第854話、囚人護送
処分が決定された飛行魔術師エツィオーグたち。実験素材になるのを拒み脱走を図るベールたちだったが、格納庫の前で、新たな帝国兵の一団によって進路を塞がれてしまった。
士官が二人、兵士が十数人。だが盾を誰も持っていない。ごり押しで突破できる――ベールは構わず突撃した。
「邪魔すんならぶっ殺すぞ、てめぇら!」
ベールに続き、前衛組のエツィオーグも加わる。帝国兵の一団を蹴散らし、退路を切り開くつもりだ。
だが、そこで帝国兵らが手に持っていた武器らしきものを構えた。
見たことがない武器だった。持ち方からするとクロスボウのようだが、クロスボウではない。次の瞬間、それらが青白い光を放った。
障壁を――そう思った時には、すでに光の弾が、ベールと前衛組の少年たちの身体に直撃した。
急激に身体の感覚が失われた。動かない。そのままベールたちは、つんのめるように床に倒れた。
「ベール!」
後ろからリェートや仲間たちの声が聞こえたが、ベールらは答えることができなかった。再び青い閃光が通路を照らし、エツィオーグたちの悲鳴や呻き声が木霊した。
・ ・ ・
コス城のプラットフォームに、大帝国の兵員輸送艇が到着する。城の守備兵が出迎えに整列する中、輸送艇から、魔法軍特殊開発団の上級将校が降りてきた。
城の責任者であるティムパスタ大佐は、やってきた相手に敬礼した。
「ようこそ、コス城へ」
「ペルスタット・ヴィスリィー大佐である!」
魔法軍の上級将校は、よく通る声で名乗った。冷酷な細い目に鷲のような眉、何とも仰々しい声音は、尊大さを相手に与える。
「エツィオーグを回収のためぇ、やってきた」
「存じております。些かトラブルがございまして――」
「ストレイアラ号の機関トラブルか」
ヴィスリィー大佐は、立ち止まり、プラットフォームにあるエツィオーグたちの母艦だった古代魔法文明時代の快速船を見上げる。
「おかげで私が、このような基地に赴くことになったぞ」
「それもありますが、もうひとつ問題が――」
「まだ、何かあるのか?」
睨むヴィスリィー大佐に、ティムパスタは能面のように表情を崩さずに答えた。
「移送予定のエツィオーグが反乱を起こしまして、ゴース中佐が死亡しました」
「ゴースが死んだだとォ? そんな報告は受けておらんが」
「こちらへ輸送艇が向かわれている最中に起きた出来事でしたから」
しれっと、ティムパスタは告げた。確かに移動中では仕方ない、とヴィスリィーは頷いた。
「それでぇ、反乱を企てたエツィオーグどもは?」
「全員、再度、拘束しております。お引き渡しは可能です。守備隊に些かの犠牲が――」
「手間取らせたな」
遮るように言って、ヴィスリィーは歩き出した。プラットフォームの出入り口から、がっちりした体躯の士官と、両手を拘束された少年少女らが現れた。
ヴィスリィーは立ち止まると、鼻をならした。
「オスナァ大尉」
「大佐殿!」
その大柄の士官は首と右腕に包帯を巻いていた。ピクリとヴィスリィーの唇が歪む。
「失態だぞ、オスナァ……」
「申し訳ございません!」
「……事情は後で聞く。そのモルモットどもを船に乗せろ」
「はっ!」
オスナ大尉は、エツィオーグ隊員十八人を、兵員輸送艇へと導く。その姿を見送りつつ、ヴィスリィーは、控えているティムパスタに言った。
「この基地の今後について、おって指示が来る。機関の修理が完了次第、ストレイアラ号をイーリャンの秘密研究所へと運ばせる」
「承知しました」
ティムパスタが頷いたのを横目で確認すると、ヴィスリィーは用は済んだとばかりに輸送艇へと歩いた。
魔法軍特殊開発団の大佐の姿が消え、輸送艇がレシプロ機関を唸らせて飛び立つ。それを見送ったティムパスタ大佐は、興味をなくしたように背を向け、さっさとコス城へと戻った。
・ ・ ・
「それで? オレはいつまで拘束されてんだ?」
ベールというエツィオーグの少年が不平たらたらな調子で言うと、向かいの席に座る大帝国将校――イービスはニコニコと答えた。
「君が暴れないって約束してくれるなら、すぐにでも」
「……チッ、暴れねぇよ。つか、お前、死んだんじゃなかったのかよ?」
「僕もどうして生きているかわからないんだけどね。実際のところ、死んだと思ったし。でも僕はこうして生きている。大帝国から自由になったんだ」
「その割には、大帝国の軍服を着てるじゃねーか?」
「これは君たちを助けるためにしているだけだよ」
肩をすくめるイービス。楽しそうだなぁ――見守る俺は思った。そろそろ入ってもいいかな?
「イービス君」
俺が声をかけると、イービスは背筋を伸ばした。
「はい、アサルリィ大尉」
彼は俺を大帝国での偽名で呼んだ。まあ、いいんだけどさ。
ちなみに、この狭い輸送艇の中には、他のエツィオーグの少年少女たち全員が乗っていて、すでに拘束を解かれている。こちらで用意したロールパンをムシャムシャと頬張っている。……幸せな光景。
「とりあえず、大帝国の軍服を着ているが我々は大帝国の人間ではない。むしろ、敵に当たる人間ではあるが、君たちが迫害され、処分されると聞き、救助にきた」
「敵だぁ……?」
ベールが胡散臭そうに表情を歪めた。赤毛の少女――リェートだったね、俺覚えた――が席を立った。
「あ、あの! 助けていただき、ありがとうございました! それに、この美味しいパンとかもらっちゃって――」
「いいよいいよ、気にせず食べて」
「気に入らねえな……」
ベールが唸るように言えば、イービスが、やはりニコニコとした顔で言った。
「君が他人を気に入ることなんてあるのかい?」
「うるせぇよ、イービス」
「……君らはいつもこうなのか?」
俺が問うと、イービスは苦笑した。
「ええ、彼はいつもこうです」
「ちっ。……それで、アサルリィ大尉……あぁ、大帝国の人間じゃなかったっけか。あんたは、オレたちをこれからどうするつもりなんだ?」
当然の疑問をベールが口にして、エツィオーグたちも視線を向けた。今後のことを不安に思うのは無理もない。何せ、育てられていた大帝国から捨てられて再利用されようとしていたわけだから。
「別に。俺から君らに何かして欲しいことはないよ」
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