第853話、段取り、大きく狂う
大帝国本国東領にあるコス城は、魔法軍特殊開発団の研究施設のある軍事拠点だった。人の寄り付かない辺鄙な場所だが、飛行魔術師の研究と実戦のための試験、訓練を行っていた。
切り立った崖のあるコス山に建てられた城は、崖側に空中船用のプラットフォームと飛行魔術師たちのスティックライダーの発着場がある。反対側は高い城壁と拡張された研究施設と外壁があり、要塞砲やゴーレムが警護する強固な防備を誇っている。
しかし、外の警戒をいくら強化しようが、一度内部に潜入してしまえば関係ない。潜入することにかけて、特殊な道具なども特に必要ではないシェイプシフターたちが変幻自在に形を変えて侵入口を啓開。ポータルリングを使って、俺たち救出チームはコス城の内部に入り込んだ。
城を預かるティムパスタ大佐は帝国貴族で子爵だったが、潜入したシェイプシフター工作員によって排除され、その工作員が大佐に成りすましていた。
俺は、大帝国軍陸軍の軍服をまとい、スィ・アサルリィ大尉としてティムパスタ大佐=シェイプシフターに会った。
「ようこそ、大尉。問題発生です」
到着早々、ティムパスタ大佐になりすますSS工作員は報告した。
「まず一点、魔法軍特殊開発団から、エツィオーグ隊員を引き取る輸送艇が、もう一時間ほどでコス城に到着します」
エツィオーグを城に引き留めていたティムパスタ大佐だったが、魔法軍特殊開発団は痺れを切らして、迎えをよこしたということだろう。
「まあ、向こうから来てくれるなら利用するまでだ」
「はっ、それで問題がもう一点」
大佐は淡々と言った。
「拘束中のエツィオーグ隊員ですが、一部が反乱を起こしました」
「反乱!?」
俺に同行していたイービスが信じられないといった声を上げた。彼も帝国陸軍の軍服姿であり、ほかに変身したベルさん、エリサがいる。
「彼らの上官が、エツィオーグ隊員たちの処分を煽った結果、拘束に不満を抱いていた一部隊員が、上官らを殺害したのです」
うわぁ、何てことを……。段取りが滅茶苦茶になるじゃないか! 俺が絶句する一方、イービスは目を険しくさせていた。
「オスナ大尉かゴース中佐か……どちらにしろ、僕らにとって、あまり好ましくない人物でした」
「その両名は死亡と報告されております」
ティムパスタ大佐は、感情を感じさせない調子で告げた。
「現在、城の守備隊と交戦中。残念ながら双方に死傷者がでております」
・ ・ ・
ベール・エツィオーグは、元々短気な性格だった。
帝国魔法軍特殊開発団の軍人たちの『指導』で大人しく振る舞っているものの、仲間うちでは元来の荒っぽい口調で話し、それが時々上官らの前でも出ることがあった。
凶相の持ち主で十六歳。なおイービスをかなりライバル視していた。
そんな彼は、エツィオーグ隊の歴代の教育係を嫌っていた。教育士官のゴリラことオスナ大尉も、司令を務める女狐ゴース中佐も、当然の如く嫌い、また恨みを募らせていた。
『貴様らエツィオーグ隊の解散が決まった!』
屈強な体躯のオスナは命令書を読み上げた。その後ろでは、冷血ババア、ゴース中佐が不機嫌そうな目で、ベールたちエツィオーグを見ていた。
整列させられたエツィオーグ隊員は十八人。上は十六、下は十一。いずれも孤児か、親に捨てられた子供である。
『我々の指導を受けた貴様らは完璧な飛行魔術師となるはずだった……だが! 貴様らは、あろうことか全滅し、あまつさえ貴重な大帝国の資材、装備、そして資源を浪費した! このクズどもめッ!』
全滅したのはイービスと選抜された連中だろう――ベールは内心毒づいた。――そもそもお前らの指導ってのがヘボなんだよ……。
