第864話、昼食会談


 リヴィエル王国東部クルール地方、ギャルド城。パッセ王ご一行は、王国派勢力の拠点に到着した。


 俺は王陛下を送り届け、現地の領主兼指揮官と面通しと打ち合わせの後、ヴェリラルド王国に帰還した。エマン王にパッセ王の意思を伝えるという仕事があるのだ。正式な軍事同盟については後日となるが、それは俺以外の誰かとなるだろう。


 パッセ王からは、大帝国の空中艦の襲撃に備えて、ウィリディス軍に残ってほしいと頼まれた。実質、空からの攻撃に手も足も出ないのだから仕方がないのだが、俺としても軍事同盟締結前に、戦力を留まらせるのもよくないと思った。


 だから空中艦の接近を通報してくれたら、その時はヴェリラルド王国ではなく、知己としてトキトモ侯爵の航空隊が駆けつける、という形にした。

 そんなわけで、魔力通信機を一台、王族にお貸しして、同時にリヴィエル王国領空近くに、強襲揚陸巡洋艦『ペガサス』を配置しておく。


 さて、帰った早々、ディーシーが文句を垂れた。


「ひとりで行くというのなら、我も連れていくべきだと思わないのか?」

「……ダンジョンコアである君を連れていくと、先方にあれこれ詮索されてしまうかもしれないと思ってね」


 単に、連れて歩いた時に、パッセ王や騎士たちに説明をすることになるから、それが面倒だっただけである。あちらに関心を持たれたら困るというのが本音だ。


 俺が留守にしている間、アーリィーとラスィアの率いる艦隊が、大帝国領を台風の如く駆け抜けた。大帝国の魔力吸収プラントと、その建設地を空爆したのだ。

 シャドウ・フリート、ファントム・アンガー、両艦隊を率いた二人から直接報告を聞く。作戦は成功、判明している魔力プラントはすべて灰燼かいじんと化したという。


「艦載機を十機ほど失った」


 アーリィーはそのヒスイ色の目に憂慮の色を浮かべた。


「敵もそこそこ射程の長い魔法武器を普通に配備していた。ボクらの襲撃を警戒していたのか。……もうここまでくると、敵の防空装備として広まっているかもしれないね」

「今後はそれに加えて、爆槍と呼ばれる誘導兵器も配備されるだろうね」


 俺は、SS諜報部が、先の会戦で帝国空母航空隊に、その武器が主力兵器として投入されているのを聞いた。

 まだ一部の部隊にしかない試作兵器だったが、すでに大帝国本国では本格生産の計画が建てられ、早期に大量製造に移るらしい。それだけ、ファントム・アンガーの航空隊を脅威とみなし、いち早く戦線に送り込みたいのだろう。


「何らかの対策が必要です」


 ラスィアが直立不動の姿勢を崩さず言った。


「数に物を言わせて作られたら、こちらの戦力もあっという間に削られてしまうでしょう」

「その通りだ。こちらは魔力さえあれば、機体はすぐに補充ができる。パイロットもシェイプシフターで何とかなるが、だからといって軽視していいものでもない」


 被害が出れば穴埋めは必要だ。つまりは消費の拡大。兵站を侮ることなかれ。


「魔力に頼らない武器、兵器、物資などの製造。それも推し進めていかないとな。……それはそれとして、アーリィー、ラスィア。二人とも、よくやってくれた。ゆっくり休んでくれ」

「うん」

「承知いたしました」


 二人は頷いた。アーリィーが時計に目をやった。


「そろそろ、お昼だけど、これから一緒にどう?」

「ありがとう。そうしたいけど、エマン王に報告しなくちゃいけないんだ。たぶん昼食はそこになるけど……君こそ来る?」

「じゃ、お邪魔しようかな。ボクも、リヴィエル王国のことは聞きたい」


 何せお隣の国の話だし。王族であるからには、それなりに関心もあるのだろう。


「君も来るかい、ラスィア?」

「王陛下と同席の食事でしょう? 光栄ですけれど、遠慮いたします」


 ダークエルフさんは、淑女らしい礼を残して下がった。……まあ、俺だって、普通だったら王族の会食なんて嫌だっただろうから、気持ちはわかるけどね。ここウィリディスでは、もう家族ぐるみの、穏やかなランチタイムだから、気にならないけど。



  ・  ・  ・



 ウィリディス食堂にて、俺とアーリィーは、エマン王と昼食を摂った。といっても、和やかながら、内容はかなり政治色が強かったが。


「まずは、使者の大任ご苦労だった。またこうして共に食事ができて嬉しく思う」


 エマン王から労いの言葉をもらい、俺はリヴィエル王国、パッセ王からヴェリラルド王国との正式な軍事同盟を締結したいという旨を報告。ヴェリラルド王国側からの要求は、概ね呑むようで、エマン王も満足のようだった。

 大帝国がパッセ王追撃に空中艦を投じたことから、リヴィエルの大帝国派は、ある程度の近代化を果たして、王国派の討伐に動くと見られる。


 故に、ヴェリラルド王国としても、最低限の機械兵器を王国派に支援すべきと、俺は王に告げた。エマン王は面白くなさそうだったが、これについては同盟を結ぶという話になった段階で予想されていたことなので、彼としても反対はしなかった。

 ただ、面白くないという感情を覗かせるくらいはいいだろう。公の場ではないし、エマン王とて人間だもの。


「リヴィエルの王国派に兵器を支援するのはやむを得ないが、我が国西部の防衛戦力も、対応できる軍備にしないといかんな」


 お隣を強化した一方で、自分のところの守りが手薄では本末転倒である。


「西部は、ヴァリエーレ領にて機械兵器導入のための準備を整えています。まずはそこから、周辺貴族らに広めていければと」

「マルカスの家だな」


 エマン王は、うちの航空魔法騎士の名前を覚えていたようだ。


「順調か?」

「ええ、あの家は、ウィリディス兵器の片鱗を見ていますから、トップである伯爵も次期当主となるラッセ殿も積極的です」

「すでに布石を打っていたか。さすがだな」


 エマン王は顔を綻ばせた。機嫌がよくなったようで何より。


「ところで、連合国との交渉はどうなっている?」

「ベルさんが、ウーラムゴリサの国王と交渉にあたっています。よっぽど理不尽なことを要求されたり、救いようがない暗愚であるなら決裂でしょうが、ベルさんですから、問題ないかと」

「ふむ、ベルさんなら心配ないだろう」


 言葉通り、まったく疑っていないようにエマン王は頷いた。


「そうなると、東方は帝国も大人しくせざるを得ないだろうが、今度はこの西方が騒がしくなりそうだ」

「ですね」

「リヴィエル、シェーヴィル、そしてノベルシオン。大帝国の西方方面軍の侵攻準備も進んでいるだろう」

「北は、ジャルジーの北方軍。東は、クレニエール侯と我がウィリディス軍。ノルテ海にはヴェルガー伯爵のノルテ海艦隊……」


 それにいざとなれば、アリエス浮遊島のウィリディス航空艦隊が控えている。侵攻されても対応はできるが、やはり怖いのは、こちらが掴んでいないところから出てくる帝国の秘密兵器群。

 現状の戦力でさえ、まったく安心できない敵。このあたりの風通しもよくしたいんだがね……。

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