第824話、三隻目のアンバル級


 オルドーグ研究所は破壊され、MMB-5の生産拠点は消滅した。恐るべき魔獣製造装置を生み出す拠点を潰し、作戦自体は成功した。


 一方、攻撃に参加したシャドウ・フリートは壊滅的大打撃を被った。旧陸軍の判定でこの損耗率を見るなら全滅だ。


 残存艦は、旗艦『キアルヴァル』、Ⅱ型改航空クルーザー『ヴァンジャンス』、コルベット『睦月』の三隻のみ。


『キアルヴァル』は中破、『ヴァンジャンス』にいたっては浮遊石と飛行翼一枚が無事だったために何とか沈まなかっただけであり、大破……というより瀕死も同然だった。唯一、無傷で生還したのは『睦月』だけだった。


 Ⅱ型クルーザー『トライゾン』、Ⅰ型クルーザー『アポー』、軽空母『アヴェンジャー』『デバステーター』、コルベット『如月』『弥生』『卯月』『皐月』の八隻を喪失した。


「艦にいると、本当にできることなんてないんだな」


 俺が呟くと、ベルさんが鼻をならす。


「そうでもないだろ。お前さんは艦隊を指揮した」

「逃げろ、と言っただけだよ」

「その判断が早かった。オレ様がお前さんの立場だったら、おそらく艦隊は全滅していただろうな」


 何とかしようと考えて。


「考えている間に、お前さんは撤退を指示し、救援要請を打った。シールドだって張っただろう?」

「あれをやらなかったらヤバかった」


 俺たちもやられていたかもしれない。いや、自身に障壁を張って何とか生存したかも。『キアルヴァル』は沈んでいただろうが。


「今回の戦いは目的も達成したし、勝利だろ」

「多くの艦を失った」

「だが誰も死んでいない。少なくとも、人間はな」


 それらの艦に、人間は一人も乗っていない。シップコアやゴーレムコア、そして少数のシェイプシフタークルー、空母には艦載機の整備担当のシェイプシフターもいた。

 人間の犠牲者はゼロだ。だが俺の心は晴れない。自分たちで作った、いや手を加えた艦だからか。


 違うな。機械や人外でありながら、旗艦を逃がすために敵艦の足止めを敢行したり、盾となった。俺やエスメラルダから与えられた命令を、その思考ルーチンから導き出した機械的な判断の結果だったかもしれない。


 だが俺には、俺を守るために自己犠牲に走ったように映った。単なる思い込みかもしれないのだけど。

 シャドウ・フリートは、今回参加しなかった強襲揚陸艦の『グローリアス』を含めて、残っているのは四隻。うち二隻は修理が必要で、歴戦の航空隊もほぼ半数を失った。

 その引き換えの戦果が、研究所の破壊と、アンバル級軽巡洋艦の鹵獲ろかく


 駆けつけたディアマンテは、かつての第二艦隊所属艦であると把握すると、戦闘することなく、艦隊コントロールシステムである従属回路スレーブサーキットで強制的にアンバル級を制御下に置いた。

 不幸中の幸い。戦闘力でいうなら、引き換えには充分過ぎる戦果と言える。


 帰りは、アーリィーの指揮する遊撃航空戦隊と、その航空隊にガッチリ護衛された。俺たちが無事で、彼女は心底安心したようだった。予備通信機から聞こえたその声は、かすかに涙声だった。……心配をかけたな。聞いていて俺も心苦しかった。


 ディアマンテが敵艦を鹵獲したため、出番を失った遊撃航空戦隊の艦載機隊は、オルドーグ研究所への第二次攻撃を敢行。帝国に立て直しの時間を与えず、大破した『ヴァンジャンス』撤退までの時間を稼ぎ、無事母港へと帰還させた。


 アリエス浮遊島軍港に入港するコースをとる『キアルヴァル』。エンジンを一基失い、バランスが崩れているのか、微妙に艦が傾いている。水の上でもないのにな。浮遊石のせいか?


