第844話、エリザベート・クレマユーの決意
連合国が俺を裏切った。それは連合国の出身で、俺を英雄として慕っていたエリザベート・クレマユーにはショックだったようだ。
「本当に……本当に連合国はジン様を……。何かの間違いでは?」
「ルード・ベザーは知っているね? 彼が嘘をつける性格だと思う?」
ウーラムゴリサ王国の騎士。大帝国への反攻作戦から、俺の部隊に派遣されてきた男で、四十代。いかつい顔に、クソがつくほどの生真面目な人物で、とにかく命令には忠実。ちょっと人手が必要な雑用任務も、彼なら安心して任せることができた。
人間関係は悪くなかった。仕事ぶりで語るなら、部下にいてほしいタイプだ。
そんな彼は、連合国の密命で、俺の暗殺を命じられた。だがルードは、国からの命令よりも俺の命を選んだ。……少なくとも、俺のこれまでの連合国への貢献を彼は評価してくれていたのだろう。
堅物のルードが涙を流し、俺に暗殺を密告した。葛藤もあったはずだ。それでも俺を裏切ることができなかった。そのルードの愚直なまでの誠実さに、俺は裏切られた衝撃よりも、彼への同情心が勝ってしまった。
ある意味、連合国は彼によって救われた、とも言える。俺が復讐の鬼にならなくて済んだわけだから。……まあ、直接手にかけてはいないが、復讐自体は俺は完全に捨ててはいないけどね。
回りくどい手を使って連合国を利用しようとしているのも、その復讐のひとつでもあるのだから。
「……誰が」
ぽつり、とエリーは口を開いた。
「連合国の誰が、ジン様を排除しようなどと――」
「上層部の会議で決まったらしいから、連合国の代表を務める上級貴族だろうね。ルード・ベザーは直接名は出さなかったけど」
「では、今からルードを尋問して――」
言いかけるエリー。俺は片手をあげて制した。
「残念ながら、ルード・ベザーは、もうこの世にいない」
連合国に背を向け、関わらないつもりだった俺は彼から首謀者を聞かなかった。またこうして関わるとわかっていたら、聞き出していたのだが。
ルードは連合国に戻った後、辺境に左遷され、ダスカ氏と会った二日後に死んだ。ダスカ氏いわく、英雄の死の真相を知る者たちが事故に見せかけてルードを殺したのでは、と言っていた。
「お父様が関わっている……と」
エリーは唇を噛んだ。
クレマユー大侯爵は、ルード・ベザーの上司でもあり、エリー自身、騎士である彼と面識があった。
それどころか、彼女はルード本人に『命にかえてもジン様をお守りしなさい』と告げていたのを、俺は思い出した。……ひょっとして、彼は律儀にその命令を守ったのではないか。
「連合国の当時の上層部にいた人間、複数がこの件に関与している」
俺は、感情を込めず事実を告げる。
「誰が関係していたか、それを調べさせている」
連合国に潜入しているSS諜報部は、その全容を調査中。クレマユー大侯爵のほか、ウーラムゴリサ王国の王族、ほか連合国首脳陣の数名が関与しているのはわかっている。
「お父様が関わっているのですね?」
エリーの目は鋭く、口調もまた固かった。
「信じたくないだろうが……」
「いいえ、ジン様。信じます。あの父は、あなた様が亡くなったと聞いた時、嘆くふりをして私に婚約話を持ってきた……」
ギリッ、と歯を噛みしめるエリー。憎悪、激しい怒りがその目に渦巻く。
「違和感の正体がわかりました。あの男は、同情するふりをして喜んでいたのです。……許せない!」
ジン様、とエリーは頭を下げた。
「あの男がしたこと、連合国のしたこと……あなた様のお怒りはごもっとも。私は、あなた様を裏切った連合になどいたくもありません。ですが、あの男のしたこと、そのケジメは必要だと考えます」
「……」
君が思い詰めることはない。エリーは悪くない――俺はそれを口に出せなかった。それだけ彼女の本気の圧に押されたのだ。
「この件、私も調査いたします。真相を暴き、連合国を裏切り、多くの血を流させた者たちに裁きを下さねばなりません」
多くの血、と聞いて、俺の胸の奥がある感情が渦巻いた。
後ろめたさ――俺は聖人ではなく、すでに復讐と称して、連合国に血を流させている。そして今後、それも増える。さらに生贄を戦場に投じさせようとしている。
「裏切りがなければ、戦争は終わっていました。いまなお連合の民が犠牲になることもなく、大帝国による支配もなかった……」
一面の真実ではある。
「ジン様、必ず真相を白日の下にさらし、あなた様のご無念を晴らしてみせます。その後で、あなた様のお怒りが鎮まらないのであれば、どうぞ私を好きにしてくださいませ」
……この娘と話していると自分が神様にでもなったような錯覚をおぼえる。
「いや、真相を公表する必要はない」
俺は、ジン・アミウールはすでに死んでいる扱いだ。いまさら裏切りが明らかになったとはいえ、大手をふって連合国に戻るつもりはない。
それに、真実が明らかになったら、その怒りの矛先は当然、裏切った連合国の首脳陣に集まる。裏切った代償なのだが、それで当人たちの家族、身内にも危害が及ぶ可能性は高い。
つまり、俺を慕い、何とかしようと考えるエリーもまた、裏切り者の娘だからという理由だけで裁かれる可能性があるということだ。一族すべてが巻き込まれて処罰、というのは俺は昔から反対だ。
まあそれは前の世界で親族とほとんど関わりを持たなかった俺個人の考えでもあるけどね。何か犯罪を犯したら、その血縁関係者すべて悪、裁けみたいな見方をする奴が俺は大嫌いだ。
「ケジメは必要だ。だが大帝国と戦争をしている今、それを明るみに出して内部分裂を起こすわけにもいかない。それに――」
俺はそっと、エリーの頬に手を当てた。
「連合国の首脳陣が関わっている事件だ。下手に手を出すと、君の身も危ない。連中は真相が明らかになるのを恐れている。いくら大侯爵の娘であっても、命を狙われるかもしれない」
「私の身など……あなた様に比べたら何でもありません」
エリーは悲しげに瞳を閉じながら、俺の手にそっと自身の手を重ねた。
「あなた様のお役に立ちたいのです。どうか」
彼女の決意は固い。……うん、俺は女性の意思は尊重したい主義だ。
「わかった。君がしたいようにすればいい。でも、無理は駄目だよ」
「はい……!」
エリーは目を開けると、優しく微笑んだ。それは安堵だったのか。俺が認めたからなのか。
「今後は、もっと連絡を取り合おう」
ただ、調べようとする彼女の身に危険が及ぶ可能性はある。シェイプシフター兵を付けて警護や調査の手伝いをさせよう。
「必ずや、あなた様のご期待に応えます。……それと、できれば……いえ、何でもありません」
「……?」
何だ? 促してみたが、彼女は小さく首を横に振るだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます