第825話、リヴィエル王国


「同盟、ですか……」


 俺はエマン王の言葉を反芻はんすうする。ウィリディス白亜屋敷。大帝国関係は基本、俺が進めているため、頻繁ひんぱんに会食やらの時間を使って話し合ってきたが、今回は、王のほうから話を振られた。


「リヴィエル王国。我が国西部、エール川を挟んだ隣国だな」


 机の上に両肘をつき、エマン王は眉をひそめた。


「その王、パッセが、同盟を持ちかけてきた。親書によれば、増大するディグラートル大帝国の脅威に対抗するため、とあった」

「だいぶ今さら感がありますね」


 本当なら、去年のシェーヴィル王国が大帝国によって陥落させられた時点で、周辺国で集まって共同で当たらねば危ないと、脅威を感じていなければならないところだ。

 もっとも、それがなされなかった理由については見当がついている。大帝国が西方諸国に密かに干渉し、同盟どころではなかったからだ。


 いわゆる内紛。王家の後継者問題や、種族間の対立、反乱などなど。このヴェリラルド王国でも、王位継承権が元で、アーリィーとジャルジーが争っていたが……いや一方的にジャルジーが狙っていたのだが、その裏で大帝国が暗躍していたのを知っている。

 連中はエマン王を直接暗殺して、強引に争いを誘発させようともしていたな。俺が阻止したけど。


 エマン王は続けた。


「大臣とも話をしたのだが、リヴィエル王国は今、大帝国を拒否するか受け入れるかで真っ二つに割れている」


 独立を保つべきだという勢力と、帝国を受け入れ生き残るほうを選ぶ勢力。


 実を言うと、俺もある程度は情報を掴んでいる。というのも、大帝国の西方方面軍がヴェリラルド王国を迂回して孤立策を採っているが、次の標的がリヴィエル王国であることを知っていたからだ。

 だから、SS諜報部を派遣し、情報収集を行っていた。


「大帝国にとっては絶好の介入機会でもありますね」 

「うむ。だが、我が国とリヴィエル王国は、仲がよくない」


 隣国と不仲なのはよくあることだ。エール川を挟んでいるとはいえ、お互いが相手の土地を求めて衝突することは過去しばしばあったと言う。

 川の領有権、ひいてはノルテ海に繋がり、フルーフ島を取り合った関係にある。……今はヴェリラルド王国領であり、こちらの軍港と、俺たちウィリディスの海底ドックがあるが。


「そのあまり仲のよろしくない国の王が、同盟を持ちかけてきた……。お義父とうさんは、どうされるおつもりですか?」

「決めかねておる。……はっきりと言えば、同盟を組む利点があまりない」


 大臣たちと、隣国との同盟について話し合ったというエマン王。

 現状、リヴィエル王国は、独自派と帝国容認派による内戦状態になっていた。大帝国が介入してこないはずがなく、そうなれば独自派は、瞬く間に制圧されるだろう。


 そうなる可能性が高い中、ヴェリラルド王国が同盟を組む意味があるのか? 帝国容認派がリヴィエル王国を掌握すれば、独自派とヴェリラルド王国の同盟など白紙も同然。どの道、大帝国と戦うことになるヴェリラルド王国にとっては、同盟を組もうが組むまいが結果はほぼ同じなのだ。


「ちなみに、同盟の内容は、どのようなものでしょうか?」

「うむ、大帝国の脅威が存在している間は、双方、相手の国を攻撃しない。大帝国が攻めてきたら、連合して共に戦う、というのが主だな」

「脅威が存在している間は、互いに攻撃しない……」

「おそらく内乱を早く片付けて、帝国に備えたいのだろう」


 同盟を組むことで、リヴィエル王国は、ヴェリラルド王国と隣接するエール川周辺の兵力を引き抜くことができる。ヴェリラルド王国が攻めてくるかも、と備えていた戦力だが、攻めてこないとわかっているなら、貼り付けておく意味もなくなる。


「我が国は、すでに帝国と戦っている。リヴィエルと同盟を組めば、我が西方領の軍備を北や東に向けられるだろう、と言ってきた」

「一理ありますが……」

「そう、今、我々は西方領の軍備を他方面に必要としていない」


 ウィリディス軍のおかげで、とエマン王は好意的に頷いた。


「そして、大帝国が攻めてきた時、連合して共に戦う、という話だが……。私はウィリディス軍の戦いぶりを見ているから思うのだが、仮にリヴィエル王国の軍と連合を組んだとして役に立つと思うか?」

「いいえ」


 俺は否定した。SS諜報部の見たところ、リヴィエル王国の軍備は、この世界でもっとも多い騎士と兵士、そして若干の魔法という編成で、機械兵器を押し立てる大帝国の軍には蹴散らされる未来しか見えなかった。


「ただの弾避け……いえ、混乱し戦線をかき乱すことを考えれば、いないほうがマシかもしれません」

「うむ。我が国は、ウィリディス式軍備を推し進めているいるが、まだまだ数も足りておらん。故にウィリディス軍を頼りとせねばならない」


 エマン王は自身の顎に手を当てた。


「だから貴様のやりやすいように事を進めてもらっている。その視点から見て、率直な意見を聞かせてほしい。リヴィエルとの軍事同盟、やはりなしか?」

「……個人の意見ですが、本当に率直に言っても?」

「そう言った」

「では、あくまで私の意見ですが……軍事同盟、ありだと思います」

「ほう。……理由は?」

「ウィリディス軍が、リヴィエル王国で戦う大義名分を得られるからです」


 正直、リヴィエル王国がヴェリラルド王国に援軍を寄越して大帝国と共に戦う、なんてのは期待していない。だが――


「リヴィエル王国が陥落すれば、次は我が国。しかしリヴィエル王国の軍がエール川あたりで頑張ってくれれば、こちらの国土が戦災に見舞われる率が大幅に下がります」


 ドンパチは他国領土で。あちらの住人には悪いが、かの国の軍には防波堤となってもらおう。


「少なくとも見殺しにすれば周りはすべて敵ですが、同盟を結ぶなら味方がひとつ増えます。それにこちらが支援して、リヴィエルが自国の大帝国を払いのければ、敵西方方面軍も、こちらの二国を相手にすることになります」

「ふむ、利用できるならしてしまえ、と。そうだな、リヴィエルも、こちらをそのように利用するために同盟を結ぼうと言ってきているのだからな」


 エマン王は、あいわかった、と席を立った。


「どちらが優勢かといえば、リヴィエルより我が国のほうが条件をつけられる立場であろう。せいぜい、過去の例もあげて、優位な条件を引き出してやるとするか」

「それがよいと思います」


 実際、ヴェリラルド王国は無理にリヴィエルと同盟を組む必要がない。多少大きく出ても問題ないとあれば、リヴィエル側にある程度の譲歩や有利な条件を獲得できるだろう。まあ、そちらは政治の話であり、エマン王とその顧問たちの外交手腕に期待しよう。

 こっちは荒事専門。大帝国もリヴィエル王国獲得に動いているし、こちらでも対策を練っておこう。


 ……が、リヴィエル王国を取り巻く情勢は急激に悪化するのである。

 帝国容認派は、大帝国西方方面軍の支援を受け、独自派の要塞をMMB-5によって攻略。その進撃を、自国の王都へと向けた。

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