第852話、マッチポンプ作戦


 シーパング国とウーラムゴリサ王国の会談の再開。詳細を詰めつつ、俺はクレマユー大侯爵に、娘エリーを、シーパング国との連絡員に指名した。


 クロワドゥ大公は、休憩時間に訪ねてくれたエリザベート嬢を大変気に入った。息子の嫁にしたいくらいだ、とそれとなく縁談を匂わせてみた上で。


 大公の息子に嫁ぐのなら、大侯爵様にとっても悪い話ではあるまい。貴族の婚約は自分の家と釣り合うか、ひとつ上あたりの階級が望ましいとされるが、娘を有力者に嫁がせたい貴族パパさんには、候補にいれるだけの価値はあるだろう話だ。


 表向きは、シーパング国の外交団に随行して、連合各国との会談や調整などで助言してもらう相談役みたいなもの、と説明しておいた。


 大侯爵は即答は避けた。だが交渉の窓口は必要なことはわかっているから、色よい返事をくれるだろう。……そして事実そうなった。会談の後、控え室に忍び込んでいたSS諜報員によると、大侯爵は大変ウキウキしていらっしゃったそうだ。


 最近、エリーが縁談をことごとく蹴り飛ばし、娘が行き遅れになりつつあること、それを囁かれるのを面白く思っていないから、渡りに船だったようだ。


 とりあえず、これでエリーが連合国内を移動しても、シーパング国の要請だとかでっち上げやすくなった。こちらから随行員を付けやすくなったし、手助けしやすくもなった。


 会談後、会食に誘われたが、俺たちは多忙ゆえにお暇した。ウーラムゴリサ王国と正式な同盟締結はまだだが、他の連合国にも話をつけないといけないし、本国への報告もある。そう言ったら、クレマユー大侯爵も、早々に王に奏上しますと答えた。


 大帝国の東方方面軍の主力が壊滅したとはいえ、その脅威が完全に去ったわけではない。時間は有限なのだ。

 艦隊に戻り、ポータルでヴェリラルド王国へ戻る。

 アリエス浮遊島に赴けば、新生シャドウ・フリートの艦艇が全艦、ロールアウトしていた。


 大きな損傷を受け修理、それと並行して大改装された高速クルーザー『キアルヴァル』改――そのバージョン2だから改二か。艦隊旗艦が戦列に復帰。Ⅱ型ヘビークルーザー二隻、Ⅰ型ライトクルーザー三隻、Ⅰ型改軽空母三隻、Ⅰ型改強襲揚陸艦三隻、Ⅰ型コルベット改二型八隻、合計二十隻が、一堂に会した。


 これで大帝国本国周辺での作戦行動が再び可能となったわけだ。……機械文明の超建造技術様々である。


 キアルヴァル改二を除く全艦は、外観は帝国式だが、内部は廉価兵器製造計画で使われたウィリディス式艦艇となっている。キアルヴァル以外に鹵獲艦は、新艦隊には存在しない。



  ・  ・  ・



 俺とベルさんは、新生シャドウ・フリートを外から眺めたのち、アリエス浮遊島基地の作戦室へと足を運んだ。道中、SS諜報部から寄越された、とある情報の件である。


 擬人化したディアマンテ他、シェイプシフター杖にして魔女に擬人化するスフェラ、アーリィー、エリサ、そしてエツィオーグのイービスがいた。


「さて、ここに集まってもらった理由は、他でもない。イービス君の同僚であるエツィオーグ、飛行魔術師らの解放作戦についてである」


 俺は、一同を見渡した。同僚の救出にも関わらず、イービスはとくに表情を変えることはなかった。冷静、というか、もうちょっと子供らしい反応をしてもいいと思うよ。


「当初、俺はエツィオーグの少年少女を傷つけることなく、大帝国から切り離すため、SS諜報部を使ってある計画を立てた」


 ズバリ、『マッチポンプ作戦』。


 東方方面軍で、唯一ファントム・アンガー艦隊に損害を与えた優秀な部隊である飛行魔術師たちだが、帝国魔法軍が期待したほどの戦果を上げたとは言いがたく、また損害も大きいため、部隊は解隊する――という偽の命令書を発行したのである。


