第861話、俺氏、パッセ王と謁見す


 何ということだ。


 パッセは、ヴェリラルド王国の使者と名乗る若い侯爵が、大帝国派の将兵をたった一人で撃退する光景を目の当たりにして衝撃を受けた。


 すべてが規格外。リヴィエル王国でも魔術師はいるが、ジン・トキトモと名乗った彼ほどの術者は見たことがなかった。


 ひとつひとつの魔法なら、同レベルの者もいるかもしれない。だが間髪を入れず、強力な魔法を涼しい顔で使う者は、さすがにいないのではないか?


「何という魔術師を送り込んできたのだ、エマンは!」

「陛下、あれはただの魔術師ではございません」


 護衛の騎士隊長が口を開いた。


「ジン・トキトモ、その名に覚えがございます! 昨年のヴェリラルド王国武術大会を優勝した剛の騎士にして、直後に現れた悪魔を聖剣にて打ち払った勇士にございます!」

「なんと!」


 それが本当なら、本当にエマン王は気鋭の勇者を使者として送り込んできたことになる。


 軍事同盟を締結する相手として選んだヴェリラルド王国だが、状況はそれを上回り、同盟交渉も終わらないうちに、終わってしまうかと思われた。

 正直、もはや見捨てられても当然と思っていた矢先の使者の到来。……いや、もしかしたら同盟お断りの使者かもしれない。まだエマン王の親書を自身の目で確かめていない以上、決めつけるのは早計だが。


 しかし、絶体絶命と思われた大帝国派の待ち伏せ部隊を、一人で敗走せしめたことは、パッセたち一行が、王国派の元へ逃れるチャンスを与えてくれたと言える。


 その勇者、ジン・トキトモがすっと外套にも見える魔術師マントを翻し、こちらに足を向けた。それだけで、騎士たちは背筋を伸ばした。


 緊張感、いや威圧感をパッセは感じた。――なるほど、侯爵というのは嘘ではないな。

 その堂々たる足取り。何故か、彼に『王』を見た。


 ――そうだ。彼は、この戦場におけるまさに王だ……!


 すべてをひれ伏させる圧倒的な力。何者も抗うことを許さない絶対的支配者。

 騎士たちも自然と、彼の通り道を開ける。本来ならパッセの前に立ち、勇者の足を止めさせねばならないのだが。


 この時、パッセを含め、誰も歩み寄る彼に疑問を持つ者はいなかった。



  ・  ・  ・



「リヴィエル王国国王、パッセ陛下とお見受けします」


 俺は、恭しく頭を下げた。


「お初にお目にかかります。ヴェリラルド王国侯爵、ジン・トキトモ。我が主、エマン王の遣いとして参上いたしました」

「うむ……大義である。面を上げよ」


 パッセ王は王の威厳を保ちながら言った。


「トキトモ侯爵、見事な働きであった。我も命拾いをした。礼を言う」

「恐悦至極に存じます、陛下」


 予想の範疇はんちゅうである。大帝国派が、大帝国の空中輸送艦によって先回りしたことも、ここに来るまでに掴んでいたからね。


「して、トキトモ侯。エマン王の親書を持ってきたとか?」

「はっ、これに――」


 俺は懐より、ヴェリラルド王家の印の入った封蝋付きの手紙を差し出した。王の傍らに立つ騎士が俺より受け取り、そこからパッセ王に手渡された。

 王がエマン王からの手紙の内容に目を通す間、俺や騎士らはじっと待った。読みながら、パッセ王は唐突に口を開いた。


「トキトモ侯、貴殿は、この手紙の内容を存じておるかな?」

「はっ」


 エマン王が書いているのを間近に見ていた。それから直接俺が受け取ったから、内容が誰かによって改変されたとかそういうこともない。


「万事、貴殿に任せれば、王国東部の友軍のもとまでたどり着ける、と記されておる」

「はい」

「仮に大帝国が、我が道中を阻んできた場合でも、問題ない、とあるが……まことであろうか?」

「はい」


 今、この瞬間、狙撃銃でスナイプされたり、いきなり異空間転送でもされない限りは、もうその命は守られているよ……。


「ヴェリラルド王国は、我がリヴィエル王国と軍事同盟の締結の意思に変わりなく……」


 パッセ王は手紙から目を離さず言った。


「貴国でも、現在、大帝国派が優勢であるのは存じておろう。同盟締結は我の望むところであるが、すでに前提が崩れておる。劣勢の我に手を差し伸べ、貴国に何の得があろうか?」

「発言してもよろしいでしょうか、陛下」

「構わぬ。発言を許す」

「我がヴェリラルド王国は、どうあっても大帝国の敵にあります」


 そう、大帝国の支配は断固拒否。隣国の国王が窮地とて、帝国に売り渡すことはない。


「されば、帝国と戦う者は皆、同志でございます」

「同志……」


 パッセ王は手紙から、俺へと視線を向けた。真っ直ぐ向けられた瞳。嘘か真実か見定めようとする王の視線。


「味方は多いほうがよい、と申すか」

「左様でございます。貴国の大帝国派が大帝国に与するならば、我が国の敵にございます」

「あいわかった。エマン王の親書、そして貴殿の言葉、しかと受け止めよう」


 パッセ王は親書を畳むと、自らの懐に収めた。


「正式な同盟は落ち着いて改めて交渉を、というエマン王の申し出、了承した。口頭ではあるが、仮の同盟として、貴殿の部隊の我が国への進入を許可しよう」

「有難き幸せ」


 俺は再び頭を下げた。……これでウィリディス軍が、リヴィエル王国内へ入ることに王のご許可をいただけたぞ。


「では、この場を離れましょう。まずは陛下を安全な場所へお連れしなくてはなりません」


 リヴィエルの大帝国派の追撃部隊が迫っているのは、空中観測機が掴んでいる。


「お近くの友軍のもとまで、警護致します」

「うむ、貴殿がいてくれれば心強い。貴殿ひとりで、百の兵に勝る」


 パッセ王が鷹揚に頷いた時、騎士のひとりがやってきた。


「陛下、失礼いたします!」

「何事か?」

「は、後方より、接近する騎馬が……。おそらく、殿軍として敵を足止めしていた部隊の伝令かと」


 ……まあ、敵を退けましたって、報告ではないだろうな。俺は、魔力念話を魔力通信と同調させる。


『ポイニクス、こちらソーサラー。敵情知らせ』

『こちらポイニクス。騎兵の後方より、敵性集団が追尾中。およそ五百。さらに北西より大帝国のコルベットが一隻接近中』


 ……空中艦ね。どうあってもパッセ王をここで殺害しておきたいのだろうな。せっかく大帝国派部隊を運んだのに、そいつらが失敗したからね。……はてさて、まだ兵を運んでくるか。はたまた空から爆弾を見舞ってくるか。


 こちらも動くか。


『ソーサラーより「ペガサス」へ。プランA発動、ケースC』

『こちら「ペガサス」了解』


 強襲揚陸艦より返信。空から支援を頼んだところで、俺はパッセ王を見た。


「陛下、よろしいでしょうか?」

「うむ、何か、トキトモ侯」

「使い魔より報告が入りましたのでお伝えいたします。追撃部隊が五百、その他、大帝国の空中艦が一隻こちらに向かっております」

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