第867話、移動ポータル艦構想


 移動ポータル艦構想とは、最小の時間で部隊間の移動を済ませてしまおう、という話である。


 遠方の複数の基地から、部隊を直接戦場へワープさせるようなものだ。通常だと数日や週単位でかかる移動の時間、燃料、食料の消費をほとんどなくすことで、資材や物資の負担に優しい部隊移動が可能になる。


 通勤通学を例にするなら、家の玄関を出たら、もう目的地に到着している、というやつだ。歩かされたり、あるいは自転車、車、電車などの時間をショートカットするから、移動で疲れたり、汗だくになったり、寒い思いをしなくて待ち時間もない。


 もっとも、ポータル艦以外の基地などとポータルを繋がないといけないけど。

 今回の移動ポータル艦は、ヴァンガード級万能巡洋艦を改良したインドミダブル級強襲揚陸艦をベースに建造する。


 というのもヴァンガード級は、テラ・フィデリティアでも後期の試験艦であり、量産するには少々魔力コストの高い部品が多く使われていた。また、構造も複雑となっている。

 魔力生成は可能だが、他にも多くの建造、製造に魔力を使っている現状、オーバースペックな部分をそのまま引き継ぐ必要性は薄い。不要な部分のオミット、構成パーツを規格品に合わせることで低コスト化と生成しやすさを向上させた量産型――それがインドミダブル級強襲揚陸艦となる。


 その結果、インドミダブル級は、ヴァンガード級とシルエットはほぼ同じように見えるが、より簡素な印象を与える。搭載主砲も8インチ(20.3センチ)砲から、アンバル級軽巡と同じ6インチ(15.2センチ)砲にサイズダウンしている。

 そして今度は、このインドミダブル級強襲揚陸艦を元に、また若干、複雑化させたのが今回の移動ポータル艦こと、機動揚陸巡洋艦である。


 ヴァンガード、インドミダブル級と同等の艦載機運用能力を維持しながら、ウィリディス巡洋艦史上、最強の攻撃力を持たせようとした欲張りスペック艦艇である。それでも、簡略化したインドミダブル級をベースにしているので、ヴァンガードを作るよりはコストは押さえられる。


 キャスリング基地地下ドックにて、新型艦の建造を開始。全体のシルエットはインドミダブル級の艦体に複数のプラズマカノン砲塔を搭載して、より戦闘艦らしいフォルムにした感じだ。


 事実、外見の変化はほぼ武装のみで、主砲搭載箇所を新設。砲塔が収まるその穴は底が浅くなっているので、異空間収納によって短くなった砲塔でなければ入らない。当然、この短砲塔は、今のところは俺かベルさんでないと細工できない。……ただし、異空間収納の関わらないところは、工廠に全部お任せだがな。


 主砲はアンバル級軽巡と同じ15.2センチ砲だが、シャドウ・フリートの『キアルヴァル改二』や、ウィリディス製帝国Ⅱ型クルーザーが装備している三連装砲としたため、トータルの砲門数は、それらの2.5倍。アンバル級と比べると、3.7倍にあたる30門という凄まじい火力を誇る。


 もっとも、ヴァンガード級から引き継いでいる主砲配置の都合上、全砲門を一方向に集中させることはできないが……。

 一方向に向けられる最大数は8基24門。まあ、これでもキアルヴァル2隻分、アンバル級なら3隻分に匹敵する。


 テラ・フィデリティア式の魔力生成建造で、完成までおよそ二日半。……ほんと、この建造速度は現代のそれから見たらチートだ。古代機械文明さん、マジぱねえです。


 なお比較すると、連合国向けヘビークルーザーが二日。ウィリディス仕様の戦艦、大型空母が四日から五日で完成してしまいます。コンピューターゲームか! とも思うが、ゲームだったらほぼ一瞬でできるだろうから、それには及ばない分、まだまだだね。



  ・  ・  ・



 ディグラートル大帝国、皇帝直轄の秘密拠点『遺産の巣』。


 そこにブルガドル・クルフ・ディグラートル皇帝はいた。そばに控えているのは異世界から召喚された魔術師にして研究者、馬東サイエン。

 いや、控えているというより、のんびりコーヒーをいれて、一服しているというのが正しい。


「例の反乱者と、ファントム・アンガーの航空隊が、魔力吸収プラントを破壊していきました」


 馬東は他人事のように言った。


「ジャナッハ殿は気の毒でしたな。魔力生成における開発を進めていたのに、その前に邪魔されたのですから。研究者にとって、これほど腹立たしいこともありますまい」

「それは余も耳にしておる。異世界召喚を控えている現状、魔器の製造が遅滞することになろう」

「アンバンサー、でしたか。人間の魔力と生命力を武器にする――なんともおぞましいものですな」


 近くの机の上に置かれた魔力式コーヒーポッドに馬東は手をかけた。


「おかわりはいかがですかな?」

「もらおう」


 皇帝は気安い調子を崩さない。他の臣下たちが見ていないが故の態度である。


「反乱者どもは息を吹き返した」

「ええ、一度は機械文明の兵器で撃滅したのですが」


 馬東の提案どおり、一度は撃滅した反乱者の黒の艦隊。だが派遣したアンバル級を失ってもいる。ディグラートルは苦い顔をした。


「東方方面軍も、壊滅といってよい」


 ファントム・アンガーによって。


「では、戦争を辞めますか?」

「いいや」


 ディグラートルは、コーヒーの香りを楽しむ。


「連合軍が攻めてくるまでは時間に余裕があろう。わざわざ停戦などをして時間稼ぎせずともな」


 そもそも、連中に攻めてくる気概きがいがあるのか――と皇帝は笑みをこぼした。


「西方方面軍では、シェード将軍が着々と帝国の支配領域を広げておりますな」

「というより、ヴェリラルド王国が動かないせいだろう」


 そう口にし、「いや」と皇帝は首をひねった。


「リヴィエルの王国派をヴェリラルド王国は支援したのだったな」

「ようやく動いた、といったところでしょうか」


 馬東は頷いた。


「かの国をどうにかしないことには、西方方面軍も安泰とは言えません。すべてはシーパング国……どこにあるかもわからない国の援助のせいですな」

「そのシーパングの場所はわかったのか?」

「情報部は、その位置を特定できておりません。連合国でさえ、シーパングの場所を知りませんから、特定するのには、時間がかかるでしょう」

「……遺跡調査の件は?」


 ディグラートルの問いに、馬東は口元に笑みを浮かべた。


「ひとつ、朗報が。例の『鍵』と思われる遺物を発見いたしました。どうやら、鍵はひとつだけではなかったようで」


「ほう。『鍵』がもうひとつ出てきたと?」


 ヴェリラルド王国に身を寄せる異世界人が持っているものだけだと思っていたディグラートルである。驚いてみせる皇帝に、馬東は続けた。


「おかげでシュリガーン遺跡の封印が解けました。……いやはや驚きましたよ。その地下に何があったと思いますか?」

「もったいぶるな。聞かせろ」


 乗り出すように関心を示す皇帝。馬東はニコニコと上機嫌な顔になる。


「木があったんです」

「木?」

「そうです。とてつもなく大きな木がね……」


 馬東は、ディグラートルに向かい合う。


「他にも魔法文明時代の品が色々と……。それでですね、閣下。今まで温存していた兵器ですが、その必要はなくなりました」


 まとめた資料を提出する馬東。


「より積極的に用いては如何でしょうか? ヴェリラルド王国の戦力を見る意味を兼ねて、シェード将軍に与えてみては?」

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