『貴様らは、本日をもって飛行魔術師の身分を剥奪! ただの実験素材に降格だ。よってぇ……拘束!』
その瞬間、装着を義務づけられている両手の腕輪が『命令』に反応して枷となった。本来は精神が未熟な魔術師が反逆した時の鎮圧装備であるが、それによって十八人の飛行魔術師たちは、魔法と腕を封じられた。
『役立たずどもめ! 貴様らに投じた金も時間も無駄になったわ! この愚か者どもが!』
言うや否や、オスナ大尉はツカツカをエツィオーグ隊員に歩み寄り、ベールの前に立つと問答無用で拳を振るった。ぶん殴られ、ベールは瞬時にカッとなった。
『……んだよ、しくじったのはイービスだろが……』
思わず声に出ていた。オスナは、それを聞き逃さなかった。
『そのイービスより下の貴様が言えた口か! イービスができないことが貴様にできるか、馬鹿め!』
蹴られた。倒れるベールに、もう一撃叩き込むオスナ。ゴース中佐が口を開いた。
『やめよ、オスナ。せっかくの実験素材だ。これ以上の無駄遣いは許されない』
『ハッ!』
オスナは姿勢を正した。ゴースは、ベールを見下ろす。
『生意気なクソガキめ。合成実験で惨めに泣き出すのを唯一の慰めにとっておくよ』
クソ野郎がァー! ――ベールは完全にキレた。
エツィオーグ隊員は別室にて待機となり、連れ出されるが、最後に残っていたベールは倒れるフリをして、オスナに抱きついた。彼が携帯していたダガーを抜くと、まず屈強な大尉の喉元を一撃で裂いた。そのまま素早くゴース中佐に飛びかかり、血のついたダガーをその顔に押しつけた。
『拘束を解けよ、クソババア。目をくり貫くぞ……!』
口答えしたゴースを殴り、再度脅迫したベールは拘束を解かれた。直後、憎い上官の胸にダガーをぶち込んで、その命を奪った。助けるとは言っていなかったのだ。
そして彼の、脱走が始まる。警備兵を殺害し、仲間のエツィオーグらを助けながら。
・ ・ ・
そしてベールたち、エツィオーグたちはコス城の地下施設から城内へと移動していた。
目的地は、スティックライダー格納庫。空に出てしまえば、高い城壁など関係ないし、追っ手もおそらくつかない。
だが城の守備兵が、エツィオーグの少年少女たちの前に立ち塞がる。
「どけよ、クソが!」
専用のファイアロッドから、火の玉が放たれる。守備兵は大盾で壁を作り、魔法を防ぐ。思わず舌打ちするベール。すると、赤い髪をポニーテールにした少女魔術師が前に出た。
「あたしがやる! 風よ、岩を削り吹き飛ばせ! ソニックブラストッ!」
風系上位の衝撃波が兵士たちの盾に直撃し、その強い衝撃に体勢を崩した。
「ナイス!」
ベール、そして同じく前衛のエツィオーグの少年が飛び出し、盾の隙間からねじ込むように突っ込むと、手にした剣や杖で守備兵らを倒す。正面を制圧するのに、約一分ほど。兵士の返り血を手で拭い、ベールは荒ぶる呼吸を整える。
「手間取らせやがって……。格納庫まであと少しだ。行くぞ、お前ら!」
仲間たちを先導する。だがすでに何人かが傷を負い、年少の子らが半泣きで精神的にいっぱいいっぱいといった状態だ。ぐずぐずしている余裕はないのに、そのペースは残念ながら上がらない。
「ほら、お前ら! モタモタしてっと、退路塞がれちまうぞ!」
「ベール、そんな怒鳴ったってしょうがないでしょ!?」
赤毛の少女――リェートが噛みつくように吠えた。ベールは不機嫌な顔になる。
「んなこと言ってもよォ……」
「ベール、敵だ!」
格納庫のある方向に新手の帝国兵の一団がいた。どうやら待ち伏せされていたようである。ベールは構えつつ、悪態がこぼれた。
「だから、言っただろうが……」
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