第811話、フェンガル市街戦


 クレニエール東領、旧領主町フェンガルを目指し、俺とベルさん、サキリス、リアナ他リーパー中隊のSS兵らは、デゼルト装甲車数台に分かれて乗り込んだ。


 プロン村を出て、およそ三十分。先のアンバンサー戦役で廃墟の町と化したフェンガルへ到着した。

 石造りの建物は残っているが、まさに廃墟という表現が適切な荒れ具合。ガレキや物が散乱した町。しかし人の気配はなく、予想通りのゴーストタウンである。こういうのは映画とか、紛争地帯の映像とかで見たな……。


「アンバンサーの小型戦車が数台稼働している。警戒しろ」


 全員降車。戦車と遭遇したら、装甲車などただの標的だ。訓練されたリーパー中隊のシェイプシフター兵らは銃を手に、建物の残骸を盾にしつつ展開する。

 黒騎士姿のベルさんが、臭いを嗅いだように鼻をならした。


「なあ、ジン。こいつ、臭いぞ」

「自分の匂いか? 風呂に入ったのはいつだ?」

「昨日入ったよ。そうじゃなくて、この町に漂ってるんだよ、臭いがさ」

「悪臭の類いか?」


 具体的にどうぞ。俺には、特に気になるような臭いはわからないのだが。


「あく……そう、こいつは悪魔の臭いだ。低級悪魔の溜まり場で嗅いだ臭いがする」

「……悪魔か」


 未確認の敵ってのはそれか。多分、俺、眉間にしわが寄ってると思う。


「だったら、この上なく厄介なんだが」

「その通り、雑魚悪魔どもだけじゃないだろうな。リーパー中隊の連中の得物でも倒せない奴がいるかもな」

「聖剣を用意しよう」


 俺はストレージ内にしまってある、聖剣ヒルドをいつでも出せるようにしておく。


「なるほどね、ヴォードさんまで音信不通になるわけだ」


 Sランク冒険者である彼なら、低級悪魔なら何とか対抗できるだろう。だが、それでも絶対的有利とも言えない。悪魔種は、ドラゴンほどではないが、常人が相手にできるものでもないのだ。


「帝国のスパイか何かかもとは思っていたとは、悪魔か」

「わからんぞ、帝国に手を貸している悪魔かもしれんし、例のキメラウェポンかもしれん」


 ベルさんが油断なく辺りを見回すが、まず聞こえてきたのは、機械音と足音。


「まずは、戦車のお出ましか」


 十字路の先のガレキの山の向こうから、黄緑色の四脚型兵器が姿を見せる。アンバンサー戦役の時は、より大型の戦車ばかり見ていたから、動いているので遭遇するのは初となる敵戦車。……うちの四脚戦車インセクトと同等か、ちょっと大きい図体だ。


 黒いライトスーツ姿のリアナが指し示せば、SS兵の一人がロケットランチャーを構え、戦車めがけて発射した。アンバンサー戦車は跳躍してかわそうと飛び上がったが、ロケット弾は、その前右脚に命中。体勢が崩れ、戦車は横倒しの格好で地面に激突した。


 再度のリアナの指示で、別のSS兵がロケットランチャーを撃ち込み、敵戦車にトドメを刺した。お見事。

 今ので敵が集まってくるかな。俺は通信機のスイッチを入れた。


「ソーサラーより、ポイニクス。町の反応は?」

『こちらポイニクス。そちらに移動する敵性車両を三……訂正、四両を確認』


 大型偵察機ポイニクスによる観測。なお、敵がアンバンサー兵器のため、航空戦力に備えて、トロヴァオン一個中隊が待機している他、地上支援のためのワスプヘリ中隊も駆けつけられる態勢となっている。


「まずは戦車を片付けよう。リアナ!」

『了解』


 リーパー中隊指揮官は、部下に指示を飛ばし、迎撃の準備をさせる。ベルさんが肩をすくめた。


「こっちも戦車を持ってくるべきだったかな?」

「別にいらないだろう」


 俺は、熟練の動きを見せるSS兵らを見守る。戦争映画を見ているな気分だ。リアナさんは、よくあいつらを指導したもんだ。惚れ惚れするね。


「仮にロケランが通用しなくても、俺やベルさん、リアナで潰せばいい」


 そして始まる市街戦。といっても、ポイニクスが敵戦車の動きを教えてくれるので、障害物を抜けて現れたところを、ロケットランチャーによる待ち伏せで叩き潰した。


 情報を制するものが戦場を制する。


 ということで、予めわかっていたアンバンサー軽戦車は問題なく撃破した。だが偵察機の観測外の敵――グレムリンや低級悪魔が遮蔽の陰や屋内から飛び出し襲いかかってきた。


 人型ながら頭がフクロウだったり山羊だったり、翼が生えた異形だったりする低級悪魔たち。SS兵らと白兵戦。ライトニングバレットやTM-1Cカービン銃で悪魔どもに銃弾や魔弾を叩き込む一方、悪魔たちも剛腕を振り、炎を吐いてシェイプシフター兵を燃やす。完全に対策されてるな。


 リアナとソニックセイバーズが低級悪魔と交戦する中、ベルさんとサキリスも参戦。暗黒騎士が山羊頭を両断し、メイドヴァルキリーがフクロウ頭を槍で貫く。


 ライトニング、散弾! ――俺は飛行するグレムリンどもをまとめて吹き飛ばす。


 無人になった領主町に、悪魔が集団で住み着くとは……いったい何が起きてるんだ?



  ・  ・  ・



「……ヤバイよヤバイよー、あれ魔王様じゃん」


 領主町を囲む外壁、その朽ちた見張り塔の上に、少女がいた。


 いや正確には人間ではない。灰色の肌に土色の髪、露出の多い下着のような服を身につけたその少女の背にはコウモリの羽根。

 悪魔である。その悪魔少女は、傍らにいるもう一人の悪魔――土色の豊にカールした髪に小悪魔めいた笑みを浮かべるシスター服の美少女に顔を向けた。


「魔王様だよ! もし敵対したら、間違いなく――」

「敵対しなければいいのよ」


 姉さんと呼ばれた悪魔は咳払い。すぐに表情を引き締め、妹に言った。


「せっかく面白くなってきたのに、思いのほか早く終幕が来てしまったようね」

「となると、撤退?」


 妹が無邪気に言った。姉は肩をすくめる。


「賭けてもいいわ。このまま留まってもいいことないわ」

「じゃあ、姉さん。『あいつら』にも教えてあげる?」

「何故? 声をかけてもらったから、助けてやれ、とでも言うの?」


 姉は小馬鹿にしたように言った。


「自分たちのことは自分たちで何とかなさいな。わたしは一抜けさせてもらうわ」

「じゃあ、あたしは二抜け! というか、あたし、あいつらきらーい!」


 妹は子供のように口を尖らせながら、翼を羽ばたかせて町に背を向ける。姉もまた嘲笑を浮かべた。


「まあ、魅了でいいなりになるような愚かな悪魔を同属とは思いたくはないわね」

「ねー。……ねえねえ、姉さん、ノイ・アーベントって、美味しいご飯食べられる町があるってー。行ってみない?」

「いいけど。悪さはダメよ。あそこ、ジンのお膝元らしいから、今度こそ追われることになるわ――」


 かくて、悪魔二体は、ジンたちがその存在を察知する前に、フェンガルから立ち去った。

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