第874話、ワンダラー号、救助


 予備タンクこと魔力棒を用意して、それをワンダラー号まで運ぶ。

 念のため、ワンダラー号に繋いだポータルを確認したら、こちら側は残っていたが、向こうのポータルが消えたらしく、使うことができなかった。


「ポータルが残っていれば、直接運び込めたんだけどね」


 俺の呟きに、黒猫姿のベルさんは笑った。


「そう都合よくはいかねえってことだ」

「まったくだ」


 さて、予備タンクを手で運ぶとは言ったが、護衛戦隊の魔力消費量を見た結果、そこまで神経質になることはないと判断した。


 もちろん、戦闘があって魔力エンジンを思いっきり噴かさないといけないような場合だと、消費も激しくなるのだが。

 元の世界にいた頃の乗用車を運転するようなものだ。エンジンを動かせば、ガソリンの残量は減っていくが、ちゃんと確認してなくなる前に給油すれば問題ないというやつ。


 乗り物の件は問題ないが、やはり現地で何かあった時のほうが心配だ。魔法の使用が限定されるし、効果も薄い。

 そうなると銃器やその他の物理武器の出番となる。元々、魔法のない世界で戦闘経験のあるリアナが同行するのはそれだ。


「問題ないか?」

「はい」


 金髪碧眼の少女軍人は、顔色ひとつ変えない。彼女のセイバーズ隊員は全員シェイプシフターで、やはり無表情なのだが、それだけ頼もしさがあった。

 やはりベテランは、冷静沈着でいてほしいものだ。


 他にもシェイプシフター兵たちが同行するが、魔法を使わないので戦闘力に変化なし。むしろ、魔法を使わずに『変身』という能力を持つシェイプシフターを縦横に活用するのが鍵と言える。


 リーレたちに合流するのは大丈夫だが、その後、おそらく例の光点の探検となるから、俺も今回は銃などの装備に頼る。魔法は非常時のポータルを発動させるくらいにしたいね。


「ジン、準備できたよ」

「お待たせいたしました、ご主人様」


 アーリィーとサキリスがやってきた。アーリィーは、黒いシェイプシフター装備。どこかの特殊部隊員のような近代的戦闘服姿。サキリスは、いつものメイド服姿だが、これ自体がシェイプシフター装備で可変するので、面倒はない。


 彼女たちも、基本は携帯する武器で対応するが、魔力の泉スキルで多少魔法に関しては無理ができるだろう。まあ、未体験ゾーンへ行くので、ダメならすぐに送り返すけど。


「よし、では出発する」


 俺たちは、ポータルで強襲揚陸艦『グローリアス』へと飛んだ。



  ・  ・  ・



 小型艇スパローは、ウィリディス艦艇や拠点への移動に用いられる汎用連絡艇である。


 全長17メートル。ウィリディス軍艦艇に搭載される。筆箱のような箱形の胴体に、後部から二基のエンジンユニットが張り出している。T字の水平尾翼を持つが、主翼はない。浮遊石で浮かぶからだ。

 機首に並列複座のコクピット。中央から後部は、人員や少々の貨物を運ぶカーゴスペースとなっている。

 ウィリディスでは巡洋戦艦『ディアマンテ』ほか、有人運用が可能な艦に搭載されていて、アリエス浮遊島軍港などの拠点にも数機配備されている。


 俺たちはスパローに乗り込み、『グローリアス』の格納庫のサイドゲートから発進。魔力なし地域の空へと侵入した。

 操縦しているのは、リアナと彼女の部下であるライザ。俺はパイロットシートの後ろにいて、外の景色を見やる。

 目につくのは茶色の大地。草木がまったく見えない。


「魔力が存在しない場所ってのも納得できるな」


 不毛過ぎる。アーリィーがそばから覗き込む。


「自然の緑が見えない。草や木も魔力を含んでいる」

「まるで死せる大地だね」

「この辺りに、人はいないのですか?」


 サキリスが問うた。俺は振り返る。


「護衛戦隊が偵察機を飛ばしてみたところ、この近辺では確認できなかった。ただ――」

「確認できていないだけで、いるかもしれない」


 黒猫ベルさんが、ひょいと肩に乗ってきた。


「そういうこと。何せ、このあたりの地図は、例の遺跡で見たものがメインだからね」

「サブは?」

「以前、ドラゴンアイ偵察機が、地図作成のためにこのあたりを高高度で飛行している。その時の飛行データを確認させたら、魔力の消費現象は見られたよ。でも高度が高すぎてさほど影響が出ないうちに空域を抜けて、すぐに魔力の自己回復が可能になったから、特に問題にしなかったようだ」

「つまり、高高度なら、魔力消費も抑えられる?」

「魔力なし空域がドーム状に形成されていただけだと思う」


 半球体の天辺部分が小さくなるから、影響の出る範囲が狭かったということだけだ。

 しばらく飛行して、俺たちを乗せたスパローは、第一の目的地であるワンダラー号のもとまでたどり着いた。



  ・  ・  ・



 かつて俺が、リーレたちの移動のために作ったワンダラー号。空飛ぶマンタのような形をした胴体。戦闘機よりひと回り大きく、機首はスパロー同様、並列複座のコクピット。胴体中央には寝泊まりできる居住区と貨物室がある。胴体左右にエンジンが二基、後部にもエンジンスラスターがあって、主翼や尾翼はない。


 速度だけなら戦闘機とタメを張れ、スパローよりも断然速い快速艇である。なお武装に旋回式マギアカノーネ銃座を二基、装備している。


「いやぁ、参ったね。魔力がなくなるし、ポータルは消えちまうで散々だったわ」


 リーレは苦笑いを浮かべて、俺たちを出迎えた。シェイプシフター兵らに予備タンクを運ばせつつ、俺はリーレの後に続いて、船内に入る。


「怪我は?」

「ねえよ。ありがとう。魔力なくなる前に降りたからな」

「あの時は、慌てました」


 橿原かしはらトモミがコクピットからやってきた。


「どんどん魔力がなくなっていきましたから。故障したんじゃないかって」

「そうそう、降りたら降りたで、魔力は減り続けるし、どこが問題だってああだこうだやってるうちに、魔力がなくなった」


 眼帯の女戦士はお手上げの仕草をとる。アーリィーが驚いた。


「え、動いてないのに魔力がなくなったの?」

「大方、船体の動力を動かしていたからだろう」


 俺は、真っ暗な船内、明かりもついていない魔力照明を指さした。アイドリング状態だってガソリンは減る、それと同じだ。


「何にせよ、助かったよ、ジン。魔力が存在しない場所ねぇ、なるほどなぁ」


 リーレがしみじみと頷いた。橿原が眼鏡の奥の瞳を緩めた。


「解決策があってよかったです。この船を捨てなきゃいけないかもなんて、話したくらいですから」

「アタシらにとっちゃ、付き合いは短いが相棒みたいなもんだからなぁ、この船」

「気に入ってもらえたなら嬉しいよ」


 作った俺としてもね。状況を説明した後、これからどうするかと聞いてみれば。


「また来るのもメンドウな場所だし、行っちまおうぜ?」

「言うと思った」


 予想どおり、リーレは探索を選択した。シェイプシフター兵がワンダラー号に予備の魔力棒をエンジンタンクに挿入、船内に電力、もとい魔力が戻った。


「じゃあ、行けるところまで行ってみようか」

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