第869話、シェード将軍の策


「このヴィクトリアスは無敵である!」


 ケーニゲン軍所属の将軍、シュレイムは年齢五十歳。たっぷりの髪と髭から、獅子のタテガミのように見えるそれを持つ勇猛果敢な人物だった。


 ケーニゲン軍と共にある男であり、ジャルジーが参陣するおりは必ず、彼の姿があった。


 ズィーゲン平原の戦いでも、ウィリディス軍が潰走させた大帝国軍を追撃する歩兵部隊を指揮していた。

 北方軍の指揮官となったのも、彼のこれまでをみれば当然だった。だがシュレイムの本心はといえば、不満が燻っていた。


 ウィリディス軍の圧倒的な力は恐怖をおぼえる。だが味方であり、主人であるジャルジーと、ジン・トキトモ侯爵の仲が非常によいので、そのことに文句はない。むしろ頼もしい味方でよかったとさえ思っている。


 だがそれだけの力がありながら、大帝国に対して反撃に出ないこと、それが唯一納得できなかった。


 ウィリディス製の戦車や戦闘機が、北方軍にも配備され、時代が変わりつつあるのを感じた。だが、帝国との戦いで同僚やその部下たちが次々に戦死していくことに、シュレイムは我慢ができなかった。


 何故、攻めないのかっ! このまま防戦に徹していては、ケーニゲンの勇敢な戦士たちが死んでいくだけではないか!


 その思いは日々強くなり、やがて不満は爆発した。前々より城塞艦の構造や動かし方を兵たちに学ばせていたシュレイムは、艦の制御コアを停止させることに成功。有人制御にて『ヴィクトリアス』を制すると、シェーヴィルにある大帝国西方方面軍司令部を撃滅する行動に出た。

 ……もっとも、学んだとはいえ制御コアなしでの運用は、たどたどしく、本来の性能を十二分に引き出せるとは言いがたいものがあったが。


 命令違反は百も承知だった。戻ったら、ジャルジーからの叱りも罰も受ける。だがこの手で、無念にも散った部下たちの仇を討ち、今なお防衛に参加する戦士たちを守るのだ。


「将軍閣下! 間もなく、バルダの町です!」

「うむ。城壁艦、展開用意! 守備隊もろとも、一挙に踏み潰せ!」


 いつの間にか、『ヴィクトリアス』に従っていた護衛艦二隻が撤退していた。だがシュレイムには、これは自分の行動が認められた、と解釈した。


 護衛艦が進路を遮ったり、進撃阻止に動かなかったのはそういうことだと考えたのだ。

『ヴィクトリアス』単艦でやってみせよ、ということに違いない。


 ――閣下、このシュレイム、必ずやご期待に応えてみせます!



  ・  ・  ・



 城塞艦『ヴィクトリアス』がバルダの町に侵入した。広い荒野の真ん中にあるその町はレンガを積み上げた建物に囲まれている。


『ヴィクトリアス』はプラズマカノンを町に向けて発砲し、民家やその他建物を粉砕しながら、進み続けた。

 帝国の守備隊は、町に入るまで抵抗しなかった。避難命令が出ていたから、この攻撃に巻き込まれた住民もいなかった。


 だが、守備隊は待避したが、代わりに空中輸送艦で運ばれた増援――魔神機部隊が町に潜伏していた。

 指揮官用魔人機『リダラ』、一般兵用『カリッグ』は町の左右に散って建物の陰に隠れていた。町の中央を堂々と突き進んでくる『ヴィクトリアス』の攻撃にさらされないように――


 巨大な城壁が、レンガの家を砕いて前進する。全高六メートル近い魔人機からみても、まだ高い壁である。何たる威容。あの壁を止める手段はあるのか――?


『隊長』

『……攻撃開始!』


 潜伏していた魔人機が、各所で飛び出した。――魔力照射装置、起動。誘導式爆弾槍、セット!


