第872話、世界樹の謎


 その日、俺はダスカ氏に呼び出された。リーレたち、遺跡探索組がもたらした報告を俺に見てほしい、とのことだ。……何か発見があったかな? 

 キャスリング基地の、遺跡探索組のアジトとも言える部屋を俺が訪れれば、ダスカ氏が頷いた。


「すみませんね、お忙しいところ」

「いえいえ」


 部屋にはダスカ氏とアーリィーがいた。リーレと橿原かしはらはいなかった。


「進捗はどうです?」

「ジン君のボール型探索機の魔力スキャンによって、少しは」


 机の上に広げられている書類。同行したスクワイア・ゴーレムの撮影した写真もある。


「これまで行った北の大陸と、砂漠の都市――その地下に、エルフの里にあったものとほぼ同じ大きさの巨大物体が確認されました。それと――」


 ダスカ氏が写真を二枚、俺に見えるように出した。


「これ、何に見えます?」

「木……か? このシルエット……いやまさか、世界樹か、これ?」

「ええ、その通り。ただし、場所はエルフの里ではありません」


 さらにもう一枚。氷の大陸なのだろう、背景が真っ白なのだが、その世界樹とおぼしき大木は、白い葉を生い茂らせて存在していた。


「北の大陸の一枚です。海面近くに洞窟がありまして、そこから内陸へ延々とすすんだ地下に生えていたそうです」

「地下だって!?」

「ええ、地下に、です。数キロもの巨大な木が、おそらく海底から伸びているのでしょう。ちなみに例の構造物はその下です」

「わけわからん」


 そんなことがあるのか? いや北の大陸と言えば、北極みたいな寒冷な土地と橿原が以前言っていた。しかしそんなところに世界樹があるなど、まったくの想定外である。説明不可能な不思議現象ってやつか、これは。


「砂漠の都市のは、また奇怪ですよ。すべてが横倒しになっているようで、地下十数キロにありながら、構造物から世界樹が横に向かって伸びているんですから」

「ありえない」

「これ、たぶん、落ちてきたんだと思うんだ」


 これまで黙っていたアーリィーが口を開いた。どういうこと?


「空から地面に激突したんだと思う。だから、砂漠のは謎の構造物も含めて横倒しなんだよ」


 彼女が手を使って、それを再現してみせる。水平にした右手が直角に下がり、地面に衝突。


「だとすると、その世界樹が生えた巨大物体は、浮遊島だったってことか?」

「そうじゃないかな。じゃないと、この落下説は成り立たない」


 しかし、横倒しにって墜落でもしたみたいな形だな。俺が考えていると、ダスカ氏は世界地図へと視線を向けた。


「例の光点の場所で、魔力が豊富に検出された理由はこれで説明がつくかもしれません。その点の場所には、世界樹が存在して、魔力を放出している」

「八つの世界樹……」

「おそらく古代機械文明の後、魔法文明が栄えたのは、この八つの世界樹の存在があればこそ、だったと推測します」


 魔法を支えるのは魔力。それが豊富になれば、なるほど確かに繁栄もするだろう。魔力を利用して兵器を生産している俺たちとしても、その恩恵は計り知れない。


「しかし、謎もあるのです」


 ダスカ氏は首を振った。


「ディアマンテさんに確認したのですが、機械文明時代には世界樹は存在していない」

「それは……」

「世界樹は魔法文明時代に生まれた。いやもしかしたら彼らの文明によって作られたものなのかもしれません」

「何だか途方もない話になってきたな」


 あの巨大な世界樹が、作られたかもしれない、とか。

 まあ、すでに北極のような大陸の地下とか、横倒しとか、超常現象といってもいい状態なのだが。


「こうなると、ますます、あの地下の超巨大構造体が何なのか気になるな」


 魔力によるスキャンを弾くため、外側の形はわかるが内部が不明な代物。大きさ的に巨大な都市やそれに類する施設があってもおかしくないが。


「リーレたちも、相変わらず、入り口探しに難儀しています」


 ダスカ氏が肩をすくめた。アーリィーが、別の紙を広げた。


「探索機がスキャンしたもののシルエットはわかっているんだけどね。これを見て、どこが入り口かなんて判断つかないよ」


 巨大な箱形が連なり、宇宙船のようにも見えるそれ。世界樹が生えているらしい場所は、船で例えるならブリッジのようにも見えるな。


「リーレたちって、この世界樹のところまで行ったのか?」

「いえ、世界樹は確認しましたが、何分スケールがスケールですから。スクワイア・ゴーレムの記録によれば、遠景から臨んだだけで済ませたようです」


 あくまで知りたいのは、構造物の中ですから――とダスカ氏は言った。アーリィーは俺にそのヒスイ色の瞳を向けた。


「何か思いついたの?」

「いや、エルフの里では拒否されたけど、無人なら世界樹に穴を開けて、構造物の内側へ入れないかなと思ってさ」

「あ!」


 ダスカ氏とアーリィーが声を上げた。


「そうですね。エルフの里ではないのだから、多少傷つけても文句は言われないですね」

「構造物のことばかり考えていて、木のことが疎かになってた」


 アーリィーは自身の金色の髪をかいた。


「世界樹の根は構造物の内側にあるんだった」

「さっそく、リーレたちに知らせましょう」


 ダスカ氏が声を弾ませた。謎だった巨大構造物の秘密が解き明かせるかもしれないともなれば、士気も上がるというものだ。


 ダスカ氏が部屋を出て、俺とアーリィーは、残っている資料に目を通す。スクワイア・ゴーレム『ブラオ』の撮影した映像や写真を眺める。


「直接行ってみたいな」

「ワクワクするよね、遺跡の探索って」


 アーリィーも楽しそうだった。失われた文明の遺跡とか、ロマンでしかない。この世界にきて、そういった遺跡やダンジョンを色々見てきたけど、少し懐かしくなってきた。危険な罠とかあったりしたが、それでもお宝や遺産を見つけた時の興奮は格別だ。


『ジン君、アーリィー殿下』


 部屋の基地内放送スピーカーから、ダスカ氏の声がした。


『ちょっとトラブルが発生した模様です。司令部に来てもらえますか?』

「トラブル?」


 いったい何だ? リーレたちに通信しに行ったから、もしや彼女たちの身に何かあったのでは。

 すぐ行く、と応えた後、俺とアーリィーはキャスリング基地司令部へと足早に向かった。


 司令部では、ダスカ氏のほかホログラムのディアマンテがいた。司令部要員のシェイプシフターたちがそれぞれの作業を進めているのを余所に、ダスカ氏は報告した。


「リーレさんたちのワンダラー号からの通信が途絶えました」

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