第863話、リヴィエル王国の王族
疲労回復の魔法――正直言うと、それほど劇的なものではないのだが、アヴリル姫におかけしたところ、体調を幾分か回復された。俺はストレージバックから、ウィリディス製のポーションを出して献上した。
苦くないポーションです、と勧め、お飲みいただくと、すっかり具合がよくなったようだ。
ヴァンドルディ様も、同様にお疲れだったので魔法をかけた上でポーションをお渡ししたら、パッセ王から「我を差し置いて――」と自分にも、とのご希望だったので同じく処置しましたとさ。
馬車が移動を始めるというので、どれくらい時間がかかるのかと聞けば、護衛の騎士いわく三、四時間ほどとのことだった。……そんな長時間、馬車に揺られるのか。
「これでも速い馬車にしたのだ」
パッセ王が腕を組んだ。
「ただ、乗り心地は最悪だがな」
王都からの退却で、ふだんの豪華な王族馬車ではなく、移動速度を重視したのだろう。見た目は貴族用の上等な雰囲気だが、確かに王族用というには質素だなとは思っていた。
「では、このようなものを敷きましょう」
ストレージから、青いスライムのようなものを取り出す。パッセ王は目を剥く。
「な、何だそれは!?」
「クッションでございます」
椅子の上に敷いて、その上に乗る。見た目は四角いスライムのように見えるだろうが、これで馬車の振動から尻を守るのである。
「これがか……いやクッションはあるが、これは……何やら、見た目が凄いな……」
感想に困っているようだった。クッションカバーをつけるべきだったかな。とりあえず座ると座高が高くなる。皆様にも「使いますか?」と確認したら、物は試しとパッセ王が頷き、王妃様も姫様もお試しになられた。
「とても柔らかい……」
アヴリル姫が、独特の弾力に顔を綻ばせる。美少女の笑顔は癒やしだ。
皆がクッションの上に尻を乗せ、いざ出発。街道を進んでいるはずなのに、馬車は揺れる揺れる。そしてクッションを使っていても揺れるのは変わらないのだが……。
「なるほど、これは尻が痛くならないな」
すっぽりクッションが衝撃を受け止めている、というか、尻の形に沈むから身体が跳ねない分、痛くないのよ。
「いいな、気に入った!」
リヴィエル国王お墨付き、ということで、これらは進呈してご機嫌とり。
さて道中の移動では、案の定、ヴェリラルド王国との軍事同盟の件を個人的に相談された。
同時に、熊ん蜂ことワスプⅠヘリや、トロヴァオン戦闘攻撃機についてパッセ王から質問された。大帝国の空中艦や航空ポッド、戦闘機の話を交えつつ、あくまでそれに対抗するためと言って、ウィリディス軍の兵器についてかいつまんで説明した。……詳細を言ったとて、おそらくほとんど理解できないだろうけどね。
「シーパング国の技術と申すか」
「はい。恐るべき技術大国です。ヴェリラルド王国としても、シーパングの協力のもと、独自の兵器を開発しましたが、まだまだ彼らには及びません」
と、すべてシーパングという架空の国と、ジョン・クロワドゥ大先生の偉業としてお話する。何から何まで本当のことを話す必要はないのだ。
「大帝国の脅威に対抗するため、我が国もシーパングと同盟を結びたいな」
「大帝国と戦う者には、彼らも協力を惜しまないでしょう」
同盟を組んだ以上、遅かれ早かれ、リヴィエル王国も機械兵器を導入する。隣国の軍備が増強されるのは、同盟国としては歓迎だが、平時には潜在的な脅威にもなる。
もっとも、お隣の国が自国に持っていない強力兵器を持っていることこそ、潜在的脅威というものだ。
だから、お互い平和でいるには実はバランスこそ重要だったりする。一方的に強すぎても駄目。出る杭は打たれる、とはよく言ったものである。
軍備の話の後は、俺個人の話に移った。アヴリル姫が、俺に興味を持ったようだった。俺も君のお話聞きたいけど、ご両親の前だから控える。
お姫様に乗っかる形で、王やヴァンドルディ様も聞いてくるので、ヴェリラルド王国で侯爵をしている話や、そのきっかけ。武術大会の噂をご存じだったらしいので、そのあたりの話もする。あ、ちなみに婚約しております、アーリィー殿下と。
「ふむ、王子から姫か……アーリィー王子、いや姫も大変であるな」
パッセ王が腕を組んで言えば、ヴァンドルディ様も自身の頬に手を当てながら言った。
「元は殿方だった方と婚約とは……トキトモ侯は、それでよろしいのですか?」
「可愛らしいですよ。元より、自らの容姿が女性寄りだったことを悩んでいらっしゃいましたから、逆に吹っ切られた様子」
さりげなく話の内容をすり替える。まあ、最初から女性だったとは、さすがに言えない。そんな俺に、パッセ王の視線が鋭くなる。
「……ゆくゆくは、ヴェリラルド王国を手中に収めるつもりか?」
「そこまでの野心はありません」
実際、アーリィーと婚約し、侯爵という身分を手に入れた。端からみれば、成り上がり街道驀進中。
「次の王たるジャルジー公は、よき王となられるでしょう」
「自分が王になってやろう、とは思わないのかね?」
「陛下を前に言ってもよいものか迷いますが、私個人としては、静かに暮らしたいのです。侯爵になってしまったのも、行き掛かり上であり、私から望んだものではないのです」
「まあ」
アヴリル姫が不思議そうな顔をした。
「野心がお有りにないなんて……。あなたは大変優れた魔術師であり、武術大会をも制した聖剣使いの勇者。あの不思議な空を飛ぶものさえ使役される。それだけの力がありながら、王になるのを望まないなんて」
「姫殿下――」
「アヴリルと呼んでくださいません?」
「アヴリル姫。飢えることなく豊かな生活をすることには、必ずしも王や貴族である必要はないのです。力は所詮、道具に過ぎません」
「それは貴殿の本心か?」
パッセ王の言葉に、俺は頷いた。
「貴殿の治める領地を見てみたいものだな」
「機会があれば、いずれ」
「ふむ……。エマンが貴殿を重用するわけだ」
何故だか、パッセ王は残念そうな顔になった。何かお気に召さなかったかな……?
「何故、ヴェリラルド王国なのだ。我がリヴィエルに貴殿が来ておれば……むぅ」
あら、とヴァンドルディ様が口元に手を当てながら微笑んだ。
「相当、気に入られたのですね、トキトモ侯のことを」
あらら、そうなの? 俺は目を丸くする。
確かに、かつての戦友――今もそうだがダスカ氏と知り合わなければ、ヴェリラルド王国に来なかったかもしれない。場合によってはリヴィエル王国に流れていた可能性もあっただろう。
……その場合、アーリィーと会うこともなかっただろうから、そう考えると運命というか、人の出会いというのもわからないものだな。
「トキトモ侯、我が国に来ぬか?」
おっとパッセ王から誘いがきてしまったぞ。
「貴殿の欲しいものは何でも与えよう。……どうだ?」
「あー、陛下。申し出はありがたいのですが、たぶん今、私が欲しいものは無理だと思いますよ……」
ゆっくりのんびりしたい、と言ったら、何て反応するだろうね、この人。この帝国派と内戦状況で、俺をのんびりさせる余裕なんてないだろうし。
そもそも、大帝国が存在する限り、俺にのんびりできる時などないと、最近では諦めている。
「もし、ヴェリラルド王国を離れることがあれば、いつでも我が国へ来るといい。歓迎する」
パッセ王はまだ納得できないと顔でそう告げた。
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