いた。
「大侯爵の令嬢なのに?」
「私は、もう、あの家にいたいとも思っていませんから……」
すっと、エリーはつらそうな顔になった。
「私がジン様を好きな気持ちは、貴族とかそういうことじゃなくて、もっと純粋なものだと思っています」
「……」
「それに、ジン様を裏切ったあの家にいることが、随分と汚らわしい。この身が腐っていくようで……」
身体を抱きしめるように自らの腕をつかむエリー。サキリスは俯き、アーリィーも神妙な表情を浮かべた。
「あ、アーリィー様、出過ぎたことを申しました。正妻であらせられる方の前で、このような……」
「いや、君がジンのことを本気で好きでいてくれているのがわかったから、いいよ」
エリーの謝罪を流し、アーリィーは真顔になった。
「君も、ジンの愛人志願なんだね?」
「お許しいただけるのであれば。アーリィー様……」
椅子から腰を上げ、エリーは床に直に膝をついた。
……あのね、こういうのって王族とか貴族では普通にあることなんだろうか? 庶民出の俺はどういう反応していいのかわからない。
引き合わせてから言うのも何だけど、俺としては、もっと抉れるかと思ったんだ。そうなった時の対応、ケアは考えていて、俺に対する関係者全員の評価が下がるのも覚悟はしていたんだけど……。
「ボクは、いいと思う。サキリス、君はどう思う?」
「はい、ご主人様とアーリィー様がお認めになられるのでしたら」
サキリスはスラスラと答えた。うん、とアーリィーは頷いた。
「エリザベートさんも知ってるだろうけど、ジンはああだから女の子に人気でね」
「存じ上げております。……しかし、よろしいのでしょうか。私はジン様をお慕いはしておりましたが、その……正式に恋仲だったわけでもなく」
「そうなの?」
アーリィーはキョトンとする。
「でもまあ、ボクは構わないよ。王族社会じゃ、ハーレムなんて当たり前だもの」
……確かに、俺の前では彼女もそうは言っていたけど、他の人間の前でも堂々と公言するとは思わなかった。
これも王子として育てられた影響だったりするのかな? 彼女が『女』だったと知る者は限られていた。それ以外の者たちから、婚約を狙って色々吹き込まれた可能性も高いと思われる。
『でもまあ、お前さんも結構なあなあで、ここまで色んな女と寝ただろう?』
突然聞こえたベルさんの念話。俺はさらに驚かされる。
『おいおい、ベルさん。覗いてたのかよ!?』
『こんな面白そうなところを野次馬しないわけねえだろ?』
あの黒猫さんは、どこかから俺たちを見ているようだ。
『ああ、勘違いするな。実際にやってるところはオレ様もみてねえから』
『当たり前だ! くそ猫大魔王!』
口では言えないあんなことやこんなこと。見られたなんて冗談じゃない――あ、でも、サキリスとかには、それ言ったほうが燃えるかもしれんな。
「あの、ご主人様、何か……」
何やらサキリスが顔を赤らめている。いつの間にか彼女を見ていたらしいが、心の中の声が顔に出ちまったか? ちょっと気まずい。
ともあれ、彼女たちの初顔合わせは、特に修羅場になることもなく、和やかに終了した。
なおチーズ、チョコレート、イチゴのショートケーキをそれぞれ食べたエリーは、満面の笑みを浮かべて、生きていることを天に感謝していた。実に、幸せそうだった。
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