第855話、イーリャン秘密研究所・攻撃作戦


 エツィオーグたちを保護した俺にとって、何かメリットがあるのかと言われたら、敵対しないことしかなかった。

 何せ、うちのファントム・アンガーに一番、損害を与えてくれた存在だからね。ただ、彼らを味方に引き入れようという気持ちはなかった。


「嘘だ!」


 ベールは顔をしかめた。


「あんたも、オレたちを利用しようとしているんだろう? 大帝国の飛行魔術師だ。そこらの魔術師より強いんだ。それで、帝国と戦わせようって、そういう魂胆なんだろう?」

「……実にもっともらしい話だね」


 俺は首を横に振った。


「たが、うちは志願者しか受け付けてないから、戦う意思がない人間に強制はしないよ」


 というより、生身の人間が加わって、それで戦死されたりすると、こっちが辛くなるから、できるなら入らないでください。


 意思は尊重するから、志願者は受け入れているけどね。だが近衛隊やダークエルフ志願兵にも戦死者は出ている。艦船系に死者は出ていないが、戦闘機や魔人機パイロットなどでちまちまとね……。


 少年少女たちはざわめいた。ま、これまで戦うために育てられて、それ以外の道と言われてもピンとこないだろうから、再教育というかリハビリは必要だろう。


 イービス君も、今回、同僚の救出ということで付き合ってもらったけど、今度どうするかはまだ話し合ってない。


「今後のことは後ほど話し合って、ゆっくり決めていこう。慌てなくても、当面はこちらで食事や住む場所を提供する」

「信じろって言うのか……?」


 まだ疑うような目のベール。簡単に信用できないのは仕方がない。イービスが「信じるしかないと思うよ」と案外そっけなく言った。


「それじゃ、俺は別件があるから退出させてもらうよ。後はエリサ先生と話してくれ」


 という感じで、エリサにお任せする。このために彼女にはご同伴願ったからね。緑髪の美女が現れると、一同がハッと息を呑んだ。あのベールでさえ、頬が赤くなっているのを見逃さず、いや見逃してやった。


 俺は輸送艇のコクピットへ移動。SSパイロットにアリエス浮遊島へのコースを指示し、俺は、ポータルリングで次の場所へと移動した。

 そこは軍艦の中。シャドウ・フリート旗艦『キアルヴァル』の艦橋だった。



  ・  ・  ・



「閣下」


 シップコアのエスメラルダが俺を迎えた。ショートカットの緑髪の女性軍人に擬人化している彼女は戦況図へと視線を向けた。


「魔法軍のクルーザーがジャハダ渓谷へ侵入。間もなくイーリャンの秘密研究所に到着すると思われます」

「うん。……潜入隊からの報告は?」

「艦内の制圧は完了しました。艦名は『トリィウー』。このまま、イーリャンの空中艦ドックへ入港します」


 大いに結構。

 さて、これに至る顛末を少し解説しておこう。


 俺たちがコス城に到着した際、ベールらエツィオーグ隊員が反乱を起こしていた。彼らは格納庫を目指していたが、このまま放置して逃走させても、大帝国が必ず追討に出てくるのがわかっていた。


 だから、格納庫の手前で待ち構え、スタン弾を使って麻痺させ、無力化ののち保護。SS工作員の化けるティムパスタ大佐の援護のもと、コス城よりエツィオーグたちを避難させた。


 そしてやってきた魔法軍特殊開発団の……えーと、ヴィスリィー大佐だったか。彼には、エツィオーグの少年少女たちに化けたSS工作員を引き渡し、彼らの言う秘密研究所までご案内していただくことにした。


 ……まあ、その化けたSS工作員が、輸送艇を収容した帝国クルーザーで本性を表し、乗員たちを始末して、艦を乗っ取ったんだけどね。


 後は、その秘密研究所の場所を突き止めたのち、研究所を破壊。シャドウ・フリートは魔法軍特殊開発団の拠点を潰すことができ、なおかつエツィオーグたちも死亡したように演出し、無事追っ手を出させずに済むというわけだ。……全部うまくいけば、だが。


「閣下、潜入隊から、イーリャン研究所の内部図が送られてきました」

「早いな」


 送信されてきた情報を、エスメラルダがモニターに表示する。


 渓谷の底に実験場を伴った施設がある。外壁に囲まれた敷地内には宮殿のような建物と、無数の真四角の工場じみた建造物が並んでいる。さらに空中艦用のドックが表に二つ。一つが渓谷に入り込んでいて、そこにも地下に研究施設があるようだった。

 渓谷の底、地表に出ている部分は、艦砲射撃や空爆が可能だが、地下への攻撃は困難だ。直接制圧部隊を送り込まないといけないな。


「『トリィウー』は渓谷の地下ドックへ入港すると報告がありました。エツィオーグ隊員を地下研究所へ連れて行くためのようです」


 それと――エスメラルダは付け加えた。


「増設された対空用の魔法砲が配置されていると報告です」


 マップ上に三つ赤い点を表示される。シャドウ・フリートの襲撃に備えて、だろうな。まあ、位置さえわかれば叩くのも難しくない。


「では、航空隊を出して地上施設を攻撃しよう。地上を叩いたのち、揚陸艦から制圧部隊の増援を送る」

「承知しました、閣下」


 戦闘配置を告げる警報が艦内に響いた。

 夕闇が迫る。シャドウ・フリート、二十隻は警戒隊形で高高度を飛行している。


 そのうち、三隻の軽空母で動きが慌ただしくなった。

 Ⅰ型クルーザーの船体をベースにしたこの空母は、シルエットこそ、輸送艦改造軽空母に酷似している。

 しかしベースとなったⅠ型クルーザーが元より全長百五十メートルあり、無理やり船体を延長した輸送艦ベースよりも若干大きい。


 また格納庫や航空機用爆弾庫、飛行甲板などの航空艤装を除けば、大部分でⅠ型クルーザーと共通した船体構造のため、生産性とメンテのし易さが向上している。


 シャドウ・フリートの軽空母『セイバー』『トレイター』『ファナティック』は、ただちに攻撃隊の発艦作業を開始。


 漆黒塗装のストームダガー戦闘機、タロン艦上爆撃機が格納庫の側面ゲートから飛び立てば、ゴースト戦闘攻撃機と、強化爆撃ユニットを装備したイールⅡB攻撃機(ファントム・アンガーのイールⅡと追加装備がまた異なる)が飛行甲板から浮遊発艦を始める。


 今回は、三隻の軽空母から百八機を飛ばすが、各空母、各種最大に積んで四十八機、計百四十四機の運用が可能である。


「攻撃隊、発艦完了しました」


 エスメラルダの報告に、俺はキャプテンシートについて頷いた。


 さて、攻撃隊が地表を攻撃し、後は、潜入隊が地下施設を制圧すれば、今回の作戦を終了だ。

 うまくやってくれよ、ベルさん。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

○新生シャドウ・フリート艦艇表


旗艦:高速巡洋艦『キアルヴァル』


Ⅰ型クルーザー:『ペルセ』『エヴァシオン』『アリアンス』

Ⅱ型クルーザー:『クレル』『ピアージュ』


Ⅰ型改軽空母:『セイバー』『トレイター』『ファナティック』

Ⅰ型改強襲揚陸艦:『トライアンフ』『コロッサス』『ハーミズ』


Ⅰ型コルベット改:『長月』『神無月』『霜月』『雪月』『満月』『大月』『雨月』『清月』

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