「戦果を上げたのに解隊なんだ……」


 アーリィーが複雑な表情を浮かべる。俺はイービスへ視線を向けた。


「損害も大きいからね。もう施設に残っているのは飛行魔術師は半分以下なんだろう?」

「はい。今回の出撃で、僕以外全滅しましたから」

「……」


 アーリィーは目を伏せる。戦いとはいえ、そのエツィオーグたちを撃墜したのは、アーリィーの指揮する航空隊だったからだろう。


「改造処置を施した飛行魔術師の育成には時間がかかる。イービス君、君は施設で何年訓練された?」

「十二、三年くらいですね」


 さらりと言ってのけるイービス。だが彼の年齢が十七であることを考えると、気が滅入る話である。子供の頃に誘拐だったり、親に売られたりして改造兵士とされたのが、エツィオーグたちの主な生い立ちである。


「飛行魔術師の改造とか、試験が繰り返されていたので、今ならもっと育成時間は短くなると思いますが」

「うん。そういうわけで、育成に時間が掛かるエツィオーグ計画は縮小される。一応研究は続くが、部隊は解散……と、SS諜報部に嘘をつかせたわけだ」

「それで大帝国の奴らを騙せるのか?」


 ベルさんが疑問を挟んだ。俺は頷いた。


「それっぽい理由もでっち上げてある。先の会戦で、大帝国は空母と戦闘機、あと誘導式爆弾槍を組み合わせて使った。今後、戦闘機が増産されれば、飛行魔術師は不要になる」

「……確かに」


 アーリィーが「なるほど」と目を見開いた。


「魔術師でなくても、空で戦えるならそっちのほうが数を揃えやすいよね」

「そして嘘の命令書とはいえ、エツィオーグは解散――そこを俺たちが帝国軍の将校に成りすまして潜入、別の場所へ移送する……という手はずだったんだ」


 自作自演。こちらで用済みにさせておいて、それを何食わぬ顔で回収する。まさにマッチポンプ。


「だった……?」


 アーリィーは、俺の物言いに反応した。気づいてくれてどうも。


「そう、当初の予定ではそうだったんだけど、ここで予想外の事態が起きた。……スフェラ」

「大帝国魔法軍特殊開発団が、正式に飛行魔術師計画を見直しを行い、部隊の解隊命令が発行されました」

「つまり……?」

「帝国さんは、俺たちと同じことを考えていたってこと」


 俺は腕を組んで首を横に振った。嘘から出たまこと。金と時間を秤にかけ、飛行魔術師から、戦闘機とミサイルウェポンに乗り換えたということだ。


「いや、もっとたちが悪い。残っているエツィオーグたちを別計画の素材にする決定をして、現在、拘束中」

「え、拘束されているんですか!? 何で!」


 イービスが驚き、エリサが口を開いた。


「別計画の素材って?」

「キメラウェポン。連中は上位の素材で、人体合成をしたいようだ」


 さっと、室内の温度が下がったように感じた。キメラウェポン計画の犠牲者でもあるエリサは険しい顔。アーリィーも不快感を露わにしている。


「本来は、即刻、施設から別施設へ移されるところだったのだが、今のところ施設で足止めしている」

「マッチポンプ作戦で潜入したSS工作員が基地司令と入れ替わっております。その権限で時間を稼いでいる状況です」


 スフェラが説明した。俺は肩をすくめる。


「もっとも命令書が発行されている以上、引き留めにも限界がある。よって、俺たちは早急に施設に乗り込み、手早くエツィオーグたちを救出する必要がある」


 俺は救出作戦の段取りを説明する。今回は荒事はなし。流血沙汰を避け、嘘はったりで救出作戦を実行する。

 まあ、どこかでヘマをすれば、結局はドンパチ不可避なんだけどね。

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