第822話、黒いアンバル級


 シャドウ・フリートはアリエス浮遊島軍港を出港。ポータルを経由して大帝国本国へ飛んだ。


 高速クルーザー『キアルヴァル』を旗艦に、『アヴェンジャー』『デバステーター』の二隻の軽空母。Ⅱ型クルーザー『トライゾン』、同Ⅱ型改航空クルーザーの『ヴァンジャンス』、Ⅰ型クルーザー『アポー』、コルベットが五隻(睦月ムツキ如月キサラギ弥生ヤヨイ卯月ウヅキ皐月サツキ)の計十一隻である。


 これとは別に、遊撃航空戦隊としてレントゥス級空母三隻、ゴーレムエスコート四隻が待機。さらに保険として別の艦艇をポータルの向こう側に待機させている。


 時間は深夜。月明かりが照らす優しい夜だった。荒涼たる荒野が広がり、大渓谷が走る。目標はオルドーグ研究所。


 明日には、MMB-5を輸送する空中艦隊が到着するため、その前に襲撃しようという作戦だ。

 今回はグアラン研究所のような地下ではなく地上に施設があるので、航空隊による空爆、必要なら艦隊による艦砲射撃をかけて、研究所を破壊する。


 これ以上ないシンプル案。今回は地上部隊は展開しない。計画時点で感じた嫌な予感が後押ししたので、罠だった時にさっさと離脱できるようにするのだ。部隊を展開しなければ、置いてけぼりなんてことも避けられるから。


『アヴェンジャー』『デバステーター』、両空母からTF-4ゴースト、TF-5ストームダガー戦闘機、TA-2タロン艦上爆撃機が発艦。夜の闇に紛れて、目標へと飛び去っていく。

 俺とベルさんは、旗艦『キアルヴァル』より、その様子を見守る。


 やがて、真っ黒な地上に浮かぶ小さな光点が急に瞬き出した。まるで蜂の巣を突いたような騒ぎになったか、無数に新たな光が幾つも浮かぶ。

 ベルさんがニヤリとした。


「どうやら敵さん、こちらに気づいたようだな」

「向こうから場所をさらけ出してくれてる」


 航空隊にとっても、格好の的と言える。そして攻撃隊はオルドーグ研究所の上空に差し掛かった。


『ゴースト中隊、攻撃を開始』

『制空隊は援護態勢』

『タロン艦爆隊、地上攻撃を開始』


 各飛行中隊より通信が届けられる。シップコア『エスメラルダ』が見守る中、地上の研究所に無数の爆発と火の手が上がる。ゴースト戦闘攻撃機やタロン艦爆が対地ミサイルを命中させ、施設を破壊していく。

 石造りの塔や外壁に混じり、コンクリート製の建物もあるが、例外なく四散する。夜陰に紛れて研究所を襲う鋼鉄の暴風は、竜巻となって地上の施設をなぎ倒していく。


「艦にいると、することないなぁ」


 ベルさんがぼやく。俺も司令官席に座ったまま、命令を出すだけである。


「まあ、予定通り進んでいるということはいいことだ。命令を出す必要がないということは順調ということだし」


 このまま何事もなく終わってくれ、と思う。計画の段階から感じていた不安というか、勘がはずれたままなら、それでいい。


 しかし、嫌な予感というのは往々にして当たるものである。

 エスメラルダが振り返った。


「閣下、五時方向上方より、高速で接近する物体を感知しました! 速い!」

「くそ、おいでなすったか」


 来たのは親衛隊か、魔法軍か。だがエスメラルダは声を張り上げた。


「艦種識別、テラ・フィデリティアIFF(敵味方識別装置)に反応あり。アンバル級軽巡洋艦――ただし、ウィリディス・コードに反応なし!」

「なに!?」

「どういうこったよ、ジン!?」


 ベルさんが聞けば、艦橋の窓の外に紅蓮の閃光が走り、衝撃波が旗艦を揺さぶった。


「巡洋艦『アポー』被弾、轟沈!」


 最後尾のⅠ型クルーザーが撃沈された。


「つまりは、現れたアンバル級は敵だってことだ!」


 大帝国はアンバル級を保有していた。どこかで発掘したものを再生させたのだろう。


「エスメラルダ、全艦に退却命令。ポータルのある空域まで退避する!」

「はい、閣下」

「おい、ジン! 逃げるのか!?」

「こちらは大帝国の改装艦だぞ。まともにやってアンバル級に勝てるわけがないだろう!」


 あっちには防御シールドにプラズマカノンを標準装備。さらに速度もこの艦隊のどの艦より速い。このままだとズィーゲン平原上空で俺たちが沈めた大帝国の第五空中艦隊と同じ運命を辿ることになる!


「各艦、敵艦を砲撃しつつ、本艦を中心に退避行動!」


 ぶっちゃけ逃げると言ったところで、逃げ切れない。ポータルに到着するまでに艦隊の大半が撃沈される。冷や汗がにじむ。成り立つ冷酷な計算。


「左へ転舵、とーりかーじ!」

『敵艦、本艦隊に突入!』


 見張り員の報告。敵アンバル級は、反転離脱を図るシャドウ・フリートに飛び込んできた。その四基の15.2センチプラズマカノンが、Ⅱ型クルーザー『トライゾン』を貫き、真っ二つに引き裂く。さらに、艦後部のミサイル発射管から対艦ミサイルが放たれ――


「対空防御!」


 エスメラルダが『キアルヴァル』に迫る敵ミサイルを光線銃座にて迎撃指示を出す。接近する三発。一発を撃墜、二発目が防御シールドに直撃。


「シールド、消失!」


 くそが! 言葉を発する間もなく、敵ミサイルが『キアルヴァル』右舷エンジンに命中した。艦が激しく揺さぶられるのもつかの間、エスメラルダが『右舷エンジン、パージ!』と叫び、アグラ級高速クルーザーの外観的特徴である両舷から張り出したエンジンの一基を切断、切り離した。


 だが至近での爆発に、『キアルヴァル』は大きく震え、右舷側の対空砲や機器にダメージが発生する。


『推力30パーセント、ダウン!』

「閣下、通信装置ならびに電子機器に故障発生! 艦隊の従属回路スレーブサーキットが断線しました」


 エスメラルダは、シャドウ・フリート全艦とリンクして操艦ができる。だが従属回路を失えば、個々の艦は搭載しているシップコアやゴーレムコアが、各個に判断するしかなくなる。


「最悪だな! 予備通信機は?」

「遊撃戦隊までなら。ポータルの向こう側までは不可能かと」

「では、遊撃戦隊に、航空隊による支援要請! 艦隊は近づけず、ポータルでの離脱行動に移らせろ。それと、アーリィーに、ポータルの向こうで待機しているディアマンテに救援要請を」


 こっちが届かないなら、遊撃戦隊のほうに中継させる。正直、航空隊がどこまでやれるか半信半疑ではあるが、アンバル級に襲われたら遊撃戦隊もあっという間にやられる。

 あとは、非常事態に備えて待機させていたディアマンテの援軍が到着するまで時間を稼がねば。


『敵艦、艦隊後方より追い上げつつあり!』


 すでに周回遅れよろしく、敵アンバル級は高速で戦場を飛び回り、再度の突撃を行うようだ。……まさにズィーゲン平原上空会戦の再現だな。俺たちのほうが狩られる側だが。

 さらに悪いのは、シャドウ・フリート各艦のリンクが切断され、艦隊の統制行動が不可能になっていることだ。

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