「大帝国は、アンバル級を使ってきた」


 古代機械文明の兵器を運用してきた。俺たちがそうしたように、どこかで発掘なりして手に入れたのだろう。シップコアの再生に頼ったか、あるいは独自に修理、再現したかは調査の必要がある。


「アンバンサーの技術も再現していた連中だ。異世界人の知識もある。古代文明時代の兵器をまだまだ保有しているだろうね」

「諜報部は、アンバル級の情報を掴んでいなかったのか?」

「ああ、俺もその情報は見ていない。大帝国の秘密ルートの中に潜んでいた戦力だろうね」


 俺が言えば、ベルさんは尻尾を振った。


「嫌だねぇ。まだ見えていないだけで、ヤバイやつがあるんじゃね? たとえばアンバンサーの母艦とか持ってたらどうするよ?」

「……あながちないと言い切れないところが怖い」


 俺は艦橋の窓から見える黒いアンバル級を見やる。


「だが収穫もあるだろう。ディアマンテの話では、従属されたあの艦には、乗組員がいて、今、各フロアに閉じ込めている状態だそうだ」

「捕虜か。そいつらから聞き出すんだな?」

「大帝国の秘密ルートの解析が捗るだろうな」


 機械文明時代の艦艇を任されているのだ。おそらくディグラートル皇帝の配下の中でも彼に近いエリートたちだろう。


「口を割るかね? いや、割らせるんだろうけどさ」

「エリサがいいというなら、彼女にも協力してもらおうかと思っている」

「……あー、色仕掛け」

「別にいやらしいことをさせるつもりはない」


 ただ――。


「あの魅了の力は、人間の心を操る」

「なるほどねぇ。容赦ねえな」

「今回はそれだけ重要な案件だってことだ」

「おう、それな。魅了で思い出したが、お前の後輩にも手伝わせたらどうだ?」

九頭谷くずたにか?」


 元の世界での俺の後輩にして、エリサ同様、キメラウェポンである。彼の場合は淫魔ではなく、普通の悪魔と組み合わされたらしいが。……普通の悪魔って言葉も妙な感じだ。


「あいつ、悪魔だって従えられるんだろ? やらせてみろよ」

「まあ、ちょっと話を聞いてみてもいいかもな」


 やれ、と言ったら『わかりました』ってやってくれそうではあるが。


「それはともかく、シャドウ・フリートを再建しないといけないな……」


 俺はため息をついた。

 敵アンバル級のクルーから情報を得た後の行動や、魔法軍関係の施設への攻撃など、まだまだ大帝国本国近辺での作戦には事欠かないだろう。

 ベルさんが小首を傾げる。


「また、敵艦を拿捕するか?」


 シャドウ・フリート艦艇は、これまで大帝国から鹵獲した艦を改造して使ってきた。


「いや、こっちで帝国艦を作る。そのための設計は済ませてある」


 廉価兵器製造計画に、外観が帝国艦で中身はウィリディス仕様の艦艇の建造プランが組み込まれている。

 たとえばコルベットは、ウィリディス軍向けの駆逐艦と中身がほぼ同じという作りになっていたりする。


「用意周到だな」

「連合国に兵器を供給する計画だが、同時に、帝国占領下の抵抗組織向けに、外観が帝国仕様の兵器を用意するつもりだったんだよ。……そのラインを流用して、今回の損失を埋めようと思う」


 基本となるのはⅠ型クルーザーだが、その船体を流用した揚陸艦や輸送艦仕様、改造してⅡ型にするキットや空母型も計画中。Ⅰ型クルーザー万能説。


「どんだけ流用するんだよ」

「共通部位を増やして、手間と無駄をとことん減らすためだよ。あと消費魔力の計算がしやすい」


 俺の答えに、ベルさんはフムと頷いた。


「それで帝国占領下……当てがあるのか?」

「プロヴィアとかクーカペンテ。かつて連合国だったところだな」


 かつての戦友たちの故郷。その調査もSS諜報部にやらせている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る