第862話、王族救出
敵の追っ手が迫っている。それはパッセ王や騎士たちを慌てさせた。後方からやってきた味方騎兵は、予想通りの伝令であり、殿軍の壊滅と敵の接近を知らせてきた。……この時には、俺がもう教えていたんだけどね。
「ええい、移動だ。配置につくのだ」
「はっ!」
王の命令に騎士たちが馬に乗り、退却の準備にかかる。だがすぐに騎士のひとりが叫んだ。
「敵! 騎兵が!」
遠くから馬の集団が大地を蹴る地響きめいた音が聞こえる。
「その上を見よ! 船が空を飛んでおるぞ!」
大帝国のコルベットだ。帝国艦の中では快速。ウィリディス艦と比べると鈍足なのだが、地上の移動物と比べると騎兵よりも速かったりする。
「ご心配なく、陛下。すでに私の部隊が急行中です。間もなく、こちらに駆けつけます」
俺の発言に、隊長とおぼしき騎士が驚く。
「何をおっしゃいますか、トキトモ侯爵! 今から部隊を呼んでも……そもそもどうやって連絡を――」
「魔力を使った通信術がありますから」
先ほど使い魔と言ったが、そこから推察してもらえないかなぁ。
「いや、しかし、たとえ連絡がついたとはして、エール川からここまで、どうあっても間に合うはずが……。もしや」
騎士隊長のと思われる男の表情が曇った。
「すでに部隊をこちらに侵入させていた……!?」
「陸路を行くのでは、確かに間に合いますまい。ただ空からなら――」
俺はすっと天を指さした。
「空中移動手段を持つのは、なにも大帝国だけではありません」
バタバタと独特の音が聞こえてくる。見上げる騎士、そしてパッセ王。高高度より降りてくる熊ん蜂――兵員輸送コンテナを抱えたワスプⅠ汎用ヘリの一団が、俺たちからも見え始めた追撃部隊の前へと向かっていく。
強襲揚陸巡洋艦『ペガサス』より飛び立ったSS強襲空挺大隊だ。
「おおっ!?」
驚愕の面持ちで見上げるパッセ王と騎士たち。敵と思い剣を抜く者さえいる。
しかしワスプⅠヘリ部隊は、俺たちの頭上を飛び抜け、追ってくる帝国派騎兵部隊のほうへ向かい、そこで降下。兵員輸送コンテナから、ウィリディス兵を下ろした。
「あれは味方です、陛下」
王の傍らで、そっと教えてやる。兵を降ろしたワスプⅠは再び飛び上がり、敵騎兵集団の上空へと接近する。
『ソーサラー、こちらワスプ1、攻撃の許可を求む』
「こちらソーサラーだ。ワスプ1、許可する。やってしまえ」
声と共に魔力念話を放つ。突然喋ったことで、パッセ王は目を白黒させたが、俺は小さく笑みを浮かべただけで答えなかった。説明するのが面倒くさいからだ。
ワスプⅠ隊、ヒンメル隊長率いるヘリ部隊は機関砲で、敵騎兵の掃射にかかった。薙ぎ払うように放たれる弾。魔獣や帝国兵を倒してきたそれが、リヴィエルの騎兵たちに襲いかかり、落馬、絶命させていく。
「なんだ、あれは……。巨大な蜂の魔物なのか……?」
初めてみる戦闘ヘリの姿に、パッセ王はそう呟いた。騎士たちも、その異様な鋼鉄の熊ん蜂が敵騎兵の突進を瓦解させ、逃げまとわせている姿を唖然と見つめている。
本当なら今のうちに撤退、とかなるものだろうが、見てても問題ないだろう。俺は急かすこともなく、彼らに観戦を許した。
仮に突破してこようとも、先に展開したウィリディス兵――レーヴァたち空挺SS兵たちがいて、ライトニングバレットほか魔法銃や機関銃が、敵兵を殲滅する。
そして、戦場に新たな一団が現れる。魔力ジェットエンジンの独特の唸り声を響かせたトロヴァオン戦闘攻撃機の中隊だ。
『ソーサラー、こちらトロヴァオン・リーダー』
マルカスの声が魔力通信となって届いた。
『敵コルベットの排除はお任せを!』
こちらに向かって爆撃しようと移動していた大帝国のⅠ型コルベットだが、トロヴァオンが誘導ミサイルを発射。たちまち、コルベットの船体に爆発の火球が上がり、さらに肉薄した先頭の機――おそらくマルカス機が、その艦橋にプラズマカノンを叩き込んで吹き飛ばした。
鮮やかなもんだ。さすがヴェリラルド王国の空中魔法騎士ってか。お前がエースだ!
一撃離脱のあいだに勝負あった。コルベットは空中で爆発、その残骸や破片を飛び散らせた。……おっと、念のため、障壁を馬車まわりに張って、王を守る。
空から降ってきた破片の一部が、近くの地面に落ちて土を巻き上げたのがいくつかあった。
「大帝国の空中艦を、ああも容易く……」
パッセ王は俺へと顔を向けてきた。
「あれは、君の使い魔なのかね?」
使い魔? ああ、戦闘機も初見なんだな。俺は少し答えを考える。
「空を飛ぶ乗り物です。空中の騎兵みたいなものでしょうか」
「空中の騎兵か。なるほど」
何となく言わんとしたいことは理解されたようだった。
コルベットを始末したトロヴァオン中隊は、地上掃討に加わる。こうなるともう見ている余裕もあって、間もなく追撃部隊は逃走した。
俺は
「敵は退却しました。それでは出発いたしましょう」
「あ、ああ……」
「道中の護衛は、我が空中騎兵がお守りいたします」
馬車と護衛には、そのまま友軍のもとへ行ってもらい、俺はワスプⅠと空挺SS兵たちと周辺を固める旨を伝える。
「待つのだ、トキトモ侯」
「はい?」
「色々聞きたいこともある。貴殿には、我と共に馬車に乗ってくれまいか?」
人質代わりかな? まわりの空挺部隊がもし牙を剥いてきても、俺が乗っていればそんなことにはならない、という。一瞬、そう考えてしまった俺は、しかし表情には出さず言った。
「恐れながら、陛下。馬車には奥方様も乗っていらっしゃるのでは? 私のようなものが乗り合わせるのは無礼ではありませんか?」
「構わぬ。貴殿はヴェリラルド王国の上級貴族でもあろう?」
俺が構うんだけど、そんなことを口に出せるはずもなく。
「承知いたしました」
俺は、空挺SS部隊のレーヴァに、王の馬車に同乗することを伝えて、王族ご一行様とご一緒する。
「妻のヴァンドルディ、娘のアヴリルだ」
「お初にお目にかかります、王妃様。アヴリル姫殿下」
恭しく一礼。三十代あたりに見える奥様と、十代半ばくらいのお姫様。ふたりとも、ややくすんだ感じの金髪で美女、美少女と言える。王陛下が五十代と聞いているから、奥さんとはいくつくらい離れているんだろう。
ただアヴリル姫の顔色が冴えない。というより若干青い。
「疲れが出たのでしょう。ずっと追われていたのですから」
ヴァンドルディ様が、娘の肩を撫でる。馬車での移動って、あんま乗り心地がよくないからな。心身ともストレスにやられてしまったのかもしれない。ちょっと放っておけないなぁこれは。
「よろしければ、疲労を回復させる魔法をおかけしましょうか?」
その申し出たら、パッセ王もヴァンドルディ様もビックリしたような目を向けてきた。
「トキトモ侯は、治癒の魔法も使えるのか?」
「ええ、魔術師ですから」
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