第847話、俺氏、イービス少年を面接する
アリエス浮遊島軍港。
俺は、連合国からヴェリラルド王国に戻っていた。連合国にはファントム・アンガー艦隊と連合国提供艦隊が残り、警戒待機中。増援兵力として参加した青の艦隊、新生シャドウ・フリート艦艇は、俺と共にアリエス軍港に来ている。
俺は、エツィオーグの一人、改造飛行魔術師であるイービスと直接、話をした。……通商破壊型フリゲート『高波』の通報と、イービスが語ったエツィオーグに関する情報をもとに、今度どう対処するか結論を出すためだ。
「君が大帝国に戻る気がない、と言うのであれば、俺の権限で君の身柄を預かる。仕事や住むところを用意しよう」
「はい、よろしくお願いいたします」
イービスは、ずいぶんと礼儀正しい少年だった。歳もそうだが、高校生を相手にしているような気分になる。
「ここの食事はうまかったか?」
「はい、とても。あの素晴らしい食べ物を知ってしまったら、もう大帝国に戻る気にはなれません」
自嘲込みではにかむイービス少年。……こいつ、割とイケメンのイケボイスなんだよな。
「そうか。君は、エツィオーグとその基地について、よく話してくれているようだね」
彼からとった調書を俺は眺める。担当したエリサの腕がいいのか、イービスが全面協力してくれたのか。……その両方か。
「裏切り行為……本当ならしてはいけないことなのですが」
イービスは真面目な顔になる。
「それだけ僕が本気であることを、わかってほしくて」
「うん。……当然ながら、君があまりに簡単に話すのは、こちらに嘘の情報をつかませて、罠にかけようとしているのではないか、という意見もあった」
「そんな……! いえ、そうですね。そう思われてもおかしくないと思います」
ずいぶん理性的な少年だな。手のかからなさそうなところは、さぞ大人からの評判はよかっただろうと思う。
「あなたも、僕を疑っていらっしゃるのでしょうか?」
「全面的に信用している、と言えば嘘になる。まあ、それは君が大帝国兵だから、というわけではないのだが。さすがにひと目見ただけで相手を信頼する人間なんて、そうそういないだろう」
「そうですね」
イービスは認めた。そう、彼だって、初対面の俺をどこまで信用しているというのか。
「信用、信頼というのは、積み重ねて勝ち取るものだ。信用されたければ、そう振る舞えばいい。俺の言っている意味はわかるな?」
「はい」
エツィオーグの少年は緊張の面持ちのまま頷いた。
「結構。我々は君たちエツィオーグ飛行隊によって、空母を失っている。……ああ、誤解しないでほしいが、その件で君をどうこうするつもりはない。戦場でのことだ、やるやられる、殺す殺されるのは、お互い様だ」
もっとも、うちはゴーレムとシェイプシフターがやられただけで、人間の死者は、こと先日の会戦ではゼロだ。
「……君のお仲間は君を残して全滅したわけだが、そのことで恨みの言葉のひとつもあるか?」
「何も感じていないといえば嘘になります」
イービスは視線を下げた。
「同僚でしたし、面倒をみたことも多々あります。ただ、僕らは遅かれ早かれ死ぬと思っていて――」
ふっとイービスの言葉が途切れる。その目はかすかに潤んでいた。
「これまでも何人も死んでいて……おかしな気分です。僕以外、一緒に飛んだ者が全員戦死したのに、悲しくないっていうか」
上手く話せない、とイービスはまたも自嘲した。
この少年も、死を見続けてきたのだな、きっと。だから感覚が麻痺しているのかもしれない。自分の心を守るために、死というものに対して鈍感になってしまったのだ。
「思い出すと、寂しくなる。だがそうでない時は、案外平気でいる」
「……! そうです、たぶん、そんな感覚だと思います」
「なら、君も俺と同じだな」
多くの死を見続け、戦場で敵対する者を葬ってきた。親しい者の死はつらいし、泣くこともある。だがそうでもない人間の死に対して、同情したりしても深く悲しむことはない。
彼もその感覚だと言うのなら、エツィオーグの仲間たちは、心から親しかったわけではないのだろう。
これまで何人も死んでいて、とイービスは言った。おそらく、無意識のうちに周りと距離をとっていたのだ。仲間の死で傷つかないように、悲しまないようにするために。
「話が脱線したな。俺は、君たちエツィオーグを育てた基地、施設を攻撃するつもりだ。大帝国との戦争において、敵対すると厄介な存在だからね」
「……」
イービスの緊張が高まるのを感じた。当然だ。これまでいた場所を攻撃とは、同じ施設で育った仲間たちを倒す、と宣言したわけだから。
「ただ、君のように、大帝国によって兵器として育てられて、大義もなく自分の意思もなく戦わされている者たちを問答無用で殺すというのは、正直趣味ではない」
それはキメラウェポンで作り替えられてしまった人間を、化け物の身体を持つから殺す、と言っているのと同義だ。
「どうだろうか、イービス君。戦わずに済むのなら、それにこしたことはない。大帝国から離脱するように話したら、施設から抜ける子たちはいるだろうか?」
「……いると思います」
イービスは考え込む。
「飛行魔術師……僕らエツィオーグの名前を与えられた者たちの大半は、大帝国の大人たちの命令に従うことが第一で育てられました。ですから上官の言ったことが絶対であり、相手が誰だろうと、組織がどうだろうと関係ありません」
「うん?」
ちょっと意図している答えと違う気がするが、つまり――
「上官が『大帝国から離脱しろ』と命令したら、全員従うと?」
「はい」
なるほど、主義主張など存在しない。エツィオーグの魔術師たちは道具、ということか。説得のつもりが、命令で解決してしまうかもしれないとか、歪んでいるな本当。こういうのも洗脳っていうんだろうかね。
しかし困ったな、これは。命令ひとつで助かる助からないなんて極端だと、嘘でもいいから彼らを解放して、流血回避もできなくないわけで……。
「イービス君、基地にいる君の同僚たちを全員助けたら、君は嬉しいか?」
俺自身、変な質問をしていると自覚はある。そのイービスは、しばし口をあけて呆けたように黙り込む。数秒のち、彼は答えた。
「よくわからないのですが、死なせてしまうよりは助かるほうがいいかと思います」
少なくとも、友達意識はゼロのようだ。真っ先に助けたい子がいる! とかでない時点で何とも微妙な返答ではあるが、ある意味もっともな回答とも言える。
「わかった。その方向で考えよう」
最大の目的は、大帝国から飛行魔術師という戦力を取り除くことであるわけだから、やるだけやってみるのが正解であろう。
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