第846話、翼たちの船


 ファントム・アンガー艦隊と連合国提供艦隊は合流した。

 俺は、空母機動部隊の旗艦『レントゥス』で、アーリィーと会った。


「空母を一隻失った」


 アーリィーは眉間にしわが寄っていた。エツィオーグ――大帝国の飛行魔術師部隊によって、軽空母を一隻喪失した。それを悔やんでいるのだろう。


「一隻で済んでよかった」


 失った艦は、また作ればいい。人員は失わなかったからな。


「むしろよくやってくれた。大帝国は空中艦隊の主力をことごとく失った」


 ダスカ氏の突撃隊と共同で、帝国の第一、第二艦隊をほぼ全滅させた。空母機動部隊は、地上の魔獣群の爆撃でも大きな働きを見せ、今回の作戦で大車輪の活躍だったと言える。


 ダスカ氏率いる突撃隊は、撃沈された艦こそないが、損傷した艦が複数出た。もっとも、こちらは修理すればいいだけで、戦線離脱期間は最低限で済む。

 艦載機も、大帝国の戦闘機や飛行魔術師との交戦で撃墜された機体もあったが、スルペルサ空域航空戦に比べれば、喪失した機体は少なかった。


 地上戦も、AS、パワードスーツの損害は最低限。それも空爆とアウトレンジの組み合わせが噛み合った結果であり、総合的にみても圧倒的な勝利だったと言える。


「残る問題は、そのエツィオーグたちが飛び立った基地ないし母艦だが――」

「収容した少年の証言によると、古代魔法文明時代の飛行する船らしいよ」


 アーリィーは、エメラルドから紙を受け取り、それを俺に手渡した。紙に描かれていたのは、飛行魔術師たちが飛び立った母艦のスケッチ。……へぇ、未来的な宇宙船のようであり、巨大な飛行機のようにも見える。

 なるほど、古代文明時代の遺産ということか。


「少年――イービスって言うんだけど、彼が言うにはスティックライダーを四十台ほど積めるんだって。魔術師式の光線砲が二門、ただし船の武装はそれだけらしい」


 アーリィーは秘書のように控えるエメラルドに合図する。


「彼の情報に従って、偵察機を出したけど、すでに撤退したみたいで、存在を確認できなかった」

「見るからに速そうな外見だもんな」


 戦域マップがスクリーンに表示される。俺はそれを眺め、しかし収穫がなかったので、視線を戻した。


「それで、イービスと言ったか。その飛行魔術師はどんな様子だ? 情報は得られそうか?」

「エリサが尋問した。というより今もやってる。ずいぶんと懐かれたみたいだよ」


 意味深に笑みをこぼすアーリィー。俺もつられて唇の端を歪める。


「彼女の魅了には逆らえない、か」

「彼も、キメラウェポン同様、兵器にさせられた口みたいだよ。詳しくは聞いていないけど、もう大帝国に戻る気はないみたい」

「きっかけがあれば、寝返らせることも難しくない、か」

「そうみたい。こっちへ移りたがってる。今、彼らの母艦がどこへ戻るのか、飛行魔術師たちの拠点の場所とか聞き出してるよ」

「飛行魔術師は、現状、強力な戦力だ」


 ファントム・アンガー艦隊が被った被害――空母一隻沈没、一隻中破は、その魔術師からの攻撃だ。


「今後の大帝国戦のためにも、その拠点は潰しておきたい」

「親なしの少年少女を改造して魔術師にしてる」


 アーリィーの目が曇る。


「キメラウェポンの犠牲者同様、助けられないかな……」

「聞き分けのいい子たちなら」


 同情の余地はある。だが、あまりに大帝国の思想に染まっていたり、破壊を楽しむような狂った者ならば無理だろう。他の帝国兵は容赦なく撃っている俺である。向かってくるなら子供といえど撃つ。

 ただ無理矢理、戦わせられたり、改造させられた犠牲者は、救えるものなら救ってやりたいとは思っている。単なる偽善だろうけど。


「連合国との本格交渉にもまだ時間がある。逃げたエツィオーグの母艦を追って、その問題を早々に解決しよう」

「母艦を捕捉できればよかったんだけど」


 アーリィーがマップを見下ろせば、俺は地図上の連合国からディグラートル大帝国までのルートをいくつか指した。


「通商破壊型フリゲートを配置している。これらのどれかに引っかかるかもしれない」

「行きは引っかからなかったよね?」

「スルペルサ空域航空戦の時にも、こっちに来ていたんだろう。フリゲートが配置につく前に通ったからかも」

「今回は引っかかる?」

「収容台数からみて、連れてきた飛行魔術師のほとんどを失ったと思う。それなら基地に戻ると思うね」


 艦載機のない母艦など、前線にいる意味などあまりないから。



  ・  ・  ・



 通商破壊――いわゆる物資や人材を乗せた船舶を攻撃することである。基本的に、敵陣営の商売や補給の邪魔をして届かないようにする。


 俺のいた世界だと、周りを海に囲まれた国家、大英帝国とか日本が、敵国潜水艦などによって通商破壊をくらって痛い目にあった。


 大陸東部や西部に戦線を延ばし、従来通りの地上を行くルートのほか、海運や空中艦を用いた空中輸送などを行う大帝国軍。

 これに対して、俺たちウィリディス軍は、その補給線の妨害を行っていた。


 空中艦を鹵獲していた頃は、小規模な艦隊を編成して海賊よろしく襲いかかったのだが、今はゴーレム・エスコートの拡大型である無人のフリゲートを戦線に投入していた。


 ゴーレム・エスコートを配備した頃より、ちまちま作り、とくに大きな戦いに投じることもなく、そっと放流するが如く通商破壊型フリゲートを送り出す。


 現在、大帝国の空に、偵察も兼ねて十六隻のゴーレム・フリゲートが作戦活動中。


 これら通商破壊型フリゲートは、全長75メートル。魔力式迷彩装置を備え、姿を隠して敵国領空に潜入。観測装置による偵察、通信、ならびに敵輸送艦や単独行動艦に対して奇襲攻撃を行う。


 端的にいえば、空を飛ぶ潜水艦のようなものと考えてもらえばわかりやすい。


 ちなみに、フリゲートとは、時代や国によって大きさや役割が異なる軍艦であり、一言では言いにくいのだが、哨戒や護衛などを行う巡洋艦の仲間みたいなものというのがもっぱらと言える。……間違っても潜水艦ではない。


 武装は10センチ単装プラズマ砲を三門。ミサイル発射管を艦首に二門、艦尾に二門の計四門を装備する。


 いま稼働中のⅠ型――通称『磯波イソナミ』型16隻に加え、製造魔力のコストを抑えたⅡ型(朝潮アサシオ型)を準備しつつあった。


 俺は大帝国領内を哨戒している通商破壊型フリゲート群に、エツィオーグ母艦に関する情報を送信、発見したら通報すると共に、その拠点の割り出しを指令した。


 その二日後、通商破壊型フリゲート七番艦『高波タカナミ』が、識別記録のない空中艦発見を通報。エツィオーグ母艦、その姿を捉えた。

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