第821話、古代魔法文明の鍵


 大帝国の秘密施設。転移魔法陣によって移動した先であるそこで、ディグラートル皇帝は、馬東に進捗を問うた。


「ゲルリャ遺跡の件は、ご存じですな? サフィール将軍が遺跡確保に失敗した話は」

「うむ。地図と『鍵』が奪われた、と聞いた」


 ディグラートルは眉を潜めた。


「取り戻す算段は?」

「情報部が調べていますが、まだ確証はありません」

「手掛かりはあるのだろう?」

「ええ、サフィール将軍が対峙した一味、そして青い謎の艦隊。巷で噂になっているジョン・クロワドゥなる人物が大いに絡んでいると思われますが、なにぶんこの人物も謎に包まれています」

「ファントム・アンガー、そして例の反乱者どもに武器を供給している者だな」

「そしてヴェリラルド王国にも、です」


 ほう、とディグラートルは視線を向けた。


「将軍が戦った敵の正体、その一部が割れました。かつて帝国が召喚した異世界人。そのふたりは今、ヴェリラルド王国にいると思われます」

「また、あの王国が絡むか」


 言葉とは裏腹に、楽しそうな顔になるディグラートル。


「アミウールの弟子が裏で絡んでいるかもしれません。何せ、この異世界人、リーレと橿原かしはらトモミと言いますが、生前のジン・アミウールとも交流があった人物で、弟子とも接点があります」

「では、アミウールの弟子は遺跡調査のほうに本腰を入れているということか」


 皇帝は愉快そうに口元を歪めた。


「奴も、アレを探しているということだな」

「『鍵』を手に入れた以上、その可能性は大いにあるでしょう」

「ぜひ、手に入れたいものだ」


 ディグラートルは不敵な笑みを浮かべた。


「余にとっては、明日への希望だ」


 人は希望なくば生きていけない。その言葉を思い出し、馬東は皮肉げに唇の端を吊り上げたい。目の前の御仁は、希望がなくとも生きていかねばならない運命にある。


「鍵を手に入れよ」


 皇帝は命じた。


「アレを奴らよりも先に手に入れるのだ」

「はい、閣下。そのように命じます。引き続き、サフィール将軍には遺跡の調査を」


 うむ、とディグラートルは頷いた。


「アレを手に入れるためならば、帝国三軍を潰してもよい。征服地の民がどれほど死のうとも構わぬ」

「……恐ろしいお人だ」


 馬東は静かに、しかし穏やかな表情になる。


「今のお言葉、ジャナッハ殿がお聞きになられたら、さぞ喜んだでしょうな。……陛下のお耳に入っていると思われますが、魔力兵器の開発で、また生け贄を欲しているようで」

「征服地の民なら、自由に使ってもよい」


 ディグラートルは平然と言い放った。


「どうせ遅かれ早かれ、人類は滅びるのだから」

「……」


 馬東は目を伏せた。――ああ、本当に恐ろしい人だ。


「ですが、今しばらくは、帝国三軍にも働いてもらわねばなりません」

「うむ」

「それには、反乱者たちが昨今目障りになっております」


 魔法軍特殊開発団の関係施設を次々に破壊している黒い艦隊。馬東の研究にも支障が出てきている。


「そろそろ、始末をつけたいところであります」

「何か策があるのか?」

「この施設にある発掘品を使えば、おそらく可能と存じます」

「どの『発掘品』だ?」


 ディグラートルは問うた。これまでかなりの遺跡調査を行った大帝国である。発掘、再生した品、道具、兵器は数知れずである。機械文明、魔法文明、そして異星の兵器も。


「古代機械文明の船を」

「どちらの『船』だ?」

「小さいほうで」

「……よかろう。親衛隊に命じておく」


 皇帝は承認した。馬東は頭を下げる。しかし、ディグラートルは睨むような目になる。


「連中は神出鬼没ぞ」

「確かに、その所在はおろか、どこからやってくるかも見当もつきません。ただ……」


 馬東は凄みのある笑みを向けた。


「どこにやってくるか、その予想ならつけられます。連中が特に狙うだろう施設の数も少なくなってきましたからねぇ……」



  ・  ・  ・



 MMB-5の生産拠点を、SS諜報部が突き止めた。

 大帝国は、新たに生産したMMB-5を東方戦線に送るつもりらしい。先に送ったものも含め、本格的な大侵攻を再開するつもりのようだ。


 少なくとも、本国の陸軍本部ではそのMMB-5を使った作戦を立案しているのが、潜入しているSS諜報員によってわかっている。


 前回分をまだ使わず、二次輸送分と合わせて使うのは、ファントム・アンガーの迎撃を想定してのことのようだ。つまり、こちらの火力以上の物量を一気に叩き込む算段ということだ。


 当然ながら、この輸送計画を潰し、ついでに生産拠点も破壊する必要がある。連合国への兵器供給計画が動き出した今、もう少し東方戦線には静かにしてもらわねばならない。

 俺は、諜報部から寄越された情報、敵施設、兵力などを吟味する。


 ……しかし。


「何か嫌な予感がする」


 その呟きに、ベルさんがとスフェラが顔を見合わせた。


「嫌な予感だって?」

「……ちょっとした勘みたいなものだが、しっくりこないというか」

「情報は正確ですが」


 スフェラは、自らが生み出したシェイプシフターの能力を疑っていない。俺は頷く。


「正しい情報だと思う。だがわからない。帝国がMMB-5の輸送には慎重を期しているはずなんだ。一度失敗しているから、秘密輸送を行い、それは成功した」

「我々が把握できていないルートで、ですね」

「そうだ。何故、連中はまたその秘密ルートを使わなかった?」


 俺たち、シャドウ・フリートがモンスターメイカーの輸送計画を知れば、襲撃してくるだろうことは想像できるだろうに。


「つまり、罠ってか?」


 ベルさんが言えば、スフェラが首を横に降った。


「陸軍本部には、そのような策はありませんでしたが」

「そうだな……。陸軍はなくても、皇帝親衛隊はどうだ? あるいは魔法軍特殊開発団とか」


 スルペルサ空域航空戦において、ファントム・アンガーの空母『ビンディケーター』が魔法軍のスティックライダーの奇襲で被弾している。こちらの情報収集の外から部隊を待機させている可能性もある。


「じゃあ、どうする? 見送るのか?」

「それができればいいんだが、そうもいかないんだよな」


 MMB-5の生産拠点は放っておいてもいいことはない。機を窺うのも手だが、対空設備を整えつつある大帝国である。防備が強化される前に潰しておきたい。


「……保険をかけておく必要があると思う」


 避けられない以上は。

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