第870話、失ったモノとこれから


 ウィリディス白亜屋敷の談話室は、重苦しい空気に満たされていた。

 もっとも、その原因は俺の機嫌が悪いのと、ジャルジーが畏縮いしゅくしているのが主な原因だが。

 この場には、俺、ベルさん、エマン王、そしてジャルジーの四人がいる。


「すまん、兄貴。オレの監督不行きだ。貴重な城塞艦を失った」


 ジャルジーが悲痛な顔で頭を下げた。俺は、口を開き、一度間をとった。感情のまま発言するのはよろしくない。


「過ぎたことだ。どうにもならんよ。大帝国に鹵獲ろかくされなかっただけマシだったと考えよう」


 正直、腹立たしくある。だがこれはジャルジーへの怒りではなく、力に溺れたシュレイム将軍であり、それを予想できなかった自分への憤りだったのかもしれない。


「世の中に、無敵などというものは存在しない」


 城塞艦『ヴィクトリアス』を喪失したことは、エマン王やジャルジー、そして北方軍の将兵らに、いかに機械兵器とて絶対ではないことを悟らせただろう。


「すまない」


 心底落ち込んで謝罪するジャルジーである。


「まだ致命傷ではない。次に同じことがないようにすればいい」


 取り返しがつくことだ。北方軍の責任者としてジャルジーにも責任があるが、それを徹底的に咎めたり罰したりしたところで、どうにかなるものでもない。

 勝手する部下がこれからも出るようなら、その時はジャルジーには責任をとってもらう。まあ、そこまで彼も無能ではないだろう。


 エマン王は眉間にしわを寄せながら口を開いた。


「しかし、よもや城塞艦が撃破されるとは……」

「大帝国のシェード将軍は、やはりただ者ではなかった、ということでしょうね」


 俺は、SS諜報部から、あの戦いを指揮したのが西方方面軍司令のシェード将軍であることを報されている。

 市街に引き込んで、プラズマカノンを潰し、砲撃できなくなったところで、コルベット一隻で体当たり。見事としかいいようがない。


「特に注目すべきは、敵は魔器を使わず『ヴィクトリアス』を撃沈したことだ」


 大質量による一撃は、堅牢に作った城塞艦といえ、ひとたまりもなかった。魔器なしでも、やり方次第で対抗できるということを、帝国の将兵らに証明してみせたのだ。

 さすがにコルベットを砲弾代わりに使うとは、かなり思い切った手だと思う。


「仮に、陸上駆逐艦を付けていたとしても、多少敵の損害が増えた程度で、全滅していただろうな」


 何故なら、切り札たる魔器を使わずに済んだからだ。陸上護衛艦がついていれば、おそらくあのコルベット体当たりと並行して魔器を使用していただろう。西方方面軍空中艦隊に大打撃を与えられたかもしれないが、それで陸上艦隊が全滅し、首都にも届かないというのは、割に合わない。


 ベルさんが頷いた。


「あの砲潰しは見事だったな」

「ああ、あれで城塞艦は反撃手段を失った。ただの体当たりなら、衝突前に撃墜できていたはずだ」


 つまり、しっかり城塞艦対策を立てていたということだ。新兵器が使われれば、その対抗策を当然考える。新兵器がいつまでも新兵器でいられるわけではない。


「わからんのは、連中、最初からコルベットで体当たりをしかけてきたな。反撃手段を潰したんなら、あのまま艦隊で空から一方的に砲撃してもよかったんじゃないかね?」


 何せ、城塞艦は反撃できないから。そのベルさんの疑問に、俺は自分の考えを口に出した。


「砲以外の兵器が搭載されているのを警戒したか、あるいは搭載されている魔人機などが出てくる時間を与えたくなかったのかもしれない」


 それに、反撃できないとしても城塞艦。その装甲の厚さを想定し、クルーザーやコルベットの砲爆撃では仕留めきれない可能性をシェード将軍が考えたのかもしれない。全弾撃ち込んで倒せなかったら、消耗した砲弾が無駄になってしまう。それならいっそ……というやつだ。


