第819話、ある日の傭兵たち
大陸東方ニーヴァランカ国、グレシア――
針葉樹の森を鋼鉄の巨人が進む。大帝国陸軍の下級魔人機カリッグだ。それらが十機ほど、その頭部を動かして警戒しながら行軍していた。
軽い振動、そして大きな足音を響かせるそれらを見つめる目がある。森の一角に作られた監視塔から、望遠鏡を覗き込んでいるのは、ニーヴァランカ軍ソーム伯爵領の兵士たち。
「敵、大帝国軍、進撃中――」
「やはり、鉱山を狙ってきやがったか」
年かさの兵長が悪態をつくように口を歪めた。
「巨人部隊が先行……おそらく、あの足元にゃ兵もいるだろうよ」
「このままだと、前哨陣地とぶつかりますが……」
「あってないようなものだろうな。ちんけな防御陣地なんざ、あの茶色い巨人どもに蹴飛ばされるのがオチだ。だが……」
しかし兵長は悲観どころか、凄みのある笑みを浮かべた。
「オレたちにゃ、心強い味方がついてるからな。……おっと、おいでなすった!」
砲弾の飛翔音。次の瞬間、大帝国のカリッグが横合いからの攻撃を受けて、頭が飛んだ。
現れたのは紅蓮の巨人――
「ファントム・アンガー!」
兵士たちから歓声が上がった。
赤い塗装のカリッグ、アヴァルクが森を分け入り、帝国の魔人機に躍りかかる。
帝国機は分厚い壁のような大盾を掲げ、ファントム・アンガー機からの射撃を防ぐ。が、ロケットランチャーの直撃を喰らい、盾を破壊されたカリッグが、続く二発目を浴びて爆発する。
鋼鉄の巨人同士の戦い。まるで神話の世界だ。すっかり野次馬になっている年かさの兵長は思わず口を開く。
「うへ、すげぇ威力! オレたちも、あの巨人を使ってみたいもんだ」
傭兵に頼らず、我々の力で――若い兵が頷いた。故郷や家族を守るために、力が欲しい。焦燥、ソーム伯爵領の兵士のみならず、大帝国の脅威と戦う者たちが願うことはそれだった。
「まあ、ファントム・アンガーは傭兵だけど、行儀がいい奴らだよな」
年かさの兵長は言った。傭兵といえば、仕事と称して戦地や道中での略奪や暴力沙汰など日常茶飯事だ。故に、傭兵は盗賊も同様であり、アウトローという見方が強い。
しかし、ファントム・アンガーは略奪はしない。戦いのことしか考えていないといえば粗暴な印象を受けるかもしれないが、彼らは礼儀正しかった。威張りくさることもなく、女子供にも優しい紳士だった。
「あいつらが同じ軍だったらなぁ……」
兵長はそう思うのである。
「ソーム伯爵も、連中を何とか召し抱えたいようだが……」
「雇うためのお金がやばいらしいですね」
若い兵は眉をひそめた。
「それさえなければ、よかったんですけど」
「仕方ないさ。幾らかかるか知らんが、巨人を動かすにも金がかかるってんだろう。武器や防具に金がかかるのと同じよ。必要経費ってやつだ」
「……ですが、国でもなければ、まとまった数を雇えないって話じゃないですか」
「そうさなぁ……」
今回、ソーム伯爵がファントム・アンガーの連中に支払う報酬金は幾らになるんだろうな。
「おっ、帝国野郎が撤退をはじめたぞ」
「さすがはマッド隊長ですね」
若い兵もホッとしたように笑う。そうとも、と兵長も相好を崩す。
「あれこそ傭兵の中の傭兵だ。ああいう人ばかりなら、傭兵のイメージもよくなる」
「……もし行くところがなくなったら、ファントム・アンガーに就職できますかね?」
「傭兵になりたいってか? さあなオレにゃわからん」
年かさの兵長は監視塔から手を振る。ファントム・アンガーの赤き巨人たちの凱旋だ。
・ ・ ・
マッドハンターは、ここ数年、ずっと傭兵だった。この世界に召喚される前から戦場に身を置き、もはや戦いは人生と言える。
間違っても好きで戦場にいたわけではなく、日々こなさなければいけない仕事として、淡々とこなしているという感じだ。
会社員が会社に行って仕事をするのと何も変わらない。軍人から傭兵になっても、ただ自分の積み上げてきた経験やスキルを活かせるのが、戦いの場だけだった、という話である。
異世界にきて、ここでも傭兵になり、そして軍人に戻ったマッドだが、今は傭兵として戦場を駆けるのが任務だった。
今年四の月に再開された大帝国と連合国の戦争。もっぱら魔人機に乗り大帝国の陸上兵器を相手にしていた。
敵空中艦隊は、ウィリディス艦隊――シャドウ・フリート、ファントム・アンガーの航空隊が叩きに叩いたので、今では後方に引っ込んでいる。
陸軍も以前に比べて、大規模な攻勢は控えているようだが、局地的な小規模戦闘は頻発していた。戦車や魔人機、それらがあれば、航空支援がなくても大帝国は強いのだ。
そういう場に、マッドらファントム・アンガーの陸戦部隊が赴いて戦っている。
ウィリディス侯爵であり、上司のジン・トキトモが適当な戦場を選び出し、マッドら実行部隊が現地の連合国軍の助っ人として活動する。
物資や弾薬の補充は、不足に感じたことは一度もなく、現地戦災被害者への緊急支援要請にも応えてくれた。
今のところは文句はない。むしろ、これ以上ない環境だとマッドは思っている。ケチな依頼人や無知な命令に振り回されることがない。シェイプシフター兵は怖いくらい有能だし、部下の人間の兵士――こういう表現も少し違和感はある――も経験を重ね、頼もしさを増している。
あと、気にいっているのは、愛機のカスタマイズを自由にやらせてもらえることか。
マッドは、ファントム・アンガーの機体を使う時は魔人機『アヴァルク』を使っている。この機体は装備に高い順応性があって、お願いすれば外装にも手を加えてくれる。
基本、赤塗装のファントム・アンガーにあって赤と一緒に青を使わせてもらって、マッドの機体は割と目立っていた。
軍隊的の見方をするなら、目立つのは御法度だが、傭兵の立場からすると微妙に目立ってナンボの世界だったりする。そもそも組織カラーが赤の時点で隠密性は諦めたのだ。
ファントム・アンガー魔人機部隊の駐屯地へ戻ったマッドとその部隊。SS整備員らが、さっそく機体のメンテにかかり、パイロットたちは休息と補給を得る。
「マッド隊長! ソーム伯爵のところの騎士殿が見えられていますー!」
部下が呼びにきて、マッドは応じてから栄養ドリンクをひと飲み。隊長ともなると、依頼主との交渉を含めた付き合いの機会は多い。多少わずらわしくはあっても、傭兵時代、個人でやっていたことは日常茶飯事だったから、別段慌てることはない。
「そもそも……」
口に出しかけ、マッドは誰も聞いていないことに気づき、呟くのをやめた。
そもそも、何かあれば責任者が何とかしてくれる。寝込みを襲われないように注意を払えば、それ以外のことはジンに任せておけばいいのだ。
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