第876話、世界樹の下で


 まさに町だ。


 折れた世界樹の中、その先にあったのは謎の金属に覆われた構造体、その内側である。暗くてよく見えないのだが、ビル型の構造物が乱立する様は都市であり、俺は、どこか昔見たコロニーとか宇宙都市を連想した。


 これが魔法文明? 機械文明の間違いじゃないのか? しつこいが、暗くて見にくいせいだが、近代的都市のように感じてしまう。


 夜間視力用の魔法を使おうかと思ったが、のちのちのために温存。俺もこの世界で魔法を覚えてから、無意識に魔法を使うようになっていたから、意識しないと、気づいていたら使ってしまいそうになるんだ……。


 エアブーツの使用も控える。高所から降りたり、次の建物へ飛ぶ時は、シェイプシフターの分身体にグライダーになってもらったり、天使の羽根よろしく背中につけて滑空する。

 サキリスがシェイプシフターウィングを展開して飛行しながら、周囲を警戒する。照明の魔法を放ったが、光量は弱めになってしまうようだった。


「あまり無理するなよ!」

「承知しています、ご主人様!」


 そんな中、リーレと橿原、ベルさんは平然と、人間離れした跳躍でそれらを移動していく。リーレやベルさんはともかく、元の世界で異形狩りをしていたという橿原は、魔法とは別に常人離れした身体能力を持っている。かつてはビルの屋上から別のビルの屋上へジャンプしたこともあったらしい。


「アーリィー、ああいうのは真似したら駄目だぞ。皆やってるからってつられると、たぶん足の骨折るとか、下手したら死ぬから」

「うん。絶対やらない」


 でも、シェイプシフター兵らも、そのあたり軽々と高所から着地して平然としている。だからつい錯覚しそうになる。高いところから飛んでも大丈夫、みたいなふうに。


 何人かのシェイプシフター兵に都市を探索させつつ、俺たちは先へと向かう。巨大な壁がそびえるが、出入り口のようなゲートがいくつかある。


 これまで人どころか、鼠の一匹の気配すら感じなかった。静寂の世界。聞こえるのは、バトルゴーレムたちの稼働音と、俺たちの足音。

 ここから先には何があるか……。


「幽霊とか出ないのかな?」


 アーリィーの呟きに、橿原がにこにこと返した。


「出そうな雰囲気ですけどね」


 どこか楽しそうな橿原である。幽霊とか平気な娘なのかな?


「でも、そういう邪なものは感じないですよね」

「トモミってさ、そういうのに敏感な人?」

「いや霊感は特に。でも化け物は慣れているので、怖さはあまり」

「ほんと、トモミって肝がすわってるよな」


 リーレが愉快げに笑った。


「パッと見は、大人しそうで、すぐビビりそうなのに、平然とブン殴りにかかるんだから」

「そう言われると、野蛮人みたいじゃないですか」

「案外、暴力的じゃんお前」

「……殴りますよ」


 ほらー! とか言いながらワイワイと。一方で、前哨のリアナらソニックセイバーズやシェイプシフター兵らは黙々と確認を進めていく。


 おっと、先頭が銃を構えたその時、それまでおしゃべりしていたリーレたちも、瞬時に臨戦態勢に入った。この切り替えの早さはさすがである。


「何だ?」


 構えたSS兵が、再び前進を始める。その先にあったものは工場と――


「戦車……?」


 多脚型メカに見える金属の塊が幾つかあった。死んだように胴体が床についているが、縦に筒状の胴体が伸びていて、脚は四本。動かなくなって相当な時間が立っており、その表面は錆や汚れで、スクラップ同然の姿をさらしている。


「魔法文明っていうより、機械文明の間違いじゃねえか?」


 ベルさんがぼやくように言う。俺は、鉄くず同然のそれに歩み寄る。


「……うーん、確かに多脚メカみたいなんだけど、テラ・フィデリティアでもアンバンサーのそれとも、線が違うんだよなぁ」


 じっくり細部を見ようと照明で照らしてみる。脚の関節とか、何となく構造はわかるんだけど、見たことない形だ。


「ねえ、ジン!」


 アーリィーが左右の壁を見上げている。……わお、多脚メカっぽいのが綺麗に並べられて、しかもそれが幾層にも置かれている。どれもボロボロなんだけど、一段に軽く百体くらいはあるみたいだ。これ段ごとに同じ数が置かれていたら、千はあるんじゃないか?


「……」

「ここ、これを作ってる工場なのかね」

「かもな」


 探索は続く。巨大な空間と構造体がいくつも存在していて、中はそれぞれ連結されていたから、進むことができた。


 エルフの里の地下構造体ですら十数キロもある。ここも同じくらい大きいのではないか。敵性の存在や魔物を警戒するものの、相変わらず生命体は皆無だった。


 だが、俺たちは次第に寒気を覚えてきた。

 ひときわ巨大な空間には、無数の浮遊船らしきものがあった。細長い三角錐の船体に、翼のような部位が艦尾から左右に伸びている。艦首には砲らしき形のものがひとつ。艦橋らしきものもある。全長は五、六十メートルほどか。


「似てるな」


 大帝国が回収した、エツィオーグたちの母船、ストレイアラ号にどこか通じるものがある。あれは大帝国の資料によれば魔法文明時代の発掘とされていたから……ここの船も、そうなのだろうな。


「なあ、オレは嫌な予感がしてきてるんだが……」

「ベルさんもかい? 俺も薄ら寒いものをおぼえているよ」


 この規模の施設。船自体はゴーレム・エスコートくらいだが、数が多すぎる。アリエス浮遊島軍港で作った艦隊を超える規模だ。施設が死んでいるから、作られたりすることはないし、ここの船も動くことはないだろうけど……。


「あの光点が示した八カ所。全部、これと同じものがあったとしたら……」

「考えたくはないね」


 超巨大な古代魔法文明の兵器庫。……そして一つでも、まともに動くものが残っていたりしたら。そしてそれを大帝国が手に入れたりしたら。


「奴らは古代文明の遺跡を探し回っていた」


 今も探しているとシェイプシフター諜報部が報告している。


「連中は、これを探していたのかもしれない」


 全部使い物にならなくなっていればいい。だけど、魔法文明より前と言われる機械文明時代、テラ・フィデリティアの兵器だって甦らせることができるわけで、もし、大帝国が戦力化させることができたなら……。


「えーと、ジン。お前さんが計画していた……なんだっけ、八八――」

「八八八艦隊プラン」

「それで足りるか? これ」


 閉口である。最悪の展開になったら……ちょっと、いや、かなり足りないかもしれないね。


 俺たちが声を失っていると、そこへ偵察中のシェイプシフター兵がやってきた。奥で見つけたものについての報告だ。これ以上、何を驚けというのか――そう思っていたのだが。


「……わかった。行こう」


 まったく、驚かされてばかりだ。偵察兵の案内で向かった部屋は、これまた天井が高く、広い部屋。

 無数に連なるガラス張りの代物、およそ二メートルほどの高さの円筒形。その中には――

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