第877話、ストレイアラ、到着
「それで、何があったのですか?」
ダスカ氏が問うた。トキトモ領キャスリング地下基地、そのサロン。俺は、折れた世界樹の下にあった構造体から戻っていた。
戦闘に備えて準備もしたが、結論から言えば敵対的な存在と遭遇することなく、無事に帰還することができた。
「その遺跡のガラス張りのカプセルに何があったんですか?」
「人骨」
俺は、その時のことを思い出して肩をすくめた。
「カプセル一個につき、人ひとりだろうな。白骨体が入っていた」
魔法文明人? 成人したものだと思う。元はいったい何なのか、何故カプセルに入っていたのかはわからない。
一応、円筒をいくつか回収した。
「何の装置なのか解析したいが、かなり傷んでいて簡単にはわからなさそうだよ」
「ディアマンテさんは何と? もう見せたのでしょう?」
「テラ・フィデリティアの時代のものでも、アンバンサーのものでもないとさ。他の回収品もそうだが、状況証拠的に魔法文明時代のものの可能性大、と言ったところだ」
「ふむ……。ジン君は、どう思いました?」
「アンバンサーが使っていたような魔力を吸い上げる装置。はたまた冷凍睡眠装置……。ないとは思うけど、クローン製造装置、とか」
「クローン? 何ですかそれは?」
「複製。まあ、同じ人間を複製したものだ。血液、髪や目、肌の色――ベースになったものとまったく同じ、作られた人工的な人間……」
俺の世界じゃ、動物に対してクローン実験とかはやっていたけどね。何でそう思ったかと言えば、カプセルの置かれ方というか積まれ方だ。どことなく人間を扱うというより、食肉や製品を倉庫に並べている印象を受けた。
「人間の複製……分身とは違うのですか?」
ダスカ氏が真面目にそんなことを言った。思わず吹き出しそうになるが、それは我慢した。分身なんて元の世界じゃ漫画やアニメなんだけど、ここじゃ魔法の力でまったくない話ではない。
「うーん、どちらかというと、うちのシェイプシフター兵みたいなものだ」
「……なるほど! 理解しました」
スフェラこと、姿形の杖から生み出されるシェイプシフターたち。同じ体格、同じ性能・スキルを持つそれらは、ウィリディス軍構成員の大半を占めている。
「現状、わかっていることはあまりない。遺跡のほうは、引き続きシェイプシフターたちに、調べさせている。なにぶん構造体が馬鹿でかいから、すべてを把握するには時間がかかる」
「まだまだ、新しい発見も期待できるかもしれませんね」
興味深げなダスカ氏。俺は苦笑する。
「だといいんだけどね。いくつか回収はしたが、ほどんと化石みたいなものだから」
「それでも、失われた文明を知る手掛かりではありますよ」
まあ、そうなんだけどね。
「リーレと
「切実ですからね、彼女たちにとっては」
ダスカ氏は心持ち、眉を下げた。
「何か、手掛かりがあることを祈るばかりです」
「まったくだな」
同意したところで、サロンに呼び出し音が鳴った。
「俺だ」
『閣下、快速艦『ストレイアラ』がドックへ入港致します』
基地司令部からの報告。聞いていたダスカ氏が顔を上げた。
「ストレイアラと言えば大帝国の……」
「ああ、エツィオーグたちを乗せていた母艦だよ」
飛行魔術師たちの移動基地にして、古代魔法文明時代に作られた艦と言われる発掘品である。
「敵の手に置いておくのも何だし、飛行魔術師が解隊となって、魔法軍に回収されるところを強奪した。コス基地には、うちのシェイプシフターたちがいたから、乗っ取るのは簡単だったよ」
コス基地から帝都への飛行ルート上で艦を制圧。ここにきて単艦行動とは、実に楽な仕事だったと思う。快速艦だから、万が一、敵と遭遇しても逃げられると思っていたんだろうな。
「貴重な魔法文明時代の生きたお手本だ。遺跡から回収したものの解析のヒントになると思いたい」
「……来たようですね」
ダスカ氏が席を立ち、サロンの大窓から地下空中艦艇用着陸パッドを見やる。
地上の大穴から降下してくるストレイアラ号。まず船体下部の半ドームが見える。
全長は前期型ゴーレム・エスコートよりやや大きめ。艦首下部と、船体上面中央に砲塔らしき突起物があった。
イービスら飛行魔術師を戦場へ乗せた船が、いまキャスリング基地へとやってきたのだ。
俺もダスカ氏の隣に立つ。ストレイアラ号からやや遅れて、二隻の通商破壊フリゲートⅡ型の姿が見える。
帝国本国からここまで、ストレイアラ号を密かに護衛してきた『朝潮』と『大潮』である。再奪回を警戒したが、無事に辿り着けてまずは一息だ。
「あのストレイアラが――」
ダスカ氏は、目を離さずに言った。
「古代魔法文明時代の、それも動く代物ですからね。大変興味があります」
「先生、好きそうだもんな、魔法文明」
「そりゃあもう。今より優れた魔法で栄えたという文明ですからね」
「ユナも、この船のことを知れば飛んできそうだな」
俺たちの共通の弟子である彼女の名前を出せば、ダスカ氏がドックを指さした。
「……あそこにいるのが、彼女では?」
銀髪巨乳の魔術師が、受け入れのSS整備員らと共に着陸パッド側で待機していた。教えていなかったのに何でここにいるんだ?
「まったく耳聡いやつだなぁ」
苦笑するしかなかった。
「教えてなかったで思い出したがダスカ先生。近々エリーがこっちへ来るぞ」
「エリーとは……。もしや、エリザベート・クレマユーですか?」
にわかに驚くダスカ氏。俺は首肯する。
「かつての教え子に会いたくない?」
「お元気にしているのなら、再会は喜ばしいことですね。……しかし、よいのですか、ジン君」
「ん?」
「その、彼女とあなたの関係について」
声を落とした彼に、俺は苦笑する。
「親密な関係だったこと? アーリィーには、そういう女性だったと伝えてあるよ」
「彼女は何と?」
「ジン・アミウールほどの英雄なら、そういう女性が何人もいてもおかしくないってさ。元々、アーリィーは王族だからね。愛人とかハーレム的なものって、それほど珍しいものじゃないって理解している。だからその辺り、あまり気にしていない」
ま、それも彼女が俺の婚約者で、正妻の位置にいるから、かもしれないけど。
「エリザベートさんの方はどうですか? 今でも、ジン君のことを好いているのでしょう? アーリィー様のことは納得されているのですか?」
「お察しのとおりだよ。姿は変わろうとも、俺は俺なのだそうだ。婚約している件も伝えたが、自分は愛人でも構わないってさ」
「理解がありますね」
皮肉っぽく言うダスカ氏。いやまあ、そうね……。
「彼女も貴族の家の娘だからね。そういうのは、むしろ俺より詳しい」
ハーレムなんて妄想。一夫多妻制についてもあまり詳しくない一般日本人ではあるけど。
「思えば英雄時代で、俺もすっかり異性にだらしなくなったと思う」
「英雄、色を好む。……まあ、仕方ありませんね」
そういうあなたは、いまだ独身で魔法使いだろう、マスター? ――とは心の中にしまっておく。大人だからね。
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