第818話、領主町を押さえて


「うちの領にくる?」


 九頭谷くずたにに、俺が言えば、当然ながら彼は目を見開いた。ベルさんもまたチラ、と視線を寄越した。


「先輩、そういえば侯爵って言ってましたね。侯爵って、結構身分高いんじゃないですか?」

「まあ、色々やってね」

「この世界じゃ正当に評価されてるんですね」


 泣きそうな顔で九頭谷が言った。まあ、元の世界じゃあまり評価されてなかった俺だが、九頭谷は割と、それに関して会社がおかしい、とか漏らしていたな。


「正当に、という部分は果たして正しいか、甚だ疑問だけどね」


 元々、アーリィーを助けて、彼女を好きになり、気づいたら王族の引き立てで、貴族に成り上がってしまったわけで……。今の地位を目指していたわけでもなく、気づいたらそうなっていた。


「でも、先輩、いいんですか? 好意はうれしいですけど、おれら、悪魔なんですよ?」


 普通に考えたら、悪魔を受け入れるって、宗教のみならず、色々なところから物申されるだろうな。その宗教関係者からすれば、異端とか、悪魔と関係を持った云々で、財産没収の上、死刑とかありそうだ。


「表立って公言せず、悪魔をアピールするようなことをしなければ大丈夫だろう。……そもそもそれをやって一番面倒なのはお前たちもだし」

「そうですね」

「うちには、迫害された亜人とか元奴隷、お前のようにキメラウェポンで改造された人間が集まって住んでいる村がある……」


 その観点で行くと、九頭谷は問題ないだろう。ただ、純正悪魔たちは、さすがに受け入れられるだろうか?

 俺としては、魔王ながら人間社会に適応しているベルさんという例があるから、大丈夫と思いたいけど。……この九頭谷ハーレムの娘たちは、そういう自重ができるかどうか。というのも、この娘ら、どこまでも九頭谷と一緒についてくるっぽいし。


「町や村が難しいというなら、少し離れた場所に、家でも屋敷でも建ててやる。生きていくのに必要なものも、用意してもいい」


 同じ異世界人で、知らない仲ではない。困っているなら助け合いの精神で。


「何かしら働いたり、俺の手伝いとかしてくれると助かるけどね」

「もちろん、先輩の下でなら喜んで働きますとも! さすがにタダで世話になるわけにはいきませんって!」


 九頭谷が喜色満面で頷いた。


「まあ、面倒は起こしてくれるなよ。お前はそそっかしいからな」

「いやあ、前の世界では、よくお世話になりました」


 苦笑する九頭谷である。さて、俺はここまで黙している相棒の顔色を窺う。


「何か意見はあるかい?」

「オレ様が面倒を見るわけじゃねえからな。お前さんがいいなら、それでいいよ」


 魔王様は実に寛大だった。この人も悪魔だから、同族という認識なんだろうね。

 話は決まった。



  ・  ・  ・



 領主町フェンガルを巡る騒動は、俺とベルさんが眠りの歌を使う上級悪魔を討ち取ったことで終結、ということになった。


 幸いなことに、九頭谷と付き従う上級悪魔の姿をはっきり見たのは、俺たちウィリディス軍のみ。

 冒険者やクレニエール軍が見たのは、アンバンサー戦車と低級悪魔のみ。敵の親玉は聖剣で倒した、と言えば、ヴォード氏ら冒険者やシャルールといったクレニエール軍の人間たちも納得した。


「さすがだな、ジン!」


 そのヴォード氏は俺の肩を叩かれた。痛いよ、おっさん。

 冒険者たちはクレニエール軍の騎士、兵士たちも生還できたことを喜び、俺たちの救援に感謝していた。


 九頭谷たちは、俺のほうで預かることになったが、このことはクレニエール侯爵にも、エマン王らにも黙っておく。さすがに悪魔を近くに置くと知られれば、これまで良好な関係だった彼らも、一気に裏返る可能性がある。それだけデリケートな問題なのだ。人間にとって、悪魔という存在は。


 まあ、仮に天使だったら、逆目立ちしてこれまた面倒になっていただろうから、悪魔だけが特別というわけではないが。


 嘘の報告で討伐されたフェンガルの悪魔の話は、エマン王やジャルジー、フィレイユ姫らの好奇心を大いに刺激した。食事などでフェンガルを巡る戦いのことを根掘り葉掘り聞かれたが、そこはベルさんが巧みな話術で盛り上げていた。


 近く、この嘘の武勇伝を詩人たちにも伝え、広めようと王族の皆さんが言うので、ほどほどにとお願いしておく。まあ、嘘の武勇伝が広がれば、それだけ九頭谷たちの関与が薄れるから、ある程度は広まってもらわないといけないんだけどね……。


 さて、この悪魔たちに関しては、ウィリディスの人間には伝えておく。

 あれだけ一緒にいながら、ベルさんが悪魔であることを知っている人間が俺しかいないのだが、エリサというキメラウェポンの犠牲者でサキュバスはいるから、そこから絡めれば何とか……と思ったのだが。


「……」


 アーリィーは難しい顔をしていた。……まあ、深く考えずにあっさりいいよ、と認めるような問題でもないが。


「そのクズタニさんは、ともかく、悪魔たちは大丈夫なの?」


 当然の疑問。ぶっちゃけ、俺も九頭谷に同じ質問をしたからな。


 彼曰く、あの娘たちには、誓いの言葉で『人間たちのルールを守るように努力する』という制約がかかっているらしい。


 一種の魅了の魔法だと九頭谷は言っていた。それで大体、言うことに従うという。それを聞いた俺は、ひょっとしてその制約の力で、ハーレム作っているんじゃないかって思ったが……。まあ、深く問い詰めた結果、悪魔たちが統制を離れて騒ぎになったりしたら困るので、黙っておくことにした。

 他の人間とかにはかけるなよ! と念は押しておいた。


 アーリィーは納得してくれたが、直接、矛を交えたサキリスは複雑な心境な様子だった。


「ご主人様が、そう仰るなら従いますが、悪魔は危険な存在です」


 プラーガとの直接対決で、一度は倒したと思ったが、倒せなかった。人間なら死んでいる攻撃を受けても、平然としていた悪魔族。モルブスにしても、リアナに目と喉を裂かれても再生した。


 力もその速さも、身体能力も高さも人間の比ではない。決して不死身ではないが、そのように見えてしまう存在。それ故、悪魔は恐れられる。


 まあ、人間を不幸にし、堕落させる魔の存在として宗教やら権力者にすり込まれてきたというのも影響している。俺だって、ベルさんと出会わなければ、そういうステレオタイプのイメージで見ていたと思う。


 ともあれ、領主町フェンガルを取り戻したことで、東領クエストが再び動き出すことになった。


 ノベルシオン国も動きはあるが、東領侵攻にはまだしばらく先となる。というか、この世界では、このノロノロ感が普通でもある。機械や魔法を使う大帝国やウィリディス軍のほうが異常なのだ。


 大帝国がヴェリラルド王国への包囲網を完成させるまでは、ノベルシオン国も単独で動くことはないと思われる。その間に東領を押さえておく。

 冒険者やクレニエール軍に頑張ってもらい、俺たちはアシストに徹する。こちとら、やらなきゃいけないのはここだけじゃないからね。

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