第865話、午後のティータイム


 昼食の後、俺とアーリィーは、地下屋敷のリビングで、まったり過ごしていた。スライムソファーに寝そべる。

 傍らには彼女がいて、身を寄せて俺の肩を枕のようにしていた。俺もそんな彼女の金髪を撫でる。


 目を閉じれば、そのまま昼寝してしまいそうな、そんな穏やかな時間が流れる。どれくらいそうしていたか。ひょっとしたら数分程度眠っていたかもしれない中、アーリィーがポツリと言った。


「……これからの予定は?」

「今日? うーん、絶対にというのはないけど、報告書に目を通したり、状況確認はしておかないといけないね」


 たとえばSS諜報部のもたらす大帝国の情報。たとえば、アリエス軍港での艦艇建造、装備品の増産の確認。ノイ・アーベントとトキトモ領の各所、リバティ村とか冒険者ギルドとかの状況。そうそう、エリサに頼んでいたエツォーグたちの今後とか。


 思いついただけでこれだから、たぶん忘れていたり、指摘されたらやらないといけないことも多々あるね。


「緊急の懸案はない。呼び出されたら別だけど」


 アーリィーの首もとに手をかければ、くすぐったそうに彼女は身を震わせた。


「なら、もう二時間くらいは、このまま過ごしても問題ないよね?」

「二時間? それならティータイムに突入だな。三時間は休める。仕事はそれからにしよう」


 呼び出されなければ、と、心の中で繰り返す。休める時には休む。リフレッシュは必要だ。過労死だけは勘弁な。


「それで夜は……いいかな?」

「もちろん。愛しい旦那様」


 彼女の吐息がくすぐったい。何もしない時間は、本当に贅沢だよな。こういう時間がもっと増えるといいな。

 のんびりお昼寝を、俺たちは満喫した。



  ・  ・  ・



 三時のおやつにチーズケーキをいただいた後、SS諜報部の報告に目を通した。


「よう、午後のおやつは済んでしまったかな?」

「ベルさん、お帰り」


 連合国、ウーラムゴリサ王国と交渉に行っていた彼が帰ってきた。人間形態、シーパング軍服姿だ。

 メイドのクロハが、さっそくベルさんにチーズケーキと紅茶を用意する。その間にベルさんからは、交渉は上手くいったと報告を受けた。


「忙しくなるだろうな。もう追加の兵器注文がきていたぞ」

「まあ、そうなるだろうね」

「……で、何か新しい知らせはあるか?」


 俺が読んでいたレポートに関心を示すベルさん。


「シャドウ・フリート、ファントム・アンガーによって叩かれた魔力吸収プラントの件で、帝国本国の上層部はかなり混乱しているようだ」


 皇帝命令による魔力プラントの建造だったようで、責任者は早くも極刑にされるのでは、と噂されているようだった。


「極刑といえば、東方方面軍の指揮官だったコパル将軍が、敗戦の責任をとって処刑されたよ」


 皇帝陛下よりお預かりした主力戦力を悉く失い、かつ連合国の攻略に失敗したためである。


「戦力を失っても、連合国を制圧できていれば話は変わったかもしれないが……」

「敗戦の責任は誰かがとらなくちゃいかん」


 ベルさんは渋い顔をした。


「戦いとは非情なもんだ」

「俺だって負け続ければ、責任を取らされている立場だから、同情はするよ」


 運ばれてきたおやつに、さっそくフォークを入れるベルさん。俺は紅茶のおかわりをもらう。


「それはともかく、魔力吸収プラントの壊滅は、大帝国上層部にとって痛手となっている。この慌てぶりからすると、集めた魔力を用いた兵器の開発にも影響するだろうね」

「もしくはテラ・フィデリティア式の魔力生成をしようとしていた可能性が濃厚となってきたな」


 魔力生成。俺たちができるなら、連中だって設備さえあれば可能だ。


「ひょっとしたら、連合国の戦力化を待っている余裕は、ないのかもしれん」

「……暗殺という手は使いたくはなかったが、皇帝陛下には退場していただいた方がいいかもしれないな」


 できれば連合国に皇帝を始末してほしかったのだが……。ベルさんは、切り分けたケーキをフォークで刺した。


「だが、皇帝を暗殺したところで、この戦争が簡単に終わるとは限らん」


 次の偉い奴が、ディグラートルの理想うんぬんとか言って指導者に収まる可能性も高い。


「だが、ディグラートルを排除できれば時間は稼げるだろう」


 少なくとも彼が関わっている裏の組織は、大帝国内でも知る者は極わずかしかいない。皇帝がいなくなれば、潜在的な脅威が現実化する率がかなり軽減されると思われる。


「いつでも始末できるように手配しておくべきだ。いつ討つか、タイミングは別として」


 たとえばボタンひとつで排除できるような状態にできたら最高だ。何せ、あの御仁は、一説には不死身なんて言われている男である。いざ排除しようとした時に、暗殺できませんでしたでは洒落にならない。


「そうだな。オレたちで直接乗り込むか?」

「それも手ではあるな」


 それはともかく、暗殺に向けて皇帝近辺をさらに探ることは、彼の秘密ルートを掴む手がかりになるかもしれない。現状、SS諜報部が探り切れないというのは、頭の痛い問題でもある。スフェラとも、じっくり腰をすえて話し合おう。


「――さて、報告に戻ろう。コパル将軍の処刑により、東方方面軍の指揮官が代わる。主力をほぼ失った東方方面軍は、占領地に関しては現状維持が命じられている」


 それ以上の侵攻には戦力が足りない。本国からの援軍についても、空軍は艦艇を回せる余裕はなく、充分な戦力回復には時間が必要だ。連合国の戦力化のための時間は稼げる。


「とはいえ、占領地での搾取はひどいもので、現地では抵抗組織がゲリラ戦を仕掛け、治安の悪化も見られる」


 連合国が帝国に攻め入る時のために、これらの占領地でも抵抗組織の支援や、占領軍への攻撃が必要になるだろう。


「ファントム・アンガー、そして俺たちもまたまだまだ忙しくなるということだ」

「ああ、そうだろうな。退屈はしなくて済みそうだ」

「皮肉をどうも、ベルさん」


 SS諜報部は、元連合国のプロヴィア、クーカペンテなどの抵抗組織や、かつて俺が関わった人間の行方などの情報をある程度集めてくれていた。……そちらにも顔を出さねばならないな。


「次の報告。ウィリディス軍保有拠点における工廠拡張作業が終了した」


 廉価兵器製造計画でもそうだが、連合国への兵器生産の中心になったのはアリエス、カプリコーン両軍港である。部品自体は、ウィリディスやキャスリング基地でも作られていたのだが、このたび、艦艇の建造設備が拡張された。

 ウィリディスはもちろん、キャスリング基地でも、アリエス軍港の半分程度とはいえ、大型艦を建造できる施設を増設。フルーフ島の地下ドックも拡張工事を行い、艦艇や兵器の生産が可能となる。


 すべてがテラ・フィデリティア式の魔力生成である。アリエス浮遊島軍港が使えなくなった時に備えて、建造施設を分散させたのだ。

 同時に連合国向け、ヴェリラルド王国や同盟国、そしてウィリディスの八八八艦隊プランと、今後予想される需要に供給が追いつかなくなるのを防ぐ措置でもある。


「ほぅ……。それはいい知らせなんだろうが、また魔力の消費がえげつなくなりそうだなぁ」


 ベルさんがそうぼやくように言った。

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