第873話、魔力消失空間
リーレたちを乗せた快速小型浮遊艇『ワンダラー号』が音信不通となった。穏やかな話ではない。
ダスカ氏は続けた。
「ワンダラー号の後方を航行していた護衛戦隊も、現在、一時退避したようです」
「一時退避? 何があったんだ?」
敵の攻撃か? 俺の問いに、ホログラム映像のディアマンテが答える。
『護衛戦隊からは、原因不明の魔力消費現象があり、これ以上の航行は墜落の恐れがあるため退避する、と通信が入りました』
「原因不明の魔力消費現象?」
俺が思わず繰り返せば、アーリィーが目を見開いた。
「それって勝手に魔力がなくなるってこと?」
ウィリディス兵器の動力源は魔力であり、何をするにしてもその魔力を使う。ただ、大抵の兵器には、大気中の魔力を吸収する装置も組み込んであるから、行動せずに待機状態にすれば自動的に魔力が回復する仕様になっている。
『観測の結果、その周囲一帯に魔力が存在していないようなのです』
ディアマンテは淡々と言ったが、それは驚きに値する報告だった。
この世界には魔力が存在する。それを利用して魔法を使ったり、魔力動力の兵器を運用することができる。
だが魔力が存在しない、ということは、その場所では魔法が発動しにくい環境になっているということだ。
おそらく、術者が自身の中にある魔力を使う分には、ある程度の魔法が使えるだろう。だが大気や地面、その他の魔力が存在しないなら、それらから魔力を借りる魔法はアウトだと思われる。
「つまり、魔力吸収装置が働かなくなったから、使った分魔力を消費する一方で回復しなくなったんだろう」
護衛戦隊は、正体不明の消費現象から行動不能になるのを避けるために退避したが、ワンダラー号は、それに気づくのが遅れたか、安全圏に到達できずに行動不能になったのだろうと思われる。
魔力がなくなって、墜落する前に着陸はしただろう。無事だとは思うが、魔力を使った装備は軒並み使用不能。ヘルプコールすらなかったのが気になるが、魔力式の通信機が壊れたか、使えない状況なのかもしれない。
『すでに音信不通から一時間が経過しています』
ディアマンテが告げた。
『推測ですが、ワンダラー号のポータルも消滅しているのではないでしょうか?』
「だろうね。俺のポータルは、基本、周辺環境の魔力を維持に使っているから、魔力のない環境だと一定時間で使えなくなる」
ポータルが使えれば、直接乗り込んだり、あるいは向こうから連絡してくることもあっただろうが。
「どうする?」
アーリィーが問い、ダスカ氏も俺を見た。
「むろん、救出しないといけない」
魔力のない環境。魔力で動くウィリディス兵器では、活動時間に制限がつく。
「魔力が回復しないだけで、魔力の備蓄があれば活動はできるはずだ」
でなければ、護衛戦隊も退避できなかっただろう。そう考えるなら、まったくウィリディス兵器が使えないということはない。
「要するに、予備の魔力タンクを持っていけばいい」
なんだ、そんなに難しくないじゃないか。
「ディアマンテ、護衛戦隊の魔力消費現象の詳細報告を頼む。俺の仮説が正しいか検証する」
間違っていたら大変だからね。正解であるなら、早々に救助活動を開始する。
・ ・ ・
護衛戦隊は、強襲揚陸艦『グローリアス』と軽空母『ビンディケーター』、ゴーレム・エスコート三隻から編成されているが、それらがもたらした報告に確信を深めた後、偵察機を飛ばして、ワンダラー号の捜索と、魔力消費を確認させる。
結果、仮説のとおり、機体の内蔵魔力がある分は、この魔力なし環境でも飛行や活動が可能であるのが実証された。
それならば、ワンダラー号を発見したのち、予備の魔力タンクをデリバリーして補充すれば、再び飛ぶことができるだろう。
『ビンディケーター』搭載の、ドラゴンフライ偵察機は、魔力なし空間を飛行。退避前の、おおよその位置関係をなぞれば、不時着しているワンダラー号を無事に発見した。
向こうも偵察機を見つけたようで、クルーである橿原が手を振っているのを確認。ドラゴンフライの観測カメラの映像から、彼女たちの無事がわかり、俺たちはホッと一息つく。よかったよかった。
「よし、俺たちもワンダラー号のもとへ行こう」
俺は、さっそく現地へ向かうことにする。ポータルを護衛戦隊の揚陸艦『グローリアス』に繋ぎ、予備の魔力タンクを運び込む。
同行するつもり満々のアーリィーが首を捻った。
「『グローリアス』からどうやって魔力タンクを運ぶ? 航空機や艦艇で近づくと、魔力を消耗して稼働時間が短くなるし、ポータルも繋げないよね?』
「確かに。だがまあ、艦艇や航空機である程度近づいて、途中から切り替えるという手もある」
「切り替える? 何にです」
ダスカ氏も片方の眉を吊り上げる。俺は自身の手を指さした。
「『手』で運ぶんだよ」
俺はさっそく人員の選定をする。といっても、輸送の主力はシェイプシフター兵なんだけどね。あと、ベルさんと、リアナたちソニックセイバーズを招集する。
現地に到着したら、リーレたちのことだから、目的地を目指そうとするだろうな。魔力タンクの補充さえつけば動けるわけで、どのみち現地には行かねばならないなら今行ってしまったほうがいいってなると思う。
「ダスカ氏、魔力が存在しない地域だ。魔法は使えるがあまり効果は望めないと思う」
「でしょうね」
「魔力の泉スキルって、魔力のない空間に影響されるものだろうか?」
「と言いますと?」
「アーリィーやサキリスは、魔力の泉を固有の能力として持っている」
いわゆる、人より魔力が回復しやすい体質だ。空間の魔力が頼れず、自ら保有する魔力しか使えない環境だと、そういう体質に何か不都合なことが起きたりしないだろうか?
従来どおり、魔力が自然回復するなら、一般の魔術師よりも、彼女たち魔力の泉スキルを持つメンバーは連れていきたい。だが、体質ゆえに、魔力のない空間にいたら具合が悪くなったりしないか心配だった。
「私には何とも……。そもそも、そういう環境自体、私も初めてですし」
「そっか。そうだよな。仕方ない」
俺はアーリィーを見た。
「君も来たいだろうから連れて行く。魔法がまったく使えないわけじゃないし。もし体調が悪くなったら早く言ってくれよ? ポータルで送るから」
俺の魔力を消費するが、それ以外で節約すれば、十数秒程度展開するのに支障はないだろう。アーリィーは嬉しそうに「うん」頷いた。
魔法使い戦力として頼りにしてるぞ。こちとら、制限があるから魔法は温存しないといけないからね。
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