第868話、独断専行
その日、俺は機動揚陸巡洋艦を軸にした遊撃戦隊の部隊編成について考えた。さらにその艦載機の主軸となる新型機について案を、エルフ技師のガエア、ドワーフ技師のノークに披露していた。
ズバリ、可変機能を持たせた魔人機である。
「戦闘機形態で移動、空中戦、対地攻撃をこなしつつ、必要とあれば魔人機形態で地上戦闘や制圧行動をする」
多目的対応兵器。考え方としては空挺部隊や海兵隊みたいなものだ。その発想の根本は、明らかに元の世界のロボットアニメであるが……。
などと、若干ロマンに走っていたところ、とんでもない知らせが入って、ぶち壊しにするのである。
「緊急事態?」
せっかく楽しい創作の時間を邪魔されてしまった。俺はキャスリング基地司令部に呼び出される。
司令部は緊張した空気に包まれていた。ディアマンテのホログラフと、シェイプシフターの杖ことスフェラが待っていた。
「主様、北方軍でトラブルです。『ヴィクトリアス』が国境線を越えて、旧シェーヴィル領を進撃中です」
「は……?」
聞き違いかと思った。城塞艦『ヴィクトリアス』。超低高度浮遊で、あたかもホバー航行しているように見える陸上艦艇であり、元は強襲揚陸艦に城壁艦を接続した移動要塞である。
「誰が、侵攻命令を出した?」
北方軍といえば、ジャルジーのケーニゲン軍と俺たちウィリディスから派遣された部隊が守備しているヴェリラルド王国北部の軍だ。
そこに派遣した城壁艦が、何故、国境を越えて帝国領を進んでいるのか。
「はっ、報告によれば、現地の指揮を任されているシュレイム将軍の独断のようです」
シュレイム、イズ誰? というのは冗談だが、ジャルジーのところの部下だったな。正直よく知らないが。
「ケーニゲン閣下が説得を試みましたが、シュレイム将軍は拒絶。シェーヴィルの王都を陥落させるという通信を最後に交信を絶っています」
「……」
ジャルジーが止めた。だがそのシュレイムとかいう将軍は上官の命令を無視して、勝手に戦争をおっぱじめた、と。
「セプティモはどうした? 艦を掌握できないのか?」
城塞艦には制御コアが搭載されている。そのコアであるセプティモなら、こうした独断行動に対して、艦を制御して止めることもできるはずだが。
ホログラフィックのディアマンテが答えた。
「制御コアとの交信不能。おそらく、機能停止に追い込まれたものと思われます」
物理的に破壊された可能性もある、ということか。シュレイムとその配下の者たちが、艦を乗っ取り、動かしているということだろう。よくやるよ。有人制御も可能とはいえ、コアに頼ったほうがいい面も多いから、本来の能力を艦が発揮できるかどうか……。
大方、城塞艦があれば、敵陸上戦力など敵にあらず、一挙に粉砕できると思っているのだろうな。そのシュレイムという指揮官は、防戦に徹していることに不満を抱いていたに違いない。
独断専行。命令無視までやらかしているから、彼が公言したシェーヴィルの王都を陥落させなければ、ジャルジーによって処刑されるほどの行為だ。まあ、現代の軍隊なら、たとえ大戦果をあげようが命令無視により更迭や罰確定なんだけど。
『閣下』
シェイプシフター通信兵が振り返った。
『ケーニゲン公爵より、閣下宛てに通信が入っております』
「繋げ」
十中八九、シュレイムの独断についての報告か、釈明だろう。
北方はクロディス城に置かれた魔力通信機を通して、ジャルジーと繋がる。
『兄貴、すまん! 緊急事態だ!」
予想通り、『ヴィクトリアス』が越境して敵地へ進攻してしまった件だった。
『引き返すように命じたが、突っぱねられた!』
「みたいだな」
俺の声は、たぶん冷めていたと思う。正直、俺が考えて形にしたそれを、勝手に運用されて、こちらが避けてきた行動をやられてしまったわけで、冷ややかな怒りというものが腸でくすぶっていた。
司令部のモニターが、偵察ポッドからのライブ映像を映し出す。『ヴィクトリアス』は帝国守備隊もろとも、集落ひとつを耕している。……住民はきちんと避難しているんだろうな、おい。
凝視しながら、俺は、ディアマンテに声をかける。
「随伴の陸上駆逐艦は? あれも制御できないのか?」
『いえ、旗艦からの指示がないため、随伴行動をとっているのみです』
「では、あの二隻は戻せ。ヴィクトリアスのコアが機能していない以上、役に立たん」
『はい、閣下』
ディアマンテのホログラフィックが、俺の命令を実行するために消えた。ジャルジーが『兄貴?』と怪訝な声を出した。
「すまないな、こちらでひとつ命令を出していた」
『そうなのか。それで『ヴィクトリアス』だが、どうする? 通信ができない以上、止めるなら直接乗り込むしか手はないが……』
「このままやらせろ」
『兄貴!?』
通信機の向こうでジャルジーは驚いたようだった。俺は怒りを押し殺しつつ、静かに、丁寧に心がける。
「シュレイム将軍は豪語したんだ。それだけの覚悟を持ってやったことだ。見守ろうじゃないか」
下手にとめて、遺恨を残すのは後々厄介だからな。自分からはじめたのだから最後までやってもらう。
それは、独断専行を認めたように聞こえたかもしれない。だが俺の本心を言えば、まったく別だった。
俺はこの時点で、シュレイムもその部下も、『ヴィクトリアス』さえも見捨てたのだった。
・ ・ ・
ヴェリラルド王国から、城塞艦が進撃中――
大帝国西方方面軍司令部は、混沌の中にあった。
首都までの道のりにある各守備隊や部隊に迎撃の指示を――
慌てる司令部幕僚をよそに、シェード将軍は、空中艦隊を率いて出撃した。
旗艦、アグラ級高速クルーザー『リギン』の艦橋。参謀長のオノールは、シェードに頷いた。
「ご指示の通り、選抜魔人機大隊に出撃命令を発しました。敵城塞の進撃速度から、バルダの町にて交戦となると思われます」
「市街戦のほうがやりやすいだろう」
シェード将軍は司令官席につき、淡々と言った。
「こちらも、あの移動城塞の攻略の手立てを考えていなかったわけではない。ヴェリラルド王国への本格侵攻の前に、向こうから出てきたのは、ある意味ツイていると言えるな」
「はぁ。……しかし、上手くいきますでしょうか?」
「いってくれねば困る」
シェードは肩をすくめてみせた。
「選抜大隊には、急造装備を色々と持たせているからな。無茶をした分、成果をあげてもらう」
あとは――
「どこまで被害を許容できるか、だな」
指揮官のその言葉に、オノールは唾を飲み込んだ。犠牲ありきの戦法。だが普通に戦っても損害と犠牲が出るのは確定している。
一見冷徹に見えて、その損害が一番少なくなるだろう方法を採っているのが、シェードという将軍だった。
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