 敵さんがどこまで把握しているかはわからないが、実際に『ヴィクトリアス』には防御シールドがあって、敵の砲弾にかなり耐える仕様になっていた。

 結果として、西方方面軍空中艦隊は、砲弾、弾薬の消耗も抑えたわけだ。

 エマン王は腕を組んだ。


「北方軍は『ヴィクトリアス』を失った。実際のところ、防備はどうなのだ?」

「かなりの痛手だよ、親父おやじ殿」


 ジャルジーは表情を曇らせた。


「オレのケーニケン軍は、これまでの戦いで主軸となる戦力をことごとく失った。騎兵、戦車、戦闘機乗り、そして今回はシュレイム将軍と歩兵をそれなりに。今は兄貴のウィリディス軍が穴を埋めてくれていたが、『ヴィクトリアス』を失ったことで北部戦力が手薄になった」


 ケーニゲン軍では、新たな戦車、戦闘機の搭乗員の育成を行っているが、戦力化には時間がかかる。

「ジン」とエマン王が俺を促した。それを受けて、現状を告げる。


「王国西部は、ヴァリエール伯爵軍と我がウィリディス軍が。東部はクレニエール侯爵軍と、やはりウィリディス軍が、防衛体制を整えています」

「うちの戦力ってスゲェな」


 ベルさんが皮肉っぽく言った。北部にも兵を送り、さらにファントム・アンガー、シャドウ・フリート、連合国への派遣部隊だろ――我ながら、どんだけいるんだよって話だよな。分裂するシェイプシフターとゴーレムなどの無人兵器に感謝だ。


「使い魔あってだね。さすがに人は足りないよ」


 とはいえ、西方方面軍の今後の動きには要警戒だ。リヴィエルでは邪魔をしてやったが、侵攻の準備を着々と進めている。


「こちらも、ヴィクトリアス級の二番艦が就役します。他領の支援が望みにくい東部軍の、移動拠点として運用するつもりですが」

「二番艦! 完成していたのか!?」


 驚くジャルジー。俺は首肯する。


「北方の『ヴィクトリアス』が抜けた穴は、陸上駆逐艦二隻で対応させる。ズィーゲン平原は広いし、セットで動かす分にはそちらのほうがいいと思う。北部は帝国も空中艦を投じてくる率が高い。そうそう使ってはこないだろうが、また体当たりされたらかなわん」


 もちろん、必要なら、城塞艦を東部から北部へ転進させるけどね。


「一応、揚陸艦を改装して、もう一隻、城塞艦を作るつもりだが、いま造船部門も立て込んでいるから、すぐにとはいかない」

「なんでもかんでも、とはいかんものだ」


 エマン王は、そこで心配げな目を俺に向けてきた。


「ウィリディス軍にかける負担が増大しておるが、大丈夫か?」

「そうだぞ、兄貴。『ヴィクトリアス』を喪失させたオレがいうのも筋違いだが、いかにウィリディス軍が強力とはいえ、各戦線に兵力を分散しては、それぞれの戦力が薄くなってしまうのでは?」

「それについては、移動ポータル艦を使って、戦場の即時移動が可能になるように手配を進めている」


 必要な戦場へ、素早く部隊を移動させて展開、数の不利を補う。東西、そして北に同時に敵を抱えているとはいえ、国を挟んだ国境線をまったく同じタイミングで攻めたとして、同じ時間に戦闘が開始されるかといえばそうでもない。


 地形や守備隊の位置によっては、ある場所で戦闘がはじまっても、別の場所では半日や数日遅れということもある。

 その時間差を利用して、必要な場所に兵力を瞬時に移動して叩く。叩いたら次の戦場へ、とやっていく。


 ただこれには問題もある。たとえばひとつの戦闘が長引き、別場所で同時刻に戦闘が始まった場合、全部隊移動が不可能であること。そして先に戦った戦場での損耗が大きい場合、次の戦場に充分な戦力を送れなくなること。連戦となるので、部隊の疲労が大きく、整備に充分な時間がかけれない可能性が出ること、などだ。


 こちらの兵器が勝っている現状では、このポータルを使った移動戦術は有効だ。しかし敵が互角以上の能力を持っていたら損耗も大きくなる。……諸刃の剣だな、ほんと。


「戦いは、敵がいるからこそだからね。思った通りにはいかないさ」


 俺が言えば、ベルさんが皮肉っぽく唇を歪めた。


「こちらの都合よくとはいかないってことだな。お前たちも覚悟しておけよ」


 その言葉に、エマン王とジャルジーは真剣な面持ちで頷いた。

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