第815話、捕虜救出
見張りの悪魔どもを倒した後に踏み込んだ部屋に、鎖で繋がれた女性たち。
「あ、ジン様!」
犬亜人の魔術師フィアトの声に、顔を伏せていた彼女たちが俺を見た。
「ジンさん!」
「ジン!」
ラティーユにルティ、フレシャが俺の名前を呼ぶ。
「無事かい、お嬢さん方!」
俺は、彼女たちを拘束している枷を魔法で破壊する。……鍵を探すのが面倒だったからね。
「ありがとうございます、ジン様!」
「さっすがSランク冒険者!」
冒険者組が歓声を上げる中、クレニエール領の騎士、魔術師らは呆然としている。
「侯爵様、自ら……!?」
ハッと何かに気づいた後、騎士たちは遅まきながら膝をついて頭を下げた。
「トキトモ閣下! 救助いただき、まことにありがとうございます! このような悪魔の巣窟に御身を危険にさらさせてしまい、面目次第もございません!」
「無事ならよかった。怪我はないか?」
「はっ、ここにいる者、捕らわれはしたものの、怪我人はございません」
怪我はない? それはまた運がいい。捕虜になったとはいえ、悪魔と戦ったのなら怪我人がいてもおかしくないのだが……。
「あの、閣下。失礼ながら、お一人ですか?」
「ここへは俺だけだよ。部隊は一階フロアで敵と戦っている」
閣下お一人で――ざわっ、と騎士たちがざわめく。
「誰か、やられた者は?」
「女衆は全員無事です。その……歌が聞こえた後、私たちは意識を失い、気づいたらこのざまで――」
「歌?」
「綺麗な女の声でした。言葉はわからないのですが、あれは歌だと思われます」
まるで美しい歌声で人を誘い、海に引き入れるセイレーンみたいだな。俺は、瞬間的に、リバティ村に保護したキメラウェポンの少女フィーナを思い出す。彼女の声には、人を眠らせる魔力がこもっていた。
それと同じような効果を持つ歌を使う悪魔がいる、ということか。それは要注意だな。助けたと思ってたら、その歌声で全滅なんてこともありうる。対策せねば――
「それよりジン!」
ルティが俺にそばに迫った。近い近い!
「親父やルングはどうなった!?」
「そうです、ルングは!? ルングは無事ですか!?」
ラティーユも声を揃える。意外と胸が豊かなお二人。仲間の安否が気になるのだろう。他のパーティーの女冒険者たちからも質問が飛ぶ。
「今のところはまだ無事だよ。だが、早く助けないと、ヤバイかもしれないけどね」
ディーシーのスキャンによると、男連中は魔力を吸われてフラフラしていると言う。
「ひとまず君らは、城の外に――」
「親父たちを助けに行くんだろ? あたしも行くぜ!」
「仲間を見捨ててはいけない!」
他の冒険者たち、クレニエールの騎士たちも同意見のようだ。ここに来るまでいがみ合っていたとか聞いたけど、こういう時は同調できるんだな。
……ディーシー、やってくれ。
『心得た!』
転移魔法陣を展開。次は、城の地下に捕らわれている野郎連中の救助だ。
・ ・ ・
想像はできていたが、転移直後、たちまち低級悪魔どもが襲いかかってきた。後続が来る前に聖剣でなぎ倒す。
まとめて吹き飛ばしたいところだが、部屋の奥に鉄格子があって、そこに捕虜がいるようなので、範囲魔法の使用は控える。誤射は勘弁だ。
後続の女戦士たちが転移魔法陣を抜けてきた頃には、俺があらかた悪魔を掃討。
「おいおい、ジン。あたしらにも少しは残しておいてもよかったのに」
ルティがそんなことを言った。
一方、クレニエールの女騎士たちは、切り捨てられ灰のようになっていく悪魔どもの死体を見やり唖然とする。
「侯爵閣下は、悪魔どもをこうも簡単に……」
「強すぎるっ……!」
……何か背中がむず痒いな。ラティーユが鉄格子に駆け寄り、中に閉じ込められている冒険者たちを見やる。
「ルング! 無事? 返事をして!」
「ジン様、どうも皆さん、催眠術にでもかけられているようですね」
魔術師のフィアトが難しい顔をする。
「それに、あの部屋の真ん中の球体……」
牢屋の中に、水晶玉のような球体がひとつ。それから魔力の流れがあって、捕虜たちから魔力を吸い上げているようだった。ヴォード氏、ルング、他の冒険者や騎士、兵士たち、お、魔術師のシャルールもいた。彼らは例外なく、意識がないながらも、ゾンビのように徘徊している。
「とりあえず、あの球体を止めないといけないな」
しかし、どう止めたものか。
「壊したらダメなのかね?」
牢の鍵を見つけたルティが鉄格子を開けながら聞いた。
「どうだろう。溜めた魔力が暴走して、ドカン、なんてことにならなきゃいいんだが。……フレシャ、弓で撃とうとしない」
弓を構えていたフレシャが、照れ笑いを浮かべて構えを解く。
爆発とかしたら面倒だもんな。そもそも、あれ、普通に触って大丈夫なのかね。
俺はストレージを漁る。魔力遮断マント――魔法防御用に作った品だが、何だかんだで出番もなくお蔵入りだったものを取り出す。これでくるんでしまおう。風呂敷代わりは充分だろう。
慎重に部屋の中に入る。魔力を吸われたりは……ないな。徘徊する野郎どもを避けて、球体のそばへ。直接触れないように、マントを被せる。そこでくるくるっと包んで……よしよし、魔力吸収を遮断したぞ。
周りの男たちの行進が止まり、ある者は立ち止まり、またある者は近くの壁にぶつかり、そのままズリ落ちる。
こいつらを起こしてやらないとな。ひとりずつ起こすのも手分けしても時間かかりそうなので、軽い魔力を衝撃波として放つ。指パッチン。
「!?」
途端に近かった者たちが目を開け、さながらベッドから跳ね起きたような顔になった。すっかりお目覚めだな。おはよう諸君。
「おお、ジンか」
ヴォード氏が目をこすり、そばにいたルングが声を張り上げた。
「ジ、ジンさん! どうしてここに……おわっ!?」
直後、ラティーユからタックル、もとい抱きつかれるルング。うらやまお胸の抱擁だぞ、喜べ少年。
「助けにきたぞ」
他にもちらほら再会の抱擁を受けている奴もいたが、大半のひとり身連中の嫉妬が面倒なので、俺は魔法陣を指さした。
「ここで長居したい奴以外は、そこの魔法陣で入り口フロアまで戻れるぞ。急げ」
それを聞いた面々は、牢を出て魔法陣へ向かう。シャルールが俺のもとに来て、「侯爵閣下」と頭を下げた。礼なら後な。
一階フロアで戦っている仲間たちが心配でもある。大丈夫だろうな……?
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