 魔法軍が実用化させた誘導兵器。まだ数が少なく、本格的配備前の代物を、シェード将軍が無理をいって調達した。異世界の兵器から見ればロケットランチャーを模したそれを、選抜甲鎧大隊の魔人機は装備していた。


 問題は射程だが、町中で待ち伏せていた彼らはその問題をクリアした。誘導爆弾槍は、『ヴィクトリアス』の上部や壁面のプラズマカノンを狙い撃った。


 強固な城壁を破ることは爆弾槍でも不充分。しかしその剥き出しの砲は別――シェード将軍から与えられた甲鎧大隊の任務は、その火砲を潰すことだ。

 だが若干の計算外があったとすれば、爆弾槍が当たっても、当たり所が悪く砲塔の装甲に弾かれてしまったものがあったことか。


 しかし結果的に、うまく旋回部に当たって吹き飛ばしたり、破片と衝撃で砲が動かなくなってしまうものもあった。


『よし、撤退!』


 城塞艦の砲をほぼ無力化に成功した。それを見届けた魔人機隊の指揮官は、部隊を町から撤退させる。


 彼らはツイていた。ヴィクトリアス側が、魔力エネルギー消費を嫌って防御シールドを起動させていなかったことだ。

 城壁の堅牢さだけで防御性能は充分。ただでさえエネルギー消費が大きいきらいのある城塞艦である。空中艦が来るまでシールドを温存しておいたのが、帝国側にはそんな運用事情は知らない。


 また、護衛艦がいなかったのが幸いだった。それらがいれば、おそらく甲鎧大隊は、敵の砲を沈黙させるのと引き換えに、半数以上がやられていただろうから。一隻のみだったから、部隊の被害はなく、敵艦の砲を沈黙させるに充分な爆弾槍を叩き込めた。


『特別攻撃隊より、旗艦「リギン」へ。敵城塞の砲の沈黙に成功せり!』



  ・  ・  ・



 甲鎧指揮官からの通信は、高空に待機していた西方方面軍空中艦隊に届く。

 アグラ級高速クルーザーの艦橋でその報告を受けた、シェード将軍は仕上げにかかった。


「コルベット『ドローリーン』に打電。突撃せよ」


 旗艦からの命令を受けたⅠ型コルベットが一隻、艦隊を離れ降下を開始した。機関の出力を目一杯あげ、最大出力でバルダの町を目指す。


『ヴィクトリアス』側も接近する帝国コルベットに気づいた。だが先の魔人機部隊の攻撃で、自慢のプラズマカノン砲塔はほぼ沈黙。かろうじて撃てる砲も旋回不能に付き、迎撃が不可能だった。


 シュレイム将軍は最悪の予感に震えた。もしかしたら、コルベットは体当たりしてくるのではないか、と。


 そしてその予感は、まさに当たっていた。機関が唸りを上げ、故障の可能性も構わず全力で回し続けた結果、『ドローリーン』はこれまで出した最高速度を上回るスピードで、ミサイルのごとく、城塞艦へ突撃した。最低限のクルーを残し、コルベットから脱出する乗組員。


『ヴィクトリアス』もようやく艦を回頭させるが、市街地に突っ込んだ影響でその移動可能範囲は狭かった。当然、飛行しているコルベットのほうが速度は速い。


 この期に及んで、もやは魔力の温存もクソもなかった。いや、今使わないでいつ使うのか。防御障壁を発動。『ヴィクトリアス』に迫ったコルベットの艦首がシールドに当たり、潰れたように見えた。


 防いだ――そう思われた瞬間、障壁が突き破られた。コルベットが城塞艦に突っ込み、その艦体に食い込む。


 次の瞬間、コルベットの弾薬庫、次いで機関が爆発し、巨大な火球が具現化。『ヴィクトリアス』の装甲を破り、中に食い込まれた箇所から爆発と炎が入り込み、艦内を駈け巡った。機関が誘爆を起こし、城塞艦『ヴィクトリアス』は大爆発と共にバルダの町を吹き飛ばした。


 生存者などいるはずもなかった。出撃を命じる間もなく、搭載された魔人機、航空機もろとも、シュレイム将軍以下、ケーニゲン領の兵士ら全員を消滅させたのだった。


「敵移動要塞、撃破を確認!」


 高速クルーザーの艦橋、シェード将軍は彼の計算どおりに難敵、『ヴィクトリアス』を撃沈することに成功した。


 犠牲になったのは、バルダの町、ただし住民の死者なし。帝国軍の戦死者は、コルベット『ドローリーン』を最後まで操艦を担った艦長以下わずか十名と、選抜甲鎧大隊のパイロット三名のみだった。

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