第817話、九頭谷 豪という男


 トリアム城での戦いは、意外な形で決着した。


 領主町フェンガルを占領していた悪魔のリーダーは、九頭谷くずたに ごう。元の世界での俺の後輩だった。


 会社の後輩でもあったが、高校時代の後輩でもある。見た目は中の下といったところで、勉強ができるわけでもなく、運動も普通。そして周囲からはオタクと思われていて……実際オタクなのだが、正直、勝ち組とはほど遠い人生を送ってきた。


 社会人になった後は多少マシになったが、学生時代は『クズ野郎』なんてしょっちゅう言われていた。クズって呼ばれたら蔑称に感じてしまい、その名前が心底嫌だった、と彼は言っていた。

 俺は高校時代、一年だった彼にこう言った。


九頭竜くずりゅうってかっこいいと思わない?』


 海軍に興味があった俺は、日本の川の名前を調べたことがあった。日本の軽巡洋艦の命名が、川の名前から取られていたからね。そこで九頭竜川ってのを見つけたわけだ。

 かっけぇ漢字だって印象があった。九つの頭を持つ竜……要するにヒュドラとか八岐大蛇みたいな奴の仲間っぽいなって。


 そういう話をしたのがきっかけだったのか、その後の俺と九頭谷は、先輩後輩として良好な関係を築いていたと思う。気づけば同じ会社に勤めて働いた。……あー、会社のことを思い出したら、気分悪くなってきた。


 閑話休題。


 冒険者一行と、クレニエール領の騎士たちが眠らされていたから、低級悪魔以外に会っていないのを幸いに、彼らを待避させた後、トリアム城の一室で、俺と九頭谷は会談となった。


 こっちは俺とベルさん。向こうは九頭谷と、四人の美女悪魔たち。……そのうち三人が九頭谷に身体を寄せていて、ハーレム囲う王様みたいになっているのは、ノーコメントの方向で。


「悪魔合体! 悪魔合体したんですよ!」


 九頭谷が力説するように語気を強めた。悪魔合体っていうと悪魔同士を合体させる某ゲームがよぎったが、お前は元から人間だっただろう?


「大帝国に悪魔と合体させられたんですよ! そうしたら、おれ、悪魔になったんです!」


 新手のキメラウェポンかな……? 結局のところ、また大帝国の仕業ということだ。

 召喚されて、改造されて、運良く彼のほうが残って、脱走し放浪。その過程で本物の悪魔たちと遭遇し、従えてしまったらしい。その結果が、九頭谷を取り巻く美女悪魔ハーレムだという。


 モルブス、フェブリス、プラーガ、ウェネー、そしてドゥオとトリア。


「最後の二人には聞き覚えがあるな……」


 俺はベルさんを見やる。暗黒騎士姿の相棒は首をかしげた。


「そうだっけ?」

「この国に流れ着く前に」

「覚えてねえな」


 そうですか。まあいいか。

 九頭谷は唇をへの字に曲げた。


「まあ、その二人は、どっか行っちゃいましたけどね。……まさかこうもあっさり見放されるとは!」

「わたくしたちは見放したりしませんわ、マスター!」


 モルブスが九頭谷に頬を寄せる。途端にしまりなく緩む九頭谷の顔。ハーレムしてんなぁ、こいつは。前の世界より充実してないかねこれは。……この美女たちはこいつのどこに惚れているんだろうか。


「で、お前は何故、クレニエール東領に?」

「へぇ、ここクレニエール東領って言うんですか。おれたち、どこか適当な場所で面白おかしく生きようって思ったんですよ。……ほらぁ、あの、異世界ライフ? みたいな」

「……」

「ノベルシオンって国にも行ったんですけど、あそこ亜人差別ひどくて、正直胸くそ悪かったんで、こっちへ流れてきたんですわ。何か、廃墟ばっかで人がいなかったんですよね」


 アンバンサー戦役で、この領の人間はほぼ全滅だったからな。


「で、この城も町も廃墟だけど、手直ししたら住めるかなって……」


 なるほど。異世界で一国一城の主ってか。残念ながら、ここ、領主がいるんだけどな。


「そこへ冒険者や兵士がやってきたと」

「そうなんですよ。あいつら、悪魔って見たら問答無用でくるじゃないですかー。ただおれとしては、これでも元人間なんで、そういうのって嫌なんですよね。殺すとか殺されるとか」


 まことに日本人的な考えである。


「せっかくウェネーが歌の力で眠らせられるんで、それで敵を黙らせて、魔力を奪ってやろうって思ったんですよ。適当に弱らせた後で放り出してしまえば、まあ、殺さずに済むかなって」

「えー、でもマスター。弱った連中は魔獣に襲われて死ぬかも、とか言ってたじゃん」


 プラーガが口を尖らせた。九頭谷は眉をひそめた。


「馬鹿、お前、そういうのは黙っておけって……あー、先輩、今のは――」

「俺には嘘をつかないでくれよ。……まあ、お前の立場なら、そうもなるわな。俺だって、敵だったら容赦なく始末するからね」


 殺しに来るからには、殺されても文句は言えない、ってやつ。


「そ、そうですよねぇ、ははっ」


 頭をかきながら誤魔化すように笑う九頭谷。


「あの、先輩。その、うちの低級悪魔たちが、兵士とか何人か殺しちゃったみたいなんですが……あれは不可抗力っていうか、正当防衛ってやつでして」

「向こうから襲ってきた、だろ?」


 ぶっちゃけ、本当かどうか疑わしいがな。そもそも、俺たちがここに来た時も、アンバンサー戦車で襲われたし。


「そういえば、あの戦車どうした?」

「あ、この町での拾いものですわ。何か無人だったんですけど、トリアがゴーストを憑依させて動かしたんですよ。……まあ、あいついなくなったんで、もう動かないと思いますけど」

「いようがいまいが、こっちで全部潰したから、もう動かないよ」


 へえ、ゴーストを憑依させてって、そういう動かしかたがあるのか。悪魔の力ってやつは、常人の上をいくよな……。


「これでも、人はあまり殺さないようにやってきたんですよ。だって、悪魔に殺された、なんて噂がたつと、やれ討伐だーって面倒になりますもん」


 確かにな。魔獣の討伐依頼が冒険者ギルドにくるように、悪魔が出れば退治しないと、という空気になるのは明らかだ。

 そう考えるなら、九頭谷たちのこれまでの行動にも情状酌量の余地はある。何より、冒険者やクレニエール軍の犠牲者が極わずか、という点がいい。派手にやり過ぎると引っ込みがつかなくなるが、まだこちらで穏便に済ませられる。


「それで、お前はこれからどうするんだ?」

「……どうしましょうかね?」


 逆に、九頭谷が不安げな顔になった。


「先輩の話じゃ、ここには領主がいて、下手に居座れば面倒事になるでしょ? 今度こそマジで討伐されかねない」

「わたくしたちはマスターを守るために戦います!」


 モルブスが声をあげれば、ずっと黙っていたフェブリスも首肯した。


「私の剣で、人間どもを叩き潰してご覧にいれます」

「お前らなぁ……」


 はぁ、とため息をつく九頭谷。


「こんな娘たちですが、おれとしては守ってやりたいわけですよ。でもどこかに行く宛もないし……」

「わたくしたちはマスターから離れませんわ!」

「そうだ、そうだ!」


 うるさい悪魔たちだ。だが、それだけ九頭谷が彼女たちから慕われているということだろう。悪魔たちに慕われる元人間ってのもおかしな話だが。


「最低限のルールが守れるっていうなら、うちの領にくる?」


 俺は、そう切り出